第10話 アイアンクロー

さて、今日は買い物でござる。未だ母上はこたつの中。そのうち風邪引くでござる。


(野菜は多めに、肉は牛肉と豚肉と鶏肉を取り敢えず1パックずつ。卵はまだいいでござる。お味噌汁の具に何かないかぬー)


お味噌汁は3日に一度くらいで作ってるから、なかなかネタ切れを起こしがちでござる。


(豆腐でいっか。あとはテケトーにお菓子をいくつか買っていくでござる)


お会計を済ませ、デパートを出る。荷物を助手席に載せて自分も乗ろうとしたとき、何か声が聞こえる。



「…? …!」

「…!」


(なんだ…? 立体駐車場でなにを騒いでいるでござる)


車の鍵を閉め、聞こえた方に向かう。するとお年寄りのおばあちゃんが、なにやらチンピラに絡まれているでござる。どーせぶつかったとかぶつかってないとか、下らないイチャモンつけてるでござる。


「おいババア! テメー誰にぶつかってっと思ってんだ!」


「あ~あ、足折れちゃったかな~。腕も痛いかな~」


んっふ、やはりでござる。まだこんな化石みたいなテンプレヤクザいるとは。


「このお方はなあ! ヤシガニ組の若なんやぞ!」


「いや、それは関係ないでしょ。だいたいアンタ達が言ってるほどぶつかってないよ」


「うるせえババア!」


ん? ヤシガニ組の若? 聞き間違いでなければソヤツ知ってるでござる。というか、今の時代、ヤクザだと名乗っただけで取っ捕まると知らんでござるか。


「あ、すいません。ちょっと警備員さんを呼んできてもらえますか?」


「どうかなさいましたか?」


「あれです」


一度店内に戻りお店の人を呼んでくる。


「ヤクザと名乗っていたのでお巡りさんもお願いします」


「すぐに呼びます」


それじゃあ姉上も呼んでおくでござる。LIMEでかくかくしかじか。


『あたしが行くまで引き延ばせ』


『イエスマム!』


ということでミッションスタートでござる。


「ちょいと、そこのお兄さん方。お年寄りに絡むのはよくありませんね」


「ああ? なんだこのデブ。すっこんでろ!」


「そうはいきません」


「なんだお前は? ああ?」


「さっき、ヤシガニ組の若と聞きました」


「テメーにはカンケーねーだろ! 殴られてーのか、ああ?!」


実はこの人、姉上の同級生でござる。そして色んなエピソード持ちの、端から聞いてる分には面白愉快なバカでござる。姉上が腹抱えながら語ってくれたでござる。まさかこんなナリの男がこの辺でレジェンドになってるヤンキーの弟とは知らんでござろう。


「小学6年生の卒業式…、パパからお願いしてもらって卒業生代表の挨拶を横取りしました…」


「?! ちょっと待て…」


「そして緊張のあまりションベンちびりました…」


「わ、若?」


「おおおおおおお俺ちびってねーし!」


待てと言われても待たないのが吾が輩の流儀でござる(例外あり)。


「中学一年生の時…、三年生の先輩に告白して見事玉砕…。体育館裏で膝を抱えて泣いてしまいました…」


「あらまあ、かわいい坊やだこと」


「誰がかわいいだババア! ふざけんじゃねえ!かかかかわいくなんかねーし!」


まだまだあるでござる。


「高校へ入学し、見事高校デビュー。しかし調子に乗りすぎて、ある女子生徒に返り討ちにされてしまいました…」


「てめえ! なんで知ってんだ!」


「なにを勘違いしたのかこの男、その女子生徒に上から目線で」



『お前、今から俺の女な』



「などと意味不明な供述を繰り返し、その女子生徒の逆鱗に触れ、病院送りにされました…。結果、残りの高校生活を勘違いバカチャラ男として後ろ指を差されて過ごしました…」


「おおおおおおおおおおおおおお! 俺が悪かったからもうやめてえ!」


やめられないし、止められないでござる。


「そして大学へ入学。昔の面影はなく、いつもお供の恐い人達をボディーガードにしながらキョドってると評判なチキンボーイになりましたとさ」


「ああ、もういーや。知ってるヤツは全員消せばいいんだ!」


「!」


なんと、刃物を持っていたでござる。ポケットから刃渡り数cmの果物ナイフを取り出し、襲い掛かってきた。おばあちゃんが後ろにいる以上避けることは出来ないでござる。だからといってヘシン!はマズいでござる。


「あっ」


警備員はまだ来ない、お巡りさんも来ない。刺されるしかないのか、と思ったら真打ち登場でござる。


「テメー、誰の弟にナイフ向けてんだよ?」


姉上マジカッケー! でござる! 若の後ろから片手を伸ばし…、


「こんなモン…」


「ちょっ!」


なんと姉上、ナイフを鷲掴みにしてしまったでござる。そんなんしたら手が…!


