残酷な運命ですわよっ!

 運命の出会いを果たした次の日。わたくしは朝からため息ばかりついていました。

 昨日から考えるのはあの方のことばかり。寝ても覚めても頭から離れなくて。会いたい、声を聞きたい、そう思うと、ため息をつかずになんていられませんわ。


 本当なら今すぐにでも、あの方のもとへ行きたいですわ。しかし、闇雲にアタックしてもいけません。恋とは駆け引きが大事なのです。そのためにはやはりまず、鳥さん牧さんに彼の事をよく調べてもらわないといけませんわね。情報収集は大事ですもの。


 そんなわけでもどかしい思いを抱えていたのですが、昼休みなってようやく、鳥さんと牧さんが調査を終えました。学園の中庭にあるベンチに腰を掛けて、わたくしははやる気持ちを抑えながら、お二人の報告を聞きます。


「そ、それで!彼はいったいどの様な方なのですの⁉名前は、学年は、家柄誕生日住所身長体重血液型、座高に足のサイズにスリーサイズ、好きな食べ物や血糖値は、どうなっていますの⁉」

「御門様、落ち着いてくださいませ。申し訳ありません、そこまで細かいことはちょっと……そもそも血糖値なんて、知ってどうするのですか?」

「何をいっているのです?好きな殿方のことなら、どんな些細なことでも知りたくなるものでしょう」

「だからといって流石にそれは引きま……いえ、さすが御門様、愛が深いです」

「前置きはいいですから、早く教えてくださいな!」


 わたくしさっきから、知りたくてウズウズしているのです。このまま焦らされていては胸が張り裂けそうですわ。


「わかりました。まず名前は南部春人、二年生の先輩です」

「南部先輩ですわね。それとも、『春ルン』とお呼びした方がよろしいかしら?」

「それは……もう少しお互いの事をよく知ってからの方がいいと思います」

「そうでしょうか?ふふっ、でもいずれ、『春ルン』『樹里タン』と呼びあう日が来るのかと思うと、幸せな気持ちになりますわね」


 休日は手を繋いでデートして。カフェでパフェでも注文して、『春ルン、あーん』『樹里タンも、あーん』とか言ってお互いに食べさせあって。貸し切った映画館でホラー映画を見ながら、『春ルン、わたくし怖いですわ』『大丈夫だよ樹里タン、俺がついてるから』と言って手を握りあって。一緒に海に行ったら『おーっほっほっほ!春ルン、わたくしを捕まえあそばせー』『はは、待ってよ樹里タンー』なんて言いながら追いかけっこをしたり、キャッキャッウフフと水を掛け合ったり、そんな仲睦まじく過ごす日々が……


「み、御門様。どうか妄想はもうそれくらいにしてくださいませ。このままだとお話のジャンルが、『恋愛』ではなく『ホラー』になってしまいます!」

「暴力描写とも残酷描写とも違う、新たなセルフレイティングを設ける必要が出てきてしまいます!」


 はて、どうしてわたくしが妄想するとホラーになるのかしら?まあいいでしょう。それより南部先輩のことですわ。


「それで、その……南部先輩についてその他分っている事は……何かありませんの?」

「……御門様、ちゃんと調べてありますので、まずはそのモジモジする仕草をどうにかしてくださいませ」

「気が散って……いえ、気が変になってしまいそうで、報告どころではなくなってしまいます」


 報告が聞けないのは良くないですわね。わたくしは体の動きを止めました。

 鳥さんと牧さんは調べた南先輩に関する情報を、次々と報告していきます。身長体重、親の職業や年収に至るまで、こと細かく。



「一日でずいぶん調べあげたものですね。ご苦労様ですわ」

「ありがとうございます。それと回りからの評価ですけど。南先輩、どうやらナンパ癖があるようです。奇麗な女性を見ると、声を掛けずにはいられないというか」

「ナンパ?ああ、女性に声かけて、遊びに誘う人のことですわね」


 それなら、本で読んだことがありましてよ。えっ、わたくしはナンパをされたことはないのかですって?もちろんありますわよ。

 わたくしほどの美貌の持ち主だと、それはもう何回も。どういうわけか毎回、3分もしたら声を掛けてきた殿方は去っていきますけど。きっとわたくしが高貴すぎるから釣り合わないと思って諦めたのでしょう。


「南部先輩、昨日御門様にあんなにも砕けた態度がとれたのも、普段ナンパで鍛えられていたからなのでしょうね。ちょっと軽すぎる気もしますけど。もしかして何か裏があって御門様に近づいたのでは?」

「……お黙りなさい、彼がそんなことをするはずが無いではありませんか」

「「はい、申し訳ございません、御門様!」」


 まったく、用心するのは大事ですけど、人の善意を疑うような事をしてはいけませんわよ。


「わたくしには分かるのです。きっと南部先輩は、乙女ゲームの攻略対象キャラのように、広く澄んだ心の持ち主なのですわ。ですからわたくしを前にしても、普段通りの態度がとれたのです」

「御門様、そうは言っても、ここは乙女ゲームの世界ではないのでございますよ……ああ、だけど何故でしょう、不思議な説得力がございます」

「おっしゃってることは無茶苦茶なはずなのに、私もだんだんとそんな気がしてきました」


 そうでしょうそうでしょう。きっとわたくしは乙女ゲームのヒロイン、そして南部先輩はそんなわたくしと生涯を共にする、攻略対象キャラなのですわ。おーっほっほっほ!

