第15話 混入物

「私と結婚してくれない?」


「吾輩を逃げ道にされても困りますね…。というかさっきも言った通り吾輩はまだ18ですし、なにより肩書きも身分もなければ皆さんのようなロイヤリティとは住んでいる世界が違うんでござる。普通の人間でござる」


「え~、でもあなた能力凄いじゃない。私に寄ってくる男なんてドイツもコイツもパッとしない奴らばっかりよ?」


どうやらおばあちゃんはレイミさんに気を遣っているようだけど、レイミさんはお疲れのご様子でござる。レイミさんは吾が輩より歳上で結婚適齢期なんだろうから、早く結婚してひ孫見せろってことでしょうなあ。


「たとえば、財閥のお坊ちゃんとかスポーツマンとか?」


「アタリ、しかも親の七光り。ボクはなんでも出来ますよ、な~んて言うけどそりゃアンタじゃないでしょっつーの。どこぞの大学出てようがどこぞの企業にいようが私には知ったことじゃないの」


「そりゃあ武蔵野グローバルコーポレーションからしてみればどんな企業も霞んで見えますだおかだ。でもだからって吾輩に声を掛けるのはさすがに見境がないのでは?」


「でもあなた、オリンピック選手ブッ飛ばしたでしょ」


「ギクッ! …いや~さてはてなんのことやらさっぱりうーんこの」


キョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロ。


「ウチを舐めんじゃないわよ。名前さえ分かればどんな些細なことでも拾えるわよ」


oh…、プライバシーってなんだろう。椅子に肘をついてティーカップを揺らしているレイミさん。吾が輩は緊張で震えているでござる。


「あくまでも記念試合の前の練習中に起きた偶然の事故ってことになってるけどね。中学時代柔道部だった時、当時の金メダリストを三本立て続けに、それも別々の技でやってるわね」


「記憶にございません」


「あと簡単に分かったけど、あなたのお父さんウチの系列の社員さんでしかも株も買ってるじゃないの。住所分かってるから今度御両親に挨拶していい?」


「駄目です」


ここははっきりと伝えましょう。駄目です。


「なんで? いいじゃない、こんな美女と結婚できるのよ?」


「美女も女傑も間に合ってるでござる。それに、吾輩の能力に関することは家族には黙ってますからバレては困ります」


「ま、考えといて。もしくはあなたからおばあちゃんにお見合いは不要ですって言っておいてよ」


「吾輩が言ったらそれはそれで新たな誤解が生まれそうな…」


「じゃ、取り敢えず今日は二時間コースね」


「えっ?」


えっ?


「えっ? 泊まってくの? 準備してないわよ?」


「いえ、そうじゃなくてですねえ、今日はそういうつもりじゃなかったんでござる。持ち合わせもないですし」


「おばあちゃんマジでなんにも説明してないのね。ここはなんにも取らないわよ」


「えっ? 無料ってことですか? でも個人経営のサロンって。呼び方も店長って」


「経営って言い方が良くなかったのかもね。ここただのクラブハウスよ。趣味ってこと。ただいる人来る人が普通じゃないだけで。呼び方はその方が楽しいから」


こんなお城みたいなクラブハウスが個人の趣味……。さすが上流階級は考えることもやることも常識はずれでござる。費用は一体いくら掛かってるんだろう。敷地は広く建物も広く、何人かなら宿泊出来るだけの設備もあるという。


「サロンってのは知ってる人、教えた人だけの呼び方よ。誰でも入っていい場所じゃないから」


…吾が輩とんでもないところに首を突っ込んでる気がするでござる。そもそも街ごと隔離

してある時点でお察しください。


「少年はマッサージって何か受けたことある?」


「マッサージは一度も受けたことありません」


「おっ、いいねえ。がっつりアロマオイルでやっちゃおうか。他なんて考えられないようにしてあげるわ」


それからシャワーを浴びて、着替えて、見事ぐにゃぐにゃにされましたとさ。


「こんなに肌を見せるなら言って欲しかった…」


「なっはっはっは! ごめんごめん、 まいいじゃん後半ぐっすり寝てたし。気持ち良かったでしょ?」


「寝てる間に貞操奪ったり」


「しようかと思ってたけどすんでのところで邪魔が入った」


なに腰タオル一枚って! 妹君にも見られたことない裸だったのに! 初めてを奪われたでござる! 奪ったな?! 吾が輩の初めてを奪ったな?! 妹君にも奪われたことないのに! 確かにキモチヨカッタけど!


「ところで少年、学校は通ってないみたいだけど何かやってるの? 自分のことデブって言うけどほとんど筋肉だけじゃないの。それとも中学時代の名残?」


「名残ですね。今でも筋トレや柔軟はやってるでござる」


「ふぅ~ん」


マッサージが終わってまた紅茶とビスケットを頂く。普通に出てくるけどめっちゃ美味しいでござる。しかしこの人も妙に勘が鋭くて恐いでござる。何かやってるも何もお師匠さまいるし、お師匠さま人間じゃねーし。


「ま、来たくなったらいつでもおいでよ。色んな人に会えるから楽しいわよ。今日は来るのキミだけだったから会えた店員も半分だし」


ってなワケで帰宅でござる。帰るときに受付のリーシャさんがなんかニヤニヤしてたけどなんなんでござろう。


「ただいまー、でござる」


「おかえりー。長かったわね、どこ行ってたの?」


「デパートの中にあるゲーセンでござる。クレーンに新しい着ぐるみピ○チュウがいたのでGETだぜ!してきたでござる」


「ただいまー」


「おっ、妹君も帰ったでござるか」


「お腹空いたー」


それじゃ少しオヤツとお茶を出すでござる。なに? 食ってばっか? 吾が輩はデブでござる、オヤツは別腹。


「?! あぁあぁあああぁぁあああぁぁぁあああああああああ!」


「ウェイッ」


妹君が突然叫び始めた。変に高い声出たでござる。


「どうしたでござるか? ゴキブリでござるか?」


「なに? どうしたの?」


妹君が荷物をドサッと落っことし、震える手で吾が輩を指差す。人のこと指で差すのは失礼だよ妹君。


「おおおおおおおおお兄ちゃんがくくくくくく首にキスマークァァァァァァァァ!」


「あー、孫生まれたらなんて名前にしようかねえー」


「バッ、バカな!」


準備しかけたお茶とオヤツをそのままほったらかして洗面所に走った。鏡の前でシャツを脱ぎ捨て見てみると、


「なんじゃこりゃあああああ!」


体のあっちこっちにキスマークがつけられていた。おかしい。レイミさんはこんな真っ赤な口紅はしていなかったはず。まさかわざわざ派手な口紅をしてから目立つようにやったでござるか?!いつの間に?!いや寝てたから!!!あとで分かったことだが、会員カードにもキスマークがつけられていた。しかも消えないでござる!


「んっふっふっふ♪」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る