第7話 価値あるもの


国会議事堂前。


「騒ぎになった以上、他のヒーローが動き始めるより早く終わらせなければならなくなった。潜入するぞ」


人混みに紛れ、吾が輩・お師匠さま・雪女さん。3人で変装しながら急ぐ。テレビに映されてしまったからには時間の問題でござる。


「しかし、どう突破を? 国会議事堂はほぼ完全に埋もれちゃってておまけにこの野次馬でござる」


国会議事堂は今、ただの雪山と化している。建物はおろか敷地内に入ることもかなわない。


「この野次馬の量では下手に手出し出来ないでござる。ですが、このままでは雪の重みで建物は崩れる可能性があるでござる」


「人目は術でもなんでも使えばいいさ。建物はそうだな、ぶっ壊そう。壊せば出てくるだろ」


「いやいや、そんなん駄目でござる」


「じゃあお前なんとかしなさい!」


えぇー…。まさかの丸投げでござる。


「本当に夫が申し訳ありません…」


ほらー、また雪女さん謝りだしちゃったでござる。そりゃあ、雪山壊すのは簡単でござるが中身は歴史ある建物。そう簡単に…。


「ああ、あった。方法が」


「えっ?」


「よし任せた」


「それではかくかくしかじか」


「まるまるうまうま。よし、いいだろう。それなら他の7人全員来てもイケるな。むしろ来てもらった方がいい」


「雪女さんは吾が輩と一緒に中へ。やはりもう一度話し合いはしておくでござる」


戦わないで済むならそれに越したことはないでござる。妖怪の世界に家庭裁判所は無さそうだし、夫婦仲は当人達で解決してもらうしかないでござる。


「ヘシン!」


一度、野次馬の海から外れて人目のないビルの影でヘシン!する。雪女さんには変装をといてもらう。今回、半分はスニーキングミッションでござるな。


「変、身!」


「わざわざやり直す意味は?」


「おおう…」


「では、高く飛びますからしっかり捕まっているでござる」


「はい」


雪女さんを抱え一気に飛び上がる。雪雲を背中にひっそりと近づく。おうふ。柔らかい感触が当たっているでござる。雪女さんは古風な妖怪。そして暑いのが苦手な妖怪。服装は薄手の着物でござる。薄手の和服美人とかハァハァ。なぜ今まで気が付かなかったのだろう。ちょっとひんやりするけどそれがまたキモチイイ。しかも人妻でござる!人妻でござる!大事なことだから2回言いました!


(しかもお師匠さまよりスレンダーでござる。こんなに良いお方とアンナコトやコンナコトしておいて泣かすとは、冬将軍許すまじ!)


「あの、大丈夫ですか? 私を抱えては相当冷えるはずですが」


「いえ、このくらいならなんとか。むしろこの格好、冬じゃなければ茹でダコになるほど暑かったでござる」


大丈夫です。吾が輩は今、春を迎えているでござる。しかし雪女さんでこんなに柔らかい感触が当たるのに妹君は全然でござる。まさかの断崖絶壁か…。上から素早く雪山に降り、少し雪を掘ってみる。


「この高さでこの屋根。やはり正面真ん中の一番高い屋根でござる。狙い通りで良かったー。では…」


どすこいッ! でござるッ!


雪女さんを抱えたまま、思いっきり足を叩きつけた。すると積もったばかりの雪山は轟音を立てて雪崩を起こし始めた。下の方からは悲鳴が聞こえるでござる。


「えっ?!」


「大丈夫でござる。お師匠さまが術で下の流れを変えているでござる。危ない人は直接助けるように伝えたでござる。こうしておけばロイヤルセブンは救助する必要がないのに救助しようとしてくれる。さ、今の内に議事堂へ入るでござる」


「えっ?あっはい」


まあかくかくしかじか、まるまるうまうまじゃ雪女さんには分からなくても当然でござる。とはいえする必要のない救助を演出したところでどれほどの時間が稼げるのか分からない。雪崩の騒ぎに乗じて国会議事堂内へと潜り込む。窓ガラスが雪の重みに負けて割れているでござる。そのせいでところどころ雪が入り込んでいるでござる。


「さて、冬将軍さんはどちらにいらっしゃるのやら」


「…、こちらです」


「アッハイ」


やはり気配がするのでござるか? それとも女のカンというものでござるか? 雪女さんは確かな足取りで迷うことなく進んでいく。まさか雪女さんがここへ来たことは無さそうでござる。入った途端に目がガチになった。というか、そのー、


(後ろを付いて歩いているだけなのに、背中から物凄い殺気が伝わってくるでござる…。恐い…)


