穏やかなお茶の時間ですわよっ!

 テラスにある真っ白なテーブルにつく、わたくしと鳥さん牧さん。すると傍らに立つ爺やが、ティーポットからカップに紅茶を注ぐ。


「どうぞお嬢様」


 わたくしはありがとうと言って、それを受けとります。爺やの淹れる紅茶は、いつも良い香りだこと。

 紅茶を口にしながら、お庭を眺めるわたくし。可愛らしい小鳥の鳴き声が、どこからともなく聞こえてきます。


「B 班、小鳥の準備はできているな。A 班はそのまま待機だ」


 爺やが他の使用人の方々に無線で連絡をし、用意していた小鳥達が空に放たれます。今日も演出は滞りなく行われていますね。

 こんな見慣れたいつもの風景。ですがわたくしは、こんな何気ない瞬間がとても心地よく思えるのです。


「ふふふ。鳥さん牧さん、かわいい小鳥達ですわね」

「はい。御門様にそう言っていただけたら、演出担当の方々も、頑張った甲斐があるというものです」

「いつもながら見事な茶番劇をお作りです」


 そんな話をしながら、穏やかな一時を過ごしていると、ふと目に入ってきたのは帰宅した妹のエリカ。わたくし達には気づかない様子で、門の方から歩いてくる姿が見えましたわ。そんな妹に、わたくしは声をかけます。


「エリカ、帰ったのですね」

「お、お姉ちゃん?お、お茶してたんだ」


 どうしたのでしょう?こっちを見たエリカは何やら慌てた様子で、手を後ろに回しました。


「エリカ、何か隠しませんでしたか?何やら缶のような物が見えた気がしたのですけど?」

「な、なんのこと?何も隠してないよ」

「本当ですか?まあそれなら良いですけど。そうだエリカ、アナタもここに来て、一緒にお茶でもいかがかしら?」

「ええと……私は今はいいかな……」


 何だか返事がぎこちないですわね。これは怪しいですわ。


「エリカ、アナタやはり、どこか変じゃありませんか?」

「そ、そんなことは……」


 わたくし達がそんな風に話をしていると、鳥さんと牧さんが立ち上がりました。


「御門様、ここは私達にお任せを」

「エリカ様、失礼いたします」


 そう言って二人はエリカに詰め寄ると、背中に回していた手を掴みました。


「ちょっと、止めてください。本当に何もありませんから」

「だったら見ても問題無いではありませんか。むむ、これは……」

「ああーっ、これはワンコインで買うことのできるお手頃飲料、『午前の紅茶』!エリカ様、どうしてこのような物を⁉」


 鳥さんと牧さんが何やら騒いでいますけど、わたくしには今一つわかりません。『ワンコイン』っていったい何でしょうか?


「エリカ様、ご自分が何をしたか分かっているのですか?この事が御門様やお母様に知れたら、庶民の飲み物など口にしてはいけないとお叱りになられるって、分からないわけではないでしょう」

「そうでございます。紅茶だったら爺や様が淹れてくれるではございませんか。それなのにどうしてこんな物を?」


 驚いた様子の鳥さんと牧さん。するとエリカは俯きながら、ゆっくりと口を開きます。


「はい、確かにお願いすれば、いつでも美味しい紅茶を淹れてもらえます。ですが私には、そんなの似合わないんです。もっと手軽に飲める、自販機で買えるような紅茶の方が、しっくりくるんです。確かに淹れてもらった方が美味しいかもしれませんけど、これはこれでホッとする味なんです」

「確かにそうかもしれませんけど、御門様にそんな理屈が通用すると思っているのですか?」

「御門様のことです。『そんな庶民の飲み物を飲むなんて、恥を知りなさい』なんて無茶苦茶を言うに決まっています」

「それは……はい、ごめんなさい……」


 何を話しているのかは今一つよくわかりませんけど、何だかエリカがしょんぼりとしていますわね。


「エリカ、本当に何があったのです?お姉様に言ってごらんなさい」


 するとエリカのみならず鳥さん牧さんも慌てたように姿勢を正しました。


「な、なんでもないから!」

「その通りでございます。さあエリカ様、そちらは鞄の中にでもしまって、お茶なら私達と飲みましょう」

「はい……」


 鳥さんと牧さんは、エリカを連れてこちらへと戻ってきます。さっきの態度は少し気になりましたけど、まあいいでしょう。

 エリカが席につくと、爺やが紅茶を淹れます。エリカはそれを口にしますけど……


「美味しいけど、やっぱり私に、こう言うのは似合わない気が……」


 この子は時々よく分からないことを言いますね。まあいいでしょう、それより大事なのは、この後の事です。


「鳥さん牧さん、お茶を飲み終わりましたら、早いとこ服を選んでしまいましょう。後でヘアサロンにも行かなければなりませんし、グズグズしてはいられませんわ」

「「はい、もちろんでございます。御門様!」」


 二人がそう答えると、エリカが紅茶を飲みながら聞いてきます。


「服選びにヘアサロンって、お姉ちゃん、何かあるの?」

「ああ、そういえばエリカ様にはまだ言ってませんでしたっけ」

「最近御門様に彼氏ができまして、明日はデートなのでございます」

「ぶっ⁉」


 とたんにむせかえり、吹き出しそうになるエリカ。あらあら、何をやっているのかしら?


「エリカ、お行儀が悪いですわよ。もっと落ち着いて飲みなさい」

「ごめんなさい。でも、お姉ちゃんに彼氏だなんて、そんな酔狂な人がいるなんて……ハッ、もしかしてその人はお金目が当てで、お姉ちゃん騙されてるんじゃ?」


 この子はいったい、どうしてそんなひねくれた考えをするのでしょう?警戒心が強いのは悪いことではありませんけど、もう少し他人を信用しないといけませんわね。将来が心配ですわ。


「エリカ、失礼なことを言うものじゃありません」

「そうでございます、お金目当てのはずがありませんわ。いいですか、相手は御門様なのですよ」

「普通なら、例え一億貰ったとしても、付き合うだなんて割りに合わないじゃないですか」


 鳥さんと牧さんの熱弁を聞いて、エリカは再びハッとした表情になります。


「あ、そうでした。でもそれじゃあその人、本当にお姉ちゃんの事が好きだってこと?いったいどんな人なんですか?」

「あらエリカ、わたくしの彼氏に、興味があるのですか?どんな人でどんな風に出会って、どのようにして愛を深めていったか、その馴れ初めを聞きたいと言うのですか?」

「えっ、それは……確かに気にはなるけど、お姉ちゃんの話は長くなるから、別に聞かなくても……」

「そうですか、そんなに聞きたいのですか。本当は明日の準備で忙しいのですけど、そこまで言うのなら。可愛い妹の為に、少し語るとしましょうか」

「お姉ちゃんこそ人の話を聞いて!」


 大きな声を出すエリカ。どうやら早く聞きたくてウズウズしているようですね。エリカももうお年頃、きっとそういった話に興味があるのでしょう。


「お姉ちゃん、少しは私の話を……」

「エリカ様、諦めて下さいませ」

「ああなった御門様は誰にも止められないと、わかっていますよね」

「はい……」


 エリカは静かになって、聞く準備は万端ですわね。それでは語るとしましょうか。わたくし御門樹里と、南部先輩の馴れ初めを……

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