第16話 ただものではない


キスマーク事件から一夜明け、今日は車の一ヶ月点検のために朝からディーラーへ来ているでござる。吾が輩、新車で買ったでござる。


(う~ん、やはり大きい店にして正解でござる。コーヒー出してくれるし、お菓子も一つ付けてくれるし。展示車も多くてどれも座ることが出来るから待ってる間も退屈しないでござる)


最近は落ち着いているがまだまだ雪がちらちらするでござる。今日もどんより重たい鉛色の雲が広がっている。


「こんにちは、戦野さん。お車の調子どうですか?」


「あっ、担当さん。こんにちは。まだ一ヶ月ですからね、悪いところはないしまだまだこれから慣らしでござふる」


吾が輩の営業担当さんでござる。後にディーラーのブログを読んで知ったことだが、彼は帝王と呼ばれている。いわゆるトップセールスマンというヤツだ。優しい性格で精悍な顔つき、身長は高くガタイもいい。これで独身貴族というのだから世の中分からないものでござる。


「それどころかこんな若者をまともに相手してくれるから感謝してますよ」


「いえいえ、戦野さんは若くてもしっかりしていらっしゃいますよ」


たまにではあるが、精神年齢や顔つきが18のソレではないと言われるでござる。ま、それなりの過去や経験があれば仕方ないね。というかこの数ヵ月色々おかしいし……。


「お話中すいません。一ヶ月点検終わりましたが…ちょっと気になることが」


「ありがとうございます、何かあったので?」


「お車に新しくステッカー貼ってあったんですが、あれはどこからか買ってきたんですか?」


「ああ、あれは貰い物でして。ひょっとしてまずかったでござる?」


「いえいえそんなことはありません。ただ、あれは確か武蔵野グループの特許で作られているはずのもでして、まだ販売されていないので一般には出回っていないはずですが…。戦野さん、どなたからもらったんですか?」


アカーン! でござる! レイミさんやってしまいましたなあ。そんなもん普通の車に貼らせちゃダメでしょう。まさかそんな凄いものとは露知らず、フッツーにリアガラスに貼っちまったでござる。JAFとか車庫証明のシール貼ってるところに堂々と。まさか整備士さんがご存知とは。


「…言わなきゃ駄目?」


「いえ、駄目ってことはありませんがこういうのを販売前にもらえるって戦野さんは一体どんな人なのかなー、と。こういう試作品って数も少ないものでしょうし限られてきますよ」


「私も興味があります。戦野さんただ者じゃないですよね?」


いいえ、ただの一人です。ただの一人の童貞です。吾が輩じゃないもん! 吾が輩の周りがおかしいだけだもん!童貞なめんなよ!


「ははは、買い被りです。普通でござる、普通」


((普通は手に入らないものを貰ってる時点で普通じゃないでしょう))


担当さんと整備士さんから受ける疑いの目を掻い潜り帰宅する。


「ただいまー、でござる」


「おかえりー、で候。早かったわね」


「まだ一か月の点検ですしおすし、そんな時間が掛かることなんてないでござるよ」


「それもそうねー。あ、また雪降ってきた」


警戒していて正解だった。いくらSUVでもコンパクトSUVでござる。降ってる間は良くてもその後がよろしくない。いそいそとお茶を淹れてこたつに入る。


「今年の雪は長引くわねー」


「ま、ずっと家にいる吾が輩たちには関係ないでござる」


「うん、まったくもって」


今日は穏やかな日でござる…、なーんて安心していたら事件は夜に起きたでござる。

深夜2時、PCがアラートを鳴らす。この家の周囲には防犯カメラとセンサーを取り付けてあり、不審人物がいればアラートが鳴る。こんなものを取り付けているというのも過去の教訓でござる。


「ななななにごとっ?」


滅多にならないアラートに飛び起きる。PCに駆け寄りカメラを動かす。すると庭に一人立っていた。濃紫の戦姫。世に現れた最初の戦士。自分が防犯カメラに映っていると知っていて、おいでと言わんばかりに手を振っている。


(なんでここにこの人がいるでござるか。やはり正体はバレているのか?この人は吾が輩がカメラを見ていると分かっていて振っているのか? 舐められているでござる)


突然のことに考えが追いつかない頭のまま庭に出る。すると濃紫の戦姫は満足そうにした。


「こんばんは」


「こんばんは」


「ちょっと尋ねたいんだけど、太ってる子がここにいないかしら」


「この家に太っているヤツはいません。ニートならいるけど」


「そう?脱いだら凄いって聞いてたんだけど」


吾が輩、ヘシン!してさらに先日の仮面をしてから庭に出たでござる。わざと素顔を隠す必要があると思わせるために。


「あなたはどうしてここへ?」


「八人目であるあなたに仕事を渡しに来たの。ある国で小型の核ミサイルが盗まれたわ。その奪還作戦に選ばれたの」


「そうですか、お断りします」


「あら、どして?」


「俺には関係ありません、俺は戦士じゃありません」


「そう、ならメンバーを変えることになるわね」


踵を返して帰ろうとする。


「待て! どうしてここが分かった!」


「あなたは本当にまだ未熟なのね。どうしても何も、この間あなたを運んだ時にあなたの『チカラ』の気配を覚えたのよ。覚えてしまえば辿るのは簡単だから。こんなの普通は教えられなくとも出来ることだわ」


「…ちっ、未熟は認めよう。だがアンタ達と一緒にしないでくれ。俺はたまたまこの能力や姿を手に入れただけで、アンタ達みたいにボランティアをするつもりはないし、ほいほい戦いに出るつもりもない。俺は戦士を名乗った覚えはない」


「ふふっ、そんなツレないこと言わないで仲良くしましょ? 戦野武将くん?」


「?!」


正体はバレていた。口調を変えても姿を変えても無駄だった。濃紫の戦姫は瞬きの間にいなくなっていた。そこに立っていた足跡だけを残して。

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