ある扉の前にたどり着く。扉を開くと実際に議会が開かれているテレビでよく見るあの部屋で、冬将軍と娘さんらしき少女がいた。娘さん、半べそでござる。


「…お母さん? お母さん!」


「来おったな」


「今度という今度は許しません。あなたにはもうつついていけません。娘は返してもらいます」


「ほざけ! お前こそなんだその若僧は? 浮気か? 言うだけ言っておいてそれか!」


「なんですって!」


冬将軍、抜刀。すらりと刀を抜き、構える。雪女さんは壮絶な冷気を纏い、その姿を変えていく。氷の鎧、手には凶器。やばいよやばいよ!この二人殺る気マンマンでござる!というか雪女さん武器持ってるんかーい。


「ちょちょちょ! お二人とも落ち着いて! 雪女さんをここにお連れしたのは話し合いの為です! 口喧嘩ならともかく、子どもの前で殺し合いなんてはっ」


二人の間に割って入り、冬将軍に事情を説明する。子どもの前で殺し合いなんて始めるつもりですか? そう言おうとしたとき、右肩から袈裟懸けにぶった斬られた。


「邪魔だ」


「きゃああああああ!」


雪女さんが叫ぶ。血が飛ぶ。吾輩は呆然となって、膝から崩れ落ちる。娘さんは具合が悪そうにしている。血を見たせいなのか、顔が真っ青だ。ああ、もう滅茶苦茶だよ。なんで夫婦喧嘩でこんなことになるんだ。妖怪ってのはこんなに血の気が多いのか? 何を考えてるんだこの人らは。どうして、


「どうして」


「ぬ…? 若僧、まだ息があるのか? すぐ楽にしてやろう」


もう一度構え、止めを刺さんとする。その刀が体に当たる寸前で握る。全力を以てその刀を握力で無理矢理へし折る。折れた刀身を捨て、ゆっくり立ち上がる。


「きっ、貴様っ」


「どうしてもっと子どもを見てやろうとしないんだ。どうして殺そうとするんだ。吾輩にはよく分からない」


「人間ごときが踏み入ることではないのだ!」


拳が来る。しかし、届かない。


「ぬぅあ!」


その拳を受け止め、掴み、投げ飛ばす。


「誰かが傷付いて後悔するくらいなら最初からやらなければいいのに。アンタらのせいで傷付いた娘さんはずっと悲しいままだぞ。吾輩のこの傷とは比べ物にならないくらいに傷ついた」


夫婦が一緒にいるってのは大切なことだ。


「ずっと寂しい。寂しかった。私を一人にしないでって、言われてないか? それをアンタは! 」


「青二才が!」


飛び起き、胸ぐらを掴んでくる。仮面を外し、正面から睨み付ける。


「テメーの下らない意地のために誰を泣かせていると思ってる」


「貴様に何が分かる!」


「吾輩の本当の両親も昔、アンタ達みたいに毎日言い争いして、幼かった俺と妹は家の隅で泣きながら抱き合って震えてたでござる。毎日毎日、親の怒鳴り声が恐くて部屋の隅で震えてた。今の親は血が繋がってない赤の他人だよ。引き取ってもらったんだ。もうあの両親のところには帰りたくない、もう顔も見たくない。もっとも?もう生きてないけどね」


「………」


思い出すのも胸くそ悪い、暗い過去。こんな感情、知らなくて良かったのに。頭がふらふらしてくる。流れた血が多すぎたのか? いや、これは違うかな。


「…貴様、なぜ拳を握らん。それだけの強さはある、がありながらなぜ」


「妹君が前の親の喧嘩に巻き込まれて怪我をさせられた時、吾輩何にも出来なかった。何にもしてやれなかった。あの時ほど自分を呪ったことは無いでござる。あの時ほど自分を無力に感じたことは無い…」


実はこの力を得てまだ何もしていない。これが初めてだった。それでも吾輩は握らない。


「吾輩にとっての強さは溺れるモンじゃない。自分のためでも他人のためでもない。守るために、今の家族のためにある。もっと言うなら、妹のためだけにある。もし、どうしてもって時は全力でござる。とにかく、誰かを傷付ける力じゃないってことは確かかな」


こんなのは自分勝手の自己満足なことだって、そんなことは分かってる。


「なんで殴らないかって? そりゃあ、相手も自分も痛いからでござる。だがな、テメーは駄目だ!!」


「ほざけ小僧ぉおおおお!!!」


「クソ親父ィイイイイ!!!」


ひとしきり殴り合ったあと。


「げほっ、げほっ。ま、こんなことになっちゃったら娘さんも吾輩と同じように思っちゃうかもしれないでござる。二度と、顔も見たくない、会いたく…なんかないっ…て………」


倒れながら、吾輩の意識は途絶えた。やれることはやった。吾輩から言いたいことは言ったでござる。あとはこの人達の問題だ。そんなに自分ばっかが大事なら別れた方がいい。子どもが大事ならやり直した方がいい。どちらにしても、物心ある子どもには大きな心の傷になったであろうことは間違いない。

もー早くお家帰ってこたつでゴロゴロしたいでござる…。柄にもないことはするもんじゃない。

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