第13話 あるものをないものとし、ないものをあるものとする

お昼を食べた後、車を走らせる。ひそかに進めていたことがすべて露見し、父上殿が月末に重要参考人として招致されることになったでござる。吾が輩は買い物があるから…と逃げてきたでござる。今は例のサロンがあるという隣街に向かっているでござる。というかそろそろでござる。


(ん…? このへんなのに見当たらないでござる。というかこんな閑静な高級住宅街にあるでござるか?)


おそらく会長のおばあちゃんの様子からすると本当に個人経営でござる。わざわざ嘘はつかないと思われ。こんな高級住宅街に個人経営でVIPカードがあるということは、それなりのすごい建物だろうという推測でござる。しかし進めど退けど、それらしき駐車場も見えない。というかお店らしき建物もなく、豪邸が続くばかり。いや、これは進んでも戻ってもいないでござる。車の速度を落とす。


(吾輩はこの感覚を知っているでござる……、この感覚は無限ループ)


お師匠さまの張る特殊なフィールドにもこの手のものがあって、延々と同じような場所を見せて回らせるものでござる。タチが悪いと、無限ループを自覚させずに同じ場所で同じ行動を繰り返させるという無限再生地獄でござる。さらに酷いのは時間から隔離するトラップタイプ。自ら知覚するか誰かが助けないと浦島太郎になるというおっかないヤツ。


(お師匠さまの場合は隠れる必要があるからそうしているでござる。しかし普通のサロンならこんなんやる必要はないし、そもそもこんな芸当をどこから知ったでござるか。そして、そういうコネクションを持ってるおばあちゃんは一体何者…。おっ?)


あったでござる。フィールドを張っているソレが。


(こんなアホみたいなフィールドを毎日維持するにはバケモノ級の実力者でないと不可能でござる。ただし、術者が直接張らない場合は別でござる。エネルギーの出どころが他に必要になる)


ハザードランプを点灯させ、左に寄せてから止めて車を降りる。近づいてソレを見るとソーラーパネルの付いた小さな傘のついた灯籠、になりすました発生装置。中のパネルに専用と思われる【陣】が描かれている。知らない人間が見ればただのおしゃれな模様でござる。描かれている線の丸さが特徴的だ。


(ここは高級住宅街。風景に馴染んでしまえば誰も疑わない。そういう設計、そういうデザインがされた街ということにしてしまえばなおさら。おまけにこれ本当に街灯でござる)


歩道に等間隔で設置されている小さな灯籠と街灯。灯籠は大人の腰くらいの高さもない。傘を被っていてまず覗くことはない。子どもからしてみれば風景の一部、それこそ気にも留めないだろう。そういうデザイン。【陣】をよく観察すると西洋式ではなく東洋式に見えるでござる。西洋式ならラテン語かヘブライ語、もしくは古代ギリシャ語でござる。しかし両方を混ぜていてかつところどころ漢字なような字が使われているでござる。


「へー、もう気付いたのね。どのくらいで気付くかと思ってたけど、あなた最速よ」


ふと声がした方を見ると、すぐそばに金髪碧眼のいわゆる『外国人』といった風の若い女性が立っていた。バッグを提げて、立っていた。おかしい。人の気配はなかったはず。しかもこの女性、ヒールを履いている。なぜ足音に気が付かなかった?長いことヘッドホンでFPSの世界に浸かっているプレイヤーならリアルの靴の音にも敏感になってしまう。しかし今、この人は吾輩にまったく気が付かれることなく近づいた。背筋に冷たい汗が伝った。


「常にこういったフィールドを維持するには結構なエネルギーが必要でござる。それを太陽光で賄ってしまうのなら半永久的に可能でしょう」


「相変わらずおばあちゃんの目に狂いはないわねー。あなた何者?」


「そりゃこっちのセリフでござる。仕掛けるのも発想も難しくないですが、こんな高度な【陣】を人間が書くとしたら限られてくる。けど、あなたからはまったくと言っていいほど何も感じない。けど、ここにいる」


「うんうん、続けて続けて」


「あなたはなんかしら特定の意味合いを持つ【通行証】とか【許可証】になるものを持っているんでござる。ここに住んでいる人達もね。しかしそれは普通の人間には無用なものかと」


「いいねえいいねえ」


「こんなことをするってことは、もちろん隠れる必要があってするワケでして。『あなたの』おばあさんに案内されたサロン、相当な人物もしくはそれに類する存在しか出入りしていないのでは?」


「おおっとお、私のことにも気が付くとは少年! やはりキミはただ者じゃーないね?」


おばあちゃんもいい歳でござる。孫がいてもおかしくはない。つまりハッタリはカマしただけでござる。結果オーライ! 日本語バリバリだから恐らく長く日本にいるか、二世三世という可能性があったというだけでござる。


「おばあちゃんに言われて迎えに来たの。近付くだけで分かるぐらいの結構凄いのがいたからカード渡したって言うから。ほら見てこれ」


「これは?」


女性はバッグからなにやらアナログメーター表示の計測器を取り出した。デシベルを計るものにそっくりでござる。しかしなぜアナログ。


「一つの目安として、どのくらい第六感を持ってるのか計れるものよ。見てこれ、ビンビンよビンビン!」


「はあ…」


メーターは完全に振り切っていた。そりゃあ体の中にそういうものを持ってるんだからそうでござろう。吾が輩にはいまいちピンと来なかった、こんなん計ったところでどうすんじゃいと。それよりこの仕掛け考えた人物の方が気になるでござる。


「あ、紹介が遅れたわね。私はおばあちゃんの孫でサロンの店長やってるレイミ・シルフィ・ムサシノっていうの。よろしくね」


「戦野武将です。武将と書いてタケマサといいうでござる。こちらこそよろしく」


右手を差し出されたのでこちらも右手を返し握手する。


「ブショウって書くの? 名前も凄いのねえ」


「ははは、よく言われるでござる。凄いのは名前だけ名前だけ」


「そんなことないわよー、私なんて普通の名前だし。はいこれ。こっちは車用のステッカー、こっちはカード用のフィルム」


「アッハイ」


提げているバッグに計測器を戻し、ゴソゴソして二枚貼るものを渡された。なるほど、街灯の【陣】と似たようなものが薄く印刷されているでござる。今度からは車でも徒歩でもすぐに入れるということでござるな。車用は表向きカードと同じ8枚翼の十字架のエンブレムでござる。かっけえ。…どこで印刷してんだこんなもん。


「あと最後に確認なんだけど、サロンで誰に会ったとかどんな人だったとかはあんまり喋らないでね? あなたの推理通りの人物がお忍びで来てるところなの」


「ええ、それはもちろんでござ。ところで、この街灯作ったの誰なんです? この【陣】、たぶん独学でござる? 才能も素質もなければ出来ないですよこんなの」


「ふふふ、あなたもまだまだね~。さっきの推理もニアピンよ、この結界は最初からこの街のためにあるの」


「…まさかお姉さんが?」


「それだけの感覚を持ちながら目で見たものしか信じてないなんてもったいないわ~」


驚きでござる。まさかこんな普通のお姉さんがこんな立派な【陣】を描くとは。


「ねえねえ、少年。話変わるんだけどさ」


「はい」


「私と結婚してくれない?」


「はい………、はい?」


はいじゃないが。えっ、なに結婚って。

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