天使と悪魔の囁きですわよっ!

 中庭のベンチに腰を下ろして、仲良さそうにしながらお昼を取る南先輩とその彼女。わたくしはその様子を、木の陰に隠れて見る事しかできません。


「ううっ、南部先輩……」


 手にしているハンカチは、既に涙でグショグショになっています。今までの人生の中で、これほどまでに泣いたことがあったでしょうか?


「御門様、お気持ちは分かりますけど、もうそろそろこの場を離れませんか。さっきから南部先輩のことを付け回していますけど、これではストーカーと変わりありません」

「このままだと『木の陰からカップルの様子を窺う、負のオーラを纏った女生徒』として、学校の七不思議に加わってしまいます」

「ううっ、お黙りなさい」

「「はい!了解しました、御門様!」」


 わたくしはバカではありません。二人の仰っている通り、いつまでもこの気持ちを引きずっていても仕方が無いと言うことくらい、ちゃんと分っていましてよ。だけど世の中には、理屈だけでは割り切れない事があるのです。


 このまま諦めてしまって、本当にいいのでしょうか?彼女がいたってかまいません、それでも勇気を出して、気持ちを伝えてみるのもありなのでは?いえ、そんな事を考えてはいけませんよ樹里。もしわたくしが想いを伝えたら、きっと南部先輩は心穏やかではなくなってしまうでしょう。

 わたくしほどの家柄と美貌の持ち主から好意を向けられるのですから、絶対に動揺するに決まっていますわ。だけど、そうなったらあの彼女さんはどう思うでしょう?きっとすごく傷つくはずですわ。

 わたくしは慈愛と、他者を笑顔にすることをモットーに生きているのです、それなのにそんな非人道的行為をするだなんて、許されるはずがありません。ああ、けどそれでも、南部先輩の事は諦めがたいですわ……


 葛藤のあまり、胸が張り裂けそうになります。ですがその時、聞こえてきたのです。そう、わたくしの心の中に住んでいる、悪魔の声が!


『おーっほっほっほ!何を諦める必要がございますか。アナタはご自分を誰だと思っているのです?天下に名高い御門家の長女、御門樹里ですわよ。遠慮せずにアタックしてしまえばいいのですわ。アナタはそうする事が、許された存在なのですから』


 うわっ、なんてことを仰るのでしょう?さすがは悪魔、言う事が違いますわね。

 ですがどうなのでしょう?確かにわたくしは高貴で人の上に立つ者。多少のわがままなら許されることでしょう。しかしわたくしに気に入られた南部先輩は良いとして、彼女さんの方はそれで納得してくれるでしょうか?

 そう思っていると、さらに悪魔は言ってきます。


『アナタのものはわたくしの物、わたくしの物もわたくしの物、ですわよ。逆らうようなら、無理にでも奪ってしまえばいいのです。おーっほっほっほ!』


 なるほど、確かにそうかもしれませんね。わたくしは御門樹里、今まで欲しい物は、何だって手にしてきた女ですわ。南部先輩を奪う方法なんて、いくらでもあります。しかし、しかし本当にいいのでしょうか?なんだかそれをやってしまうと、人として大切な物を失ってしまうような気が……


 わたくしは再び葛藤しましたわ。ですがその時、聞こえてきたのです。今度はわたくしの心の中に住んでいる、天使の声が!


『おーっほっほっほ!あんな小娘の事まで考えてあげるだなんて、なんと慈悲深いのでしょう。しかし案ずることはありませんわ。良いですか、アナタが南部先輩と付き合うと言う事は、あの彼女さんにとっても悪い事ではないのですよ』


 えっ、悪い事じゃない?それはいったい、どういう事でしょうか?


『考えてもごらんなさい。アナタが南部先輩を奪って、ゆくゆくは結婚します。すると彼女は、『あの御門樹里の旦那は、私の元カレなんです』って、周囲に自慢できるではありませんか。それは彼女にとって、大きなステイタスになるはずです!』


 ……言われてみれば確かに。

 ただ彼氏がいると言うだけの今の状況よりも、『御門樹里の旦那が元カレです』という方が、どう考えても美味しいですわよね。

 きっと彼女は周囲から『えっ、あの御門様の旦那様と、昔付き合っていたのですか?』『凄いです、尊敬します、お姉さまと呼ばせて下さい!』と、もてはやされることでしょう。そう考えるとわたくしが彼女から南部先輩を奪うのは、むしろいい事のように思えてきましたわ。

 するとここで、もう一度悪魔が囁いてきます。


『おーっほっほっほ!欲しい物なら奪っても手に入れるべきですわ!そうすればアナタは、ハッピーになれます!』


 そして、今度は天使が。


『おーっほっほっほ!あなたと付き合えたら、先輩もハッピー!ステイタスが上がって、彼女さんもハッピー。良い事尽くしではないですか!』


 そうして天使と悪魔は、仲良く肩を組んで声を揃えます。


『『みんなでハッピーになるため、奪いに行くのです!レッツ略奪ですわ!』』


 ……わたくしの心は決まりましたわ。

 長い葛藤を終えたわたくしは、隣で静かに待機していた鳥さんと牧さんに目を向けます。


「……鳥さん牧さん、行きますわよ」

「はい、教室に戻られるのですね?」

「そうではありません!南部先輩の事を、奪いに行くのです!」

「「えっ……ええ―――っ⁉」」


 声を上げる鳥さんと牧さん。そして慌てたように言ってきます。


「ほ、本気でございますか御門様?そんな非人道的行為……をするのはいつもの事ですけど、今回のはその中でも群を抜いています」

「わたくしが冗談でこのような事を言うと思いますか?それにこれは、非人道的行為ではありません。あの彼女さんにとっても良い話なのですわよ」

「どういう理屈なのですか⁉聞いても恐らく理解できそうにないような気がしますけど」

「つべこべ言うんじゃありませんことよ!とにかく、わたくしはもう決めたのです!」


 そうしてわたくしは、空に浮かぶ星……は昼間なので出ていませんね。浮かんでいた白い雲に向かって、ビシッと指を刺します。


「わたくしはあの雲に誓いますわ!必ずや南部先輩のハートを奪って見せると!レッツ略奪ですわ!おーっほっほっほ!」


 こうしてわたくしの、長い戦いの幕が上がったのですわ……

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