「よく見とけ」


手が…! …あれ? まったく痛がってないでござる。そんなバカな。姉上は素手でナイフを掴んでいるでござる。切れて血が出るでござる。


「こんなモン、本当なら片手どころか指先2本で十分だ」


バキン! と何か金属が折れたというか割れたというか、そんなような乾いた音がした。まさか。いやしかし、姉上の二つ名の由来はコレだと聞いたことはあるでござる。


「このクソバカ坊っちゃんがよぉー、誰のシマで好き勝手やってんだオウコラ」


ギャリギャリ、ジャリジャリと嫌な高音が軋む。とてもナイフが出す音ではござらん。姉上が手を開くと、キラキラした鉄粉があった。


「て、てめえまさか…! 鋼拳アイアンクローの珠姫!」


「覚えてんじゃねえか。なら、このどうなるかも覚えてるんだよなあ? ええ?」


姉上マジkoeeeeeee! いくら血が繋がってないとはいえ、こんな恐い人が家族とは…。吾が輩がチビってしまいそうでござる。吾輩でもヘシン!しないとできないのに。


「ひっ、ひぃっ!」


「今ここでスイカ割りか、お縄につくかどっちか選べ」


姉上が右手を上げると、5人ほど車の影からお巡りさんが拳銃を構えて出てきたでござる。いたんかーい! ところで姉上、今は冬でござる。スイカ割りするなら夏でござる。アイアンクローでスイカ割りとか放送事故でござる。


「テメーの脳漿ブチ撒けろやァァァ!」


「お巡りさん! 助けてください! ボクはまだ死にたくないぃぃぃ!」


「若?!」


「チッ、根性ナシが。それでもキンタマついてんのかよええコラ?」


姉上、恐すぎ。コレじゃどっちがヤクザか分からんでござる。大学入る前よりさらに凶悪になってる気がするでござる。結局、若とヤクザさん達はお巡りさん達にドナドナされていきましたとさ。


「姉上、意外と早かったでござる」


「途中で覆面パトが飛んでくから止めたら同じ行き先だったから乗せてもらったんだ」


「それにしても警備員さんも店員さんも来ないとはどうなってるでござるか」


「ジャマだから返した。ここの店長知り合いだし、適当に話着けるからっつっといた」


姉上の伝説はいくつも聞かされているが、どれもこれも俄かには信じがたいものばかりでござる。しかしここにまた一つ真実が生まれたのだった。


「それよりおばあちゃん大丈夫? 怪我してない?」


「おかげさまで何にも。お嬢ちゃん強いんだねえ。本当にありがとうねえ。何かお礼が出来るといいんだけど」


「いいっていいって、気にしなくて。あたし呼ばれただけだし、コイツは呼んだだけだし」


「おばあちゃんはお一人で来たんですか? よろしければ送っていくでござる」


「いいのかい? 何から何まですまないねえ、ござる君」


「おう、あたしも送ってけよござる君」


「ウィ。…しまった」


「弟よ、お主もまだまだよのう。気が抜けるとすーぐござる口調に戻るんだから」


うーむ、吾が輩もまだまだでござる。精進するでござる。おばあちゃんを送ると、郊外のとんでもない場所に到着したでござる。それはそれは大きな門を、おばあちゃんの顔パスで通るとそこからさらに走ること15分。ようやく玄関らしき場所にたどり着く。ロータリーというか、ドライブスルーというか、高級ホテルのソレでござる。執事らしきスーツの男性と、何人いるかも数えるのが馬鹿馬鹿しいほどのメイドさんが並んでお出迎えしていた。執事とかメイドさんって本当にいたでござるか。


「お前、とんでもないことしたんじゃねーの…?」


「わ、吾が輩のせいじゃないし…」


姉弟揃って震えているとおばあちゃんがくすりと笑った。


「ごめんねえ、驚かせちゃったねえ。たまーにだけど、衝動的に普通のショッピングがしたくなるの」


開いた口が塞がらないとはこのことでござる。このおばあちゃん、一体何者でござるか。ぽかーんとしていると、窓をノックされた。ハッとして我に帰りすぐさま開ける。


「ドアの鍵を開けていただいてよろしいでしょうか?」


「アッハイ、今すぐに」


吾が輩、ロックしたまま呆然としていたようでござる。緊張し過ぎて過呼吸になりそうでござる。


「おかえりなさいませ、奥さま」


「はい、ただいま。斉藤、洗車してあげて。じゃ、降りて降りて。もうお昼だから食べておゆき」


「え、ええ?」


「いや、あの。そこまでは…」


「いいのいいの」


「お預かりいたします」


もはや言われるがまま、されるがままにされ夢心地のままで昼食をご馳走になり帰宅した。洗車された我が愛車は新車に高級なガラスコーティングでもしたのかと疑ってしまうほど輝いていた。


「で? 遅くなったってこと?」


「まったくもってワケが分からんでござる。寝惚けてるのか、もはや白昼夢なのか。まだ夢の中にいるのかと思ってしまうほどでござる」


母上とお茶を飲みながら昼下がりのバラエティーを見る。母上は雑誌を広げているでござる。帰れば15時。もう今日の取引は終わってるでござる。最近全然株やってないでござる。すぐ困るようなやり方はしていないでござるが。


「郊外の大きなお屋敷ねえ…。どっかで聞いたような聞かないような…」


母上がぱら、と雑誌をめくる。そこには昼間助けたおばあちゃんの写真が大きく載っていたでござる。和服がよく似合うご婦人でござる。


「あ、母上。このおばあちゃんでござる」


「…? ………、ブフォ!」


「うわっ、汚い」


「うわっ、じゃないわよバカ! 本当にこの人を助けたの?!」


「そ、そうでござるが…? それが何か問題が?」


「ばっ、バカ! よく見なさい!」


どれどれ、と雑誌を覗くとおばあちゃんのインタビュー特集が載っているでござる。女性の雑誌に特集されるっておばあちゃん凄いでござるなあ。んー、どれどれ。


「ん…? 『武蔵野グローバルコーポレーション会長兼経営最高責任者?!」


めっちゃ偉い人?うそーん!

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