運命の出会いですわよっ!
あれは二週間ほど前の事、場所は桜崎学園。わたくしはいつものように、鳥さんや牧さんと一緒に、竹刀を振り回しながら追いかけてくる生活指導の先生から逃げるべく、校舎の中を全力で突っ走っていましたわ。
「鳥さん牧さん急ぎなさい。追い付かれてしまいますわよ!」
「御門様、そんなこと言っても、もう無理です」
「もうそろそろ体力の限界でございます」
「お黙りなさい!どうして無理だと決めつけるのですか?限界とは越えるためにあるのです。わたくしが走れと言ったら走るのですわ!」
「「はい、御門様!」」
そうしてわたくし達は走っていきます。幸いわたくしの人徳のお陰か、生徒の皆さんはわたしくしを見るなりギョッとした顔で道を譲ってくれたのでスムーズに走ることができましたけど、それでもいつ追い付かれるかと、気が気じゃありませんでしたわ。後ろを振り返ると、しつこく追いかけてくる先生の姿が見えます。
「まったく、何も悪いことなどしていないのに、あの人はどうしていつもわたくし達を目の敵にするのでしょうか?」
「そうですね。やはり一番の原因は、悪いことをしている自覚が無い事でしょうか……いえ、何でもございません」
鳥さんが何か言ったようですけど、生憎走りながらの会話ですのでよく聞こえませんでしたわ。それにしても、本当にどうしてあの先生は、わたくし達に付きまとうのでしょうか?はっ、もしや……
「まさか……まさかとは思いますけど、漫画で見かけるツンデレというやつでしょうか?気があるのにわざと意地悪な態度をとるという」
「えっ?ええと、それはどうかと……」
「あり得ない話では無いでしょう。昨今教職者の問題行動が目立っていますからね。とすると、あの先生の目当てはわたくし?生徒に手を出すつもりなのですか?どうしましょう」
思わず両手で自身の体を抱き締めます。どうか杞憂であってほしいものです。
「御門様に手を出す?それは勇気の使い方を激しく間違っているような気が……」
「いいえ、そうに決まっています。ああ、わたくしには運命の王子様がいるというのに」
「えっ、そのような気の毒な方がいらっしゃったのですか?」
「……これから現れるのです」
そんなことを話ながら、廊下を走っていきます。しかし何度振り返っても、先生は追ってきています。本当にしつこいお人ですわ。そう思いながら角を曲がったその瞬間。
「うわっ⁉」
「わうっ⁉」
何かにぶつかって、尻餅をついてしまいました。この急いでいる時に、何なんですの?
苛立ちながら顔を上げると……
「驚いた。君、廊下を走ると危ないよ」
そう言ってきたのは、上級生と思われる男子生徒でした。それも、なんだか良さげ顔な……
「……イケメン」
「えっ?ははっ、よく言われるよ」
はっ!わたくしとしたことが。言葉にするつもりなんてなかったのに、つい口に出してしましたわ。
大きく息を吸い込んで、とりあえず状況を確認します。どうやらわたくしは、この方にぶつかったせいで転んでしまったようですわね。しかし、走ると危ないなどと意見するだなんて、そんな事アナタに言われなくったって分かっていますわよ。
「さっきのわたくしの発言は忘れて下さい。それより、アナタこそこんな所に突っ立ってるだなんて、危ないではありませんか!」
「うん?まあそれもそうか。ははっ、悪かったね。君、立てる?」
そう言うと男子生徒は、そっと手を差しのべてきます。にっこりとした、とてもとても爽やかな笑みを浮かべながら。
「ん?……ううん?」
これはどうしたことでしょう?差し出された手を、笑顔の彼を見ていると、何故だか無性に胸が高鳴りだしたのです。それはもう、ズッキューンと。
すると中々手を取ろうとしないわたくしを見て、彼が言ってきました。
「アレ、もしかして迷惑だった?」
「だ、誰も迷惑だなんて言っていませんわ」
ひっこめかけていた彼の手を取って、わたくしは体を起こします。しかし立ち上がってみても、依然として動悸はまだ治まりません。いったいわたくし、どうしてしまったのかしら?
