第30話 ミリオン・ダラー・ベイベー

あー、さむさむ。パチパチと火花を鳴らす焚き火に両手をかざして暖まる。小さいドラム缶に新聞や木材を詰めただけの簡素な焚き火。こんなものでもあればありがたいものだ。


「いったいどこのバカなんですかね、アンチマジカルとか考えたのは」


「さあ?考えたヤツに聞いてくれ」


「犯人、まだ出てこないんですね」


「建物ごと吹っ飛ばした方が早えーじゃん」


「あなたの吹っ飛ばすは更地にするの間違いでしょう」


銀行支店のたてこもり事件が発生して三時間。警察の要請によって暇している四人が呼ばれた。会話の順に吾が輩、リエッセさん、カレンさん、リエッセさん、トモミンで四人でござる。カレンさんも戦姫であることはあとから知ったことだ。普段ならリエッセさんがスナイパーライフルで一発決めておしまいなのだが、ある問題があった。


「金庫は新しく開発されたアンチマテリアル、アンチマジカルを兼ねた世界初の金属でノーベル物理学賞のM2。この中に人質と犯人とお金」


「換気出来る金庫とかバカなんじゃないですかね。酸欠で出てくるの待つ手が使えないじゃないですか」


「しかも換気口から銀行内までもM2を使用して囲っているせいで覗くことが出来ないし、貫通弾も使えない」


「唯一こちらから中を知る手段はサーモカメラのみ。向こうからの連絡はなし。要求は100億ドルとドバイに住まわせろ」


「ふざけんなよっつーの、ドバイでホームレスでもやってろっつーの。このクソさみーのに余計な事件起こしやがって」


取り敢えず打つ手はなく、機動隊が出してくれたドラム缶の焚き火に当たっている。機動隊の人らも一緒に当たっている。


「今日は早く帰りたいんだよなあ。最近帰りが遅くなってて嫁の機嫌が悪いんだ」


「お前残業し過ぎなんだよ。そこそこ適当にやって帰ればいいのにいちいち最後までやろうとするから」


「お巡りさんも大変ですね」


「そういうキミも大変だろ。この間は凄い重傷だったな」


「ええ、まあ。あれはなかなか大変でした」


「実際どうなの?女所帯に男一人ってのは」


「気が休まらないんで疲れちゃいますね」


「そっかー」


他愛のない話をしながら犯人が痺れを切らせて出てくるのを待つ。中にいるのが犯人だけなら電気のブレーカーを落として換気口も塞いで、酸欠でぶっ倒れてから回収すればいいのだが、なんとたまたまいた一般の利用者も一緒なのだ。


「おいこらダベってないでなんとかしろよ新人」


「無茶言わないでください。入ることも出ることも出来ないところにどうしろと」


先輩ヒーローからの無茶振り。しかしただ単純に物理的な強さだけでなんの取り柄もない吾が輩にはどうすることもできない。


「開発者と連絡取れました。突破する方法はあるにはあるそうです」


「なんて言ってるんですか?」


「『八方向同時に亜音速で突っ込め』、だそうです」


「死ねよバカっつっといて」


「了解しました」


いやいや了解してはダメでしょう。ノーベル賞にそんな暴言をぶつけてもなんの解決にはなりませんよ……。

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