 ですがそこで、鳥さんが信じられないことを言いました。


「ですが御門様、実は南部先輩には、現在付き合っている彼女がいるのですが……」

「…………は?」

 

 あら、おかしいですわね。聞き違いでしょうか?何やらおかしな単語が聞こえたような……聞き違いですよね、そうに決まっていますわ。


「すみません牧さん。よく聞こえませんでしたわ。もう一度言ってくださいませんか?」

「かしこまりました。南部先輩には、お付き合いしている彼女が……」

「―——ッ!もう一度!」

「南部先輩には彼女が……」

「何度も言うんじゃありませんわ!」

「「申し訳ございません、御門様!」」


 立ち上がって頭を下げる鳥さんと牧さん。だけど、それどころではございませんでしたわ。

 南部先輩に……か、彼女が?そんなはずありませんわ。だってあの方は、わたくしの運命の相手なのですもの。きっと何かの間違いですわ、彼女なんかいるはずは……


「あ、噂をすれば。あちらに南部先輩と彼女さんがいらっしゃいます」

「何ですって⁉」


 鳥さんの言う方向を見ると、確かに南部先輩と……可愛らしい女生徒が肩を並べて歩いてらっしゃいますね。


「仲睦まじそうで、絵になりますわね」

「ええ、本当に……あ、申し訳ございません御門様」


 鳥さんと牧さんが慌てたように謝ってきましたけど、わたくしの耳には届いていませんでした。それよりも、本当に南部先輩に彼女がいた事がショックで。しかもあんな可愛らしい彼女が……

 ふ、ふん!可愛いと言っても、当然わたくしには劣りましてよ。あんな女よりもわたくしの方が、数段可愛いですわ!

 ですが、南部先輩はわたくしではなくあの女を選んでいるわけで……


「うっ、ううっ……」

「ど、どうなされたのですか御門様?まさか泣いていらっしゃるのですか?」

「お、お気持ちは分かりますけど、元気を出してください御門様」

「どうやって元気になれと?ううっ、そもそもなぜ真っ先に、彼女がいると教えてくれなかったのですか?」


 そうとも知らずに南部先輩との輝かしい未来を思い描いていたわたくしが、これではバカみたいではないですか。ああ、もうわたくし達の子供の名前まで考えていたのに。


「申し訳ございません。私達も早く教えた方が良いとは思ったのですが、真実を知った御門様がどんな行動に出るか分からなかったので、つい後回しにしてしまいました」

「大丈夫ですよ御門様。何も殿方は、南先輩だけではございません。今度、桜○高校にあるというホスト部にでも行ってみましょう。きっと恰好良い男性が沢山いるはずです」


 わたくしを励まそうと、わざと明るい声を出す牧さん。ですが……


「嫌ですわ嫌ですわ。わたくし、南部先輩以外の男性なんて、もはや考えられません。そう簡単に切り替えられるほど、わたくしの愛は軽くは無いのです」

「御門様、意外と純情だったのでございますね」

「南部先輩……酷いですわ、わたくしの心を弄んで。昨日わたくしに愛の言葉を囁いてくださったのは、嘘だったのですの?」


 南部先輩は、確かに昨日去り際に言ってくださったのに。『もう行くわ。じゃあね、御門ちゃん。次に会った時は、結婚しよう』って。


「御門さま、お気を確かに!嘘なのは愛の言葉ではなく、御門様の記憶そのものでございます!」

「そんな言いがかりをされては、さすがに南部先輩が可哀想でございます!」


 鳥さんと牧さんが何やら言っていますけど、もうわたくしの耳には入ってきていません。今わたくしの中にあるのは、深い悲しみだけなのです。

 ああ、わたくしの思い描いていた未来図が、ガラガラと音を立てて崩れていきます。脳裏に浮かぶのは、切なそうな表情の南先輩。きっと南部先輩も、この残酷な運命に心を痛めていらっしゃるのですね。わたくしも、悲しみのあまり胸が張り裂けそうですわ。

 辛くて切なくて。そうして気が付けば、南部先輩の幻に向かって、わたくしは叫んでいました。

 



『嘘でしょう春ルン。嘘だと言ってください!だって春ルンは、わたくしと生涯を共にして、ゆくゆくは同じお墓に入ってくれるって約束したではありませんか⁉あなたはわたくしの、たった一人の王子様なのですよ!』

『樹里タン……俺だって樹里タンと一緒にいられないなんて嫌だよ。だけど、もうダメなんだ!』

『嫌ですわそんなの!春ルンがそばにいない未来なんて考えられません。春ルンと結ばれないくらいなら、わたくしは自らの手で、この命を絶ちますわ!』

『嫌だ!嫌だ嫌だそんなの!バカなことを言わないでくれえ樹里タン!うわぁぁぁぁぁっ、運命のバカ―!樹里タンが死んじゃうだなんて嫌だ―』

『わ、わたくしは……わたくしはそれ以上に、春ルンが離れて行ってしまうのが嫌ですわぁぁぁぁぁっ!』

『樹里ターン!』

『春ルーン!』

『樹里ターン!』

『春ルーン!』




 ………………ああ、いったいどうして、こんな悲劇が起こってしまったのでしょう?


「御門様!妄想はお止め下さい!」

「このままでは妄想の中の御門様より先に、私達の方がショック死してしまいます!」


 鳥さんと牧さんが、ギョッとしたように悲鳴を上げました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る