第44話 布団が恋しい

「さーてと、あいにくの天気だけどバシバシ行くわよ!」


「へえ、そうでございますか。ふわあ〜あ……」


「ちょっと!あくびしてないで気合い入れなさいよ!」


そりゃあね?昨日の今日、先週末の今週末で朝っぱらから迎えまでさせられてたらそりゃあくびもしますよ、だって人間だもの。いや、人間じゃなくても朝早かったらあくびの一つくらいするでござる。


「いつでもどこでもって言ってた時と態度違いすぎるわよ!ホラきびきび歩く!映画に間に合わないわ!」


そりゃあね?こんな地雷女だと分かってたら誰もホイホイLIME交換なんかしませんよ?まさかロクに変装もせずに家に来るとは…。ご近所さんに目撃されてないか心配でござる。


「映画ー?まだ朝の8時でござる。こんな早くにはやってませんが」


「朝イチの回が8:55からなの!良い席欲しいから早く行かなきゃ!」


「ネットで予約すれば良かったでござる」


「!!!!!!!!!!!!」


「もしもーし?」


「そういうことできるなら早く言いなさいよ!!!」


バキッ!


痛い。この人、たった一週間で日本縦断したはずなのにこの元気はどっから出てくるでござるか。音楽番組の生放送、ロケ、バラエティー番組などなどと、世界の歌姫は人気者で引っ張りだこ。最後に例のライブをやってオフに入ったと。


「ユナの色紙が欲しい!」


「あー、劇場版SAOの入場特典の色紙でござるね。人気のキャラは数が少ないから引けるかどうか」


秋葉原の開店準備中のアニメショップ、のウインドウに飾られた商品。何言ってんですかこの人。歌姫が歌姫の色紙欲しがってるでござる。


「何言ってるの?引いたヤツとその場で私のサインと物々交換すればいいのよ」


ありがたみってなんだろうな…。というかそんなの出来ません、ちゃんとお金払ってください。


「はー、疲れた。ユウキが出てきてウルッときた」


「ひょっとしてシリーズ見てるでござるか?」


「贅沢言うならアスナを送り出すんじゃなくて、十一連撃までアスナと並べて一緒に合わせてやって欲しかったな。ユウキの声も当てて重なってたらなお良し」


「そんなんやってたらアニメーターさん編集さんが過労死まっしぐらでござる」


「さあ、次はお昼食べるわよ! そのあとはショッピング!」


グエー、死んでしまうンゴ。


「知ってるわよ。あなた学校も行ってない大学も行ってないニートなんですってね。時間は無限にあるんだから疲れた顔しない!」


「それは自称です。実際はトレーダー兼株主でござる。平日はちゃんと取引に参加して働いてます」


「あ?」


「ナンデモアリマセン……」


なんでだろう。吾が輩の周りの女性は飛び抜けて優れた容姿なのに、中身残念なだらけ具合だったりヤンキーだったり女傑だったりするのは。容姿が良くて可愛いと言ったら妹君だけど、ポンコツでござる……。


「日本でお昼と言ったらマック!」


「いやそれは違うでしょ」


食べたのはラーメンでしたとさ。


「ウィンドウショッピングと言ったら銀座よ!」


「電車移動でござる。でも出来ればタクシーでお願いします」


「なんで?」


「バレたらどうするでござるか?騒ぎになるでござるよ」


「逃げればいいじゃない」


さらっと言いますねこの人……。まず見つからないという選択肢はないのでしょうか。


「シオンだ、シオンがいるぞ」


「えっ?あっ本当だ!写メ写メ!」


「プライベートだからサービスはナシよ! ほらござるくん走れ豚ァ!!!」


「ブヒイ!」


「わっ、本当に日本語喋れるんだ」


「シオンさーん、その人カレシー?」


「下僕よっ!」


「ブヒイ?!」


ハァ、ハァ、ハァ。息を切らせて肩で呼吸する。厚着で走ったせいで汗が吹き出る。流石にデブが全力疾走はキツい…。こういう時だけは己の体形を呪うでござる…。っていうかいつの間に吾輩は下僕になったのか。


「これくらいでだらしないわねえ。あなた変身しないとなんにもできないの?」


「吾が輩、イケメソモードだろうがフルアーマーだろうがヘシンしない限り普通の人間でござる。というか去年の秋口まではなんでもない只の人間だったし…」


素で息切れ一つしないどころか余裕のこの人は流石というべきか。忙しい毎日を送っているだけに体力は相当なご様子でござる。


「ふーん、ホラ」


「あ、ありがとうございます…」


振り切って駅を出る。既にくたばっている吾が輩にシオンさんがペットボトルをくれる。思わずぐいっと一口。


「んふ、間接キス」


「ブフウ!」


こ、この人は…!この間のキスマークCDといいコレといい!


「ん…?ねえ、ござるくん」


「え?ええ」


「おかしい…、周りに誰もいないわ」


「ええ、そうですね。………ウェ?」


タオルで口を拭いていると彼女は異変に気が付いた。周囲を見渡すと確かに誰もいない。日曜の昼過ぎの銀座に自分達以外に誰もいない。


「さっきから同じ通りを歩いてる気がしたのよ。この先にある馴れたお店に行きたいのにまだ着かないなんて変だと思ったわ」


やられた…!吾が輩達二人だけしかいないということはこれは狙い打ちでござる…!

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