「お、お礼は言いませんわよ。元々あなたのせいで、転んだのですから。し、しかしわたくしの方にもまったく落ち度が無かったとは言い切れないのかもしれないので、今回のことは特別に不問にいたしますわ」
「ははっ。君、面白いね。でも残念だな、ここで顔を赤らめて『ありがとう』って言ってくれたら、凄く可愛かったと思うんだけどな」
「なっ⁉」
わ、わたくしにそのような事をしろと仰るのですかこの人は?そんなのできるわけが……でもどうしてもと仰るのなら、今回はしてあげても……
「御門様、御門様!」
「何ですの?わたくしは今、考えるのに忙しいのですわ」
「申し訳ありません。ですがグズグズしていると、先生に追い付かれてしまいます」
「ハッ、そうでした!」
マズイですわ。目の前にいる彼のせいで、余計な時間を食ってしまっています。今から逃げても間に合うかどうか。すると男子生徒が、察したように言ってきます。
「なんだ君たち、追われてるの?だったらここに隠れると良いよ」
そう言って彼が指したのは、近くにあった資料室。どうやら言う通りにした方が良さそうですわね。
「鳥さん牧さん、行きますわよ」
「はい、御門様!」
「どこのとなたか存じませんが、恩にきります」
そうしてわたくし達は資料室に隠れて、その直後に先生が廊下を駆けて行きます。
「こらーっ、御門どこ行ったー!」
先生はわたくし達が資料室にいることなど気づかずに、そのまま走って行ったようです。
わたくし達は隠れていたため先生のお顔を見ることは叶いませんでしたけど、鬼のような形相をしていたことは想像に難くありません。見つからなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろしました。
「大丈夫、先生はもう行ったから。出てきても平気だよ」
男子生徒にそう言われ、わたくし達は顔を出します。
「こ、此度の働き、見事でした。このお礼は後で必ずいたしますわ」
「随分と上から目線だね。流石あの御門家のご令嬢」
「ど、どうしてわたくしの素性をご存じなのですか⁉」
もしやこれは、ストーカーと言うやつでしょうか?しかし彼は、笑いながら言います。
「この学校で御門ちゃんのことを知らない人なんていないでしょ。君、有名だし」
なるほど確かに。わたくしの家は天下に名高い御門家ですし、わたくし自身も普段からオーラが溢れ出ています。ですからひっそりと生活していても、否応なしに目立ってしまうのです。となると、この方が知っているのも当然ですわね。失礼な考えをしてしまった事を反省しますわ。
しかし、わたくしにはもう一つ気になる事が。この方、先ほどわたくしの事を……
「あ、あなた。わたくしのことを『御門ちゃん』と……」
「あ、ダメたった?御門ちゃんって、可愛い呼び方だと思ったんだけどな」
「べ、別にダメとは言っていませんわ。ただ少し、驚いただけですわよ」
「そっか、ならよかった。って、俺急いでたんだ。もう行くわ、じゃあね、御門ちゃん」
そう言うと彼は、ウインクをして去っていきました。するとその瞬間……
「はうっ!」
「どうしました、御門様?」
鳥さんが心配そうに尋ねてきましたけど、ご安心を。ちょっと矢に討たれただけですわ。胸の奥にあるわたくしのハートを、サクッと。
後姿の彼に視線を送ります。その背中は段々と小さくなっていきますけど、わたくしの胸の高鳴りは治まりません。これは……これはやはり……
「御門様、本当に大丈夫でしょうか?何やらお顔が赤いようですけど?」
「わ、わたくしの事は良いのです。それより彼……」
「ああ。なんだか、チャラい感じの方でしたね。『御門ちゃん』だなんて」
「まさか御門様に、あのような態度をとられる方がいらっしゃるとは……って、御門様、聞いていらっしゃいますか?御門様―」
鳥さんと牧さんが覗き込んできましたけど、もちろん話なんて聞こえていません。だって頭の中は、あの人のことで一杯だったのですから。
「……見つけましたわ」
「は?何をですか、御門様?」
「わたくしの王子様ですわ!先ほどの彼、あの方こそわたくしの運命の相手に違いありません!」
「「ええーーっ⁉」」
鳥さんと牧さんが驚かれるのも無理はありません。わたくしだってまさかこんなにも突然に運命の出会いがあるだなんて、思わなかったのですから。
「さっきの人、先輩でしたよね。御門様に気に入られるだなんて、何て不幸……いえ、幸運なお方でしょうか」
「きっとこうなるって分かっていたら、匿ってなどくれなかったでしょうね」
鳥さんと牧さんが何やらブツブツ話していますけど、そんな場合ではございませんわよ。
「鳥さん牧さん、あの方のことを徹底的に調べ上げるのです。わかっているとは思いますけど、くれぐれも失礼の無いように。何せ将来、わたくしの伴侶となるお方ですからね。おーっほっほっほ!」
「「はい!了解しました、御門様!」」
こうしてわたくしに、運命が舞い降りたのですわ。
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