第12話 与えられるもの

驚愕のあの日から一週間、ようやく包帯が取れたので武蔵野のおばあちゃんに教えられたサロンへ行ってみようと思うでござる。怪我自体はそこそこ治っていたけど傷跡が消えるまでにさらに一週間掛かったでござる。


『精神状態だけではなく、冬将軍の妖力に当てられたんだろう』


とはお師匠さま談。


(まさかバッサリ傷跡が残ったままで行くワケにはいかんでござる。家族に隠すのも苦労したのに)


朝食を食べ、朝のニュースを見て、株とか諸々の動きをチェックして。もはやルーチンワークとなっているいつもの朝を何事もなかったかのように終える。体格が体格だけに服からお腹がチラチラ出やすいでござる。正面から袈裟懸けにぶった斬られた傷が見えてはいけなかった。


(母上や妹君にバレたらまーたアレコレ弄られるでござる)


時計を見ると朝の9時45分を回ったところだ。サロンでどのくらい時間を過ごすのか分からないことを考えると、お昼を食べてからの方が余裕が持てるでござる。


(午前中はゆっくりして午後から出掛けるでござる)


IRを読み流しながらふと思う。


(スネ毛くらい剃った方が良かったかもしれんでござる)


しかし今からそんなことをしてバレたら厄介でござる。まあ今日はご挨拶して帰ってくればいいでござる。そもそも一言にサロンと言われてもそういったものとは縁のない人生でござる。一体どんなところやら。


『ねえ、ちょっと』


母上のLIMEでござる。


『どうかしたでござるか?』

『ちょっと下に来て』

『分かったでござる。でもこたつから出ようね母上』

『だが断る』


冬眠中の熊かなんかでござるか。家の中でもLIMEってどんだけ出たくないでござる。買い物は吾が輩がよく行くし、家事も吾が輩が半分ほどやっている、吾輩の方が熊らしい体つきでござる。これじゃどっちが主婦でどっちが無職ヒキニートか分からんでござる。


「そいで? 何もなさそうに見えるでござる」


「タマちゃんって今大学3年生よね?」


「そうでござるな。正確には今年度までは2年生でござる。4月から3年生でござる」


「今年の夏までには就活始めるって言ってたよね?」


「お正月にそんな話でござったな。もう3月でござる」


「もう就職先決まったって、さっき電話来たんだけど。なんか聞いてる?」


「…、ぱぁーどぅん? なんにも聞いてないでござるよ?」


「朝、大学行ったら偉い人に呼び出されて武蔵野学園から直々に指名されてるんだけど何か心当たりある?って聞かれたって」


「…それもうどう考えても会長のおばあちゃんが裏から手を回していますです本当にありがとうございました」


「やっぱりそう思うわよねえ。で、引っ越すことになったから荷物まとめるのを手伝ってあげて欲しいんだけど」


「引っ越す? ど、どこへ?」


「武蔵野学園都市」


「もしかして既に引っ越し屋さんから人が来て見積り取りに来たとかそんなオチでござるか。予定はいつでもがら空きだからいつでも構わんでござるよ」


「オチって言わないの。ま、そのうちタマちゃんから連絡あると思うからよろしくね」


「うぃ」


「ウチは幸い何もしなくてもお金には余裕があるし、引っ越し費用くらいこっち持ちで良かったんだけどねえ、ねえ、……ねえ?」


ジロリ。まさにジロリ。その様子を言葉で表すのならジロリという以外になかった。まさか、ここまでの話は罠だったというでござるか。


「この間、お父さん宛に国税局から高額納税通知が来たから開いてみたら」


バレテーラ。


「なに? 1000万って」


「えっと、あの、その」


吾が輩の目は泳いでいるでござる。活きのいいマグロにも負けぬほど元気よく泳いでいるでござる。


「1000万円も税金納めたことになってるんだけど、どういうこと? なに取引って」


「それはその~ですね~…」


しまったでござる。もうそんなに膨らんでいたでござるか。年々納税額が増えているからどこかでセーブしなければ、と父上殿と話していた矢先にこれでござる。


「何買ってもらおっかな~? …なんでも買えるわよねえ?」


「アッハイ」


ごめんよ父上殿。吾が輩にはごまかしきれないでござる。出来るだけ明細は電子明細にしていたものの、国税局の通知はどうにも出来ないでござる。ポストはいつも買い物帰りにチェックしていたというのに…ぬかったでござる。


「お父さんの収入にしてはちょっと羽振りが良すぎだとは思ってたわ。この家買うときも広い土地にしたり、キッチンとかお風呂とか豪華にしたり、家電もまだ使えるものまで一式買い換えしてたし、果てには全部一括で払うとか言ってさー。どっからそんなお金が出てくるの?って疑ったし」


父上殿やりすぎでござる。これじゃ何かありますと宣伝してるようなもんでござる。


「アレコレの取引でこんなにお金稼いでたとはね~。で、いつからなの? 影分身の術使ってるのは?」


「中学生の頃からでござる…」


「確かこういうのって最初にお金ないと始められないわよね?」


「一番最初は父上殿のへそくりと聞いているでござる…」


「へ~そ~く~り~?! 今度帰ってきたらとっちめてやる!」


父上殿、骨は拾っておくでござる。

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