第31話 薔薇とゲロ
「八方向同時に亜音速で突っ込めって、相当な質量ですよね」
「今日は八人揃わないわよ」
「そういえば、吾輩はまだロイヤルセブン全員に会ってないですね」
「そうは言うけど、会ってないのはあと二人だけですよ」
銀行支店のたてこもり事件が発生してそろそろ四時間。なかなか犯人は出てこない。
「そろそろ強行突破しましょう」
「もう帰りたい」
「何かしら手が?」
「薔薇を出すんだよ、ローズが」
吾が輩は首を傾げた。薔薇を出すっていうけど、カレンさんが出す薔薇はただのエフェクトではないでござるか。クリムゾンの彼女は灼熱を誇る烈火の騎士。薔薇を散らせながら戦うその様を業火の
「私の薔薇、実はいつでもどこでもどこからでも出せます。幻でもなんでもなく本当の薔薇です」
「なんと」
「換気口から大量に突っ込んで薔薇の花びらで埋まってもらいましょう。半分も埋まれば抵抗出来なくなるから正面から支店長に開けてもらって、溢れ出てきた花びらを全員で包囲網すればいいわ」
「よし、誰か外側の換気口まで案内してくれ。あと設計図も用意してくれ」
「了解しました」
焚き火に当たっていた機動隊の方々が動き出す。すぐに支店建物の上に案内され、M2金庫に繋がる唯一の換気口前に四人と機動隊の人が一人。
「では、これが設計図のコピーです」
広げた大きい紙には細かく線が引かれていた。当たり前だが吾が輩達、戦うのが専門であって設計図なんか読めないでござる。
「で、どのへんが現在地で金庫に繋がって中になるんだ?」
「分かりません」
ずるっ
スパァン!
「分からねーのかよ!さっさと必要な部分だけ抜き出してこいよバァカ!」
どこから出したのか、どこに持っていたのか。どこからかハリセンが出てきてキレイにヒットする。無線で連絡を取り赤ペンで線を引き始める機動隊の人。
「こうなりました」
「イケそうか?」
「ダクトの内側は普通の鉄板なんですよね?なら普通に流れると思います」
「はい、じゃあ皆ガスマスクしましょう」
「何故にガスマスク?」
「お前、何トン出ると思ってる?ちょっとやそっとなら良い匂いかもしれないが、薔薇でも量が増えればキツいぞ」
マジですか。カレンさんはそんなに出せるでござるか。しかしどういう風にそんな大量の薔薇を出すというのか。シュコー、シュコーというどっかの暗黒卿のような呼吸音を四人で出しながらカレンさんから少し離れる。
「皆マスクはいいな?ローズ、やってくれ」
「はい」
言うが早いか。カレンさんは換気口の蓋を力ずくで引っこ抜き、ポイ捨てする。大きくさらけ出されたその口に向かって両手を広げ一枚、二枚、とちらちら花びらが出た。そして次の瞬間、目を疑ったでござる。
「せーのっ」
まるで濁流のごとく激しい音を立てながら大量の薔薇の花びらが流れ出た。なんじゃこりゃ。もう薔薇が美しいとか美しくないとか、そういう幻想を木っ端微塵に粉砕する光景でござる。
「ええ……、なにあれ」
「あなたは初めて見るんですね。僕は前回の似たような出動にもいたので二度目です」
「お前は前回もいたのか」
「あの時は本当に大変でしたね」
「何かあったんで?」
「匂いが凄いことになるなんて誰も気が付かなかったからなんでこんな名案を今まで思いつかなかったんだろうってノリノリでやったから、皆して吐いたのよ」
ええ……。そんな惨劇が起こっていたとは…。うら若き仮面の乙女達のそんな様子見たら世のファン達はきっと幻滅するでござる……。この滝のように流れ続ける大量の薔薇の花びら。もはや大瀑布。ナイアガラの滝じゃないんだからどっからこんなに出てくるのか。なんだろう、なんだか胸焼けがしてきたというか気持ち悪いというか…。ちょっとヤバいでござる。
「すいません、吾輩離れてもいいですか?」
「そうか、もう気持ち悪いか。おーいローズー、止めてくれー」
「はーい」
突然パッと止まるバラの滝。五人で建物から降り、一度ガスマスクを外す。新鮮な空気が肺を満たし幾分か楽になったでござる。
「ぶはあ!危なかった!」
「金庫の中はどうなってますか?」
「センサーが作動して換気がされています、全力で」
「だろうな」
「このあとはどうするんですか?」
「一度ブレーカー落として全ての電源を停止させる。ガスマスクを着用して金庫前を包囲し終わったら再起動して換気全開、それから金庫を開ける。そしてゲロ吐いてる犯人にエチケット袋と引導を渡す」
アンチマテリアルだのアンチマジカルだのなにやらカッコいいセリフが出てきたのに、解決方法はなんとも汚い話でござる。ゲロ吐かせてギブアップ狙いとは。
「でもこれだと中にいる一般人も具合が悪くなるのでは?」
「PTSDよりまだマシじゃないですか?それに具合が悪くならなきゃ保険降りないんだってさ」
なるほど、車でいう人身か物損かの違いでござるか。
「さて、犯人にはドバイではなく刑務所で大人しくしていてもらおう」
犯人はちゃんと金庫から出てきて捕まってくれたでござる。ゲロも出てたけど。一般人の方々は救急車に乗ってもらいそっちに丸投げ。ただ面倒だったのはここからだった。
「犯人と一般人全員出てきましたよね? はいこれ」
「ほいきた……ってなんでホウキとごみ袋?」
「この大量の花びらは勝手に消えたりしませんから」
「…片付けないといけないってこと?」
「早くしないと晩御飯までに帰れないわよ」
マジで? と思いながら金庫を覗く。膝まで埋まるほどの花びら。これまさか全部でござるか?
「うわっくっさ」
「ひどい、せっかく出したのに」
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