第5話 その先は
『雪女って、その雪女?』
頭が真っ白になったでござる。雪だけに。
『そうだよ。今私は動けないからお前ちょっと来い』
えぇ…。なんだか凄く嫌な予感がするでござる。というか生の野菜って意味が分からんでござる。お師匠さまそんなに雑食だったっけ?
『雪かきが一通り終わったらでよろしければ』
『かまわんよ。 あ、そうだ。三泊出来るくらいの着替えも持ってこい』
『?』
『来れば分かる。じゃ、明日な』
ますます意味が分からん上に、ますます嫌な予感がするでござる。なに? 三泊って?
ドンドンドン!
「ぅおぅ!」
突然トイレのドアが叩かれ驚く。雪女の次はポルターガイスト?!
「ちょっとお兄ちゃん! いつまで入ってるの! 早く出てよ! 漏れちゃうぅ!」
「あっ、ごめん」
いやー、ビビったでござる。チビるかと思ったでござる。いや、トイレだからチビってもいいのか。はいそんなこんなで翌日ァ!
あの後めっちゃ怪しまれたでござる。
トイレ長すぎ、ナニしてたの?
ナニもしてません!
じゃあ早くシてよ!
もうね、変換具合でこの卑猥さですよ。出掛ける時にも、
何その荷物?まさかお兄ちゃんに彼女が!
しかも平日から泊まり込み?!
あなた、孫はもうすぐそこよ!
いや、違うから、違うからやめて欲しいでござる。
「とっ、なんじゃこりゃでござる…」
自宅と周りの雪かきを終え、昨夜の内に用意していた着替えのカバンと、スーパーで買ってきた生の野菜を持ってお師匠さまの住むログハウスにやってきたでござる。
「お師匠さま、ガチのフィールド張ってるでござる」
正確には結界なのでござろう。ログハウスまるごと覆っているそれの周囲だけ雪が溶けているでござる。溶けた雪で地面がぬかるんで危ないでござる。雪が溶けるほどの結界を張るとは何事。
お師匠さまのログハウスはある林の中にあって、その辺りは既に誰も入ってこれないように特殊なフィールドが展開されているでござる。その中にさらにガチ結界って、こりゃ面倒な事になりそうでござる。
「取り敢えず入るでござる。ごめんくださーい」
バチコーン!
「ぶべら!なんのこれしき!」
ドバキコーン!
「ごばあっ!」
吾が輩、荷物ごと弾き飛ばされたでござる。な、なんで?
動揺しているとログハウスからなんか出てきたでござる。9本の尻尾が生えた顔も手も足もないUMAでござる。なにあれミノムシ? 9本の尻尾が生えたミノムシとかマジUMAでござる。
そう、吾が輩のお師匠さまは白面金毛九尾の狐でござる。伝説の通り絶世の美女でござるが性格キツいでござる。吾が輩が幼い頃はあんなに優しかったのに…。
「よう、来たなバカ弟子。お前バカだろ。こんなもん張ってんのにお前が通れるとでも思ったか」
「あーたたた、その声はお師匠さま。吾が輩が来るって分かってるんだからせめて一言あれば…」
「すまんすまん、こんなに早いとは思わなかったんだ」
今、ちょうどお昼でござる。お師匠さまに手を引っ張られて結界を通る。入ってすぐ、異変に気が付いた。
「お師匠さま、ここめっちゃ生ぬるい…というか肌寒い気温でござる」
「昨日言ったろ。雪女来てるからあんまり暖かくできないよ」
「おうふ、お師匠さまが気遣いとは珍しい」
「もう一度ブッ飛ばされたいか?」
「滅相もございません」
雪女さんはやはり寒くないと生きていけないでござるか。ログハウスの中に入ると、その雪女さんとたくさんの動物達がいたでござる。
「あ、こんにちは。吾が輩、戦野武将と申します」
「雪女でございます。この度は申し訳ありません」
「バカ弟子に謝る必要なんかないよ」
「お師匠さまヒドス」
まあ、事情も分からんのに謝られてもまいっちんぐでござる。しかし、この豪雪と生野菜の謎は解けたでござる。
「取り敢えず、ほーれ動物達よ」
たくさんの野菜を床に広げる。動物達は腹を空かせていたのか飛びついてがっついて食べている。吾が輩はこたつへダイブ。
「さすがに手足がキンキンでござる」
「ほら、お茶だ。じゃあ、お前を呼び出した訳を話そう。簡単に言うと迷子なんだ」
謎のミノムシ状態から出てきたお師匠さまがお茶と羊羹を出してくれる。この羊羹、吾が輩が買ってきたんだけどね。
「迷子…、とはどなたが?」
「私の娘です」
「…この豪雪の理由は雪女さんが来ているからと思ったでござるが、まさかそれにしては量が尋常ならざるでござる」
「ざるざるうるさいよ」
「この大雪は娘が泣いてるからです。その、お恥ずかしながら雪山から雪山へ移ろうとしていた道中にはぐれてしまいました」
あ、コレ死亡フラグでござる。
「あ、ちょっと吾が輩用事が…」
「待てコラ」
立ち上がると襟首を掴まれたでござる。
「この雪の台風の中で迷子探しとか死ぬから! 吾が輩人間だから!」
「私は巣穴に帰れなくなったコイツらの世話で離れられないんだよ! お前が探すんだよ!」
脇では野菜に群がる動物たち。きっと冬の食糧は巣穴の中。冬眠しない動物達は外に出なきゃいけない、でも巣穴に戻れないからお腹が減っていた、んでお師匠様に甘えた、そんなところでござる。お師匠様、テリトリーへの人間の出入りは禁ずるけど動物たちの出入りは許しているでござる。ログハウスの前で鳴けばお師匠様も鬼じゃない…はず。
「吾が輩死にたくないでござる! 吾が輩死にたくないでござる!」
「申し訳ありません、この辺りの雪山は探したのですが見つからなくて…」
「なるほど、それでお師匠さまを頼ったと。しかし、この辺りにいないのでは吾が輩に出番はないのでは? ではでは」
「帰ろうとすんなデブ。そこだ、お前が来る少し前までも様子がおかしいと話してたんだ」
「と、おっしゃいますと?」
「まるで見当たらずあまりにも手がかりがない……誘拐、なんじゃないかと」
これもうアカンでござる。吾が輩一人でどうこうの問題ではござらん。
「いくらあの子が泣いているにしては雪が降りすぎです。あの子にはこんな妖力はありません。ですが、その…、誘拐となると心当たりがありまして…」
「えっ?」
「私の夫です」
「ぶっ!」
お茶を吹いてしまったでござる。…ん? あっ、ヤバッ…。
「お前いい度胸だねえ。ええ?おいバカ弟子
が。お前誰の顔に向かって吹いてると思ってる?」
「お師匠さま、だってこりは不可抗力でござ」
「言い訳無用!」
「ほぎゃー!」
なんと、お師匠さま間接技もイケるでござる
か。ぶちギレのお師匠さまに、なんとこたつに入ったまま足を一本持っていかれたでござる。はあ、まさか旦那さんが娘さんを誘拐というフクザツな家庭事情だったとは…。
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