御門エリカ 家族と友達

 皆さんこんにちは、エリカです。

 訳あって名字は言いたくないのですけど、エリカだけでわかりますよね?


 ところで、私事で悪いのですが、どうしても言いたいことがあるのです。実はこの度なんと……私に友達ができました!


 友達、何て 良い響き。臨海学校で春乃宮さんや倉田さんと一緒に遊んで、友達を作りたいと強く思うようになった私は、それからよく動くようになりました。

 積極的にクラスの子達に話しかけるようにして、重い荷物を持っている人がいれば手伝って。最初のうちは私が御門家の人間であること、高等部で奇行を繰り返しているあのお姉ちゃんの妹であることが妨げになっていましたけど、努力の甲斐あって、ちゃんと私がマトモだって分かってくれる友達ができたのです。嬉しすぎて、涙がでそうです……


 友達の名前はミイちゃんとサヤちゃん。二人とも同じクラスの女の子で、今は三人で学食でランチを食べています。


「さっきの英語の授業、凄く眠かったよ」

「その前の時間が体育だったからね。疲れてるのに眠くなる英単語を聞かせるとか、止めてほしいわ」


 他愛もないお喋りをするミイちゃんとサヤちゃん。そしてそれを聞く私は……


「うっ、ううっ」

「えっ?ちょっとエリカちゃん、なに泣いてるの?」

「ご、ごめん。こんな風に普通に輪の中にいることがもう、嬉しくて嬉しくて」

「それで思わず嬉し泣きしちゃったの?今までどんな生活してきたの?」


 二人が呆れるのも無理ないと思います。だけど私にとって、『普通』と言うのはとても貴重なのです。産まれたときから今まで、周りが一切普通じゃなかったから。今この瞬間がとても愛しく思えます。


「私、今普通にできてるかな?普通の子に見える?」

「まあまあ落ち着きなって。普通の子は、自分の事を普通かなんて聞かないから、気を付けた方がいいよ」

「そう気を張らなくても、エリカは十分普通なんだから……って、これじゃあ失礼か」


 サヤちゃんはそう言ったけど、全然失礼なんかじゃない。むしろ嬉しいよ。

 普通と言われて喜ぶと言うのがどこかおかしい気もするけど、細かいことは気にしないでおこう。


 今は友達と一緒にご飯を食べれると言う、この喜びを噛み締めるんだ。他の人が聞いたら当たり前の事のように思うかもしれないけど、友達を作るのが苦手な私にとっては、凄く尊い。思わず顔をほころばせながら、お茶に口をつけていると……


「おーほっほっほ!中等部の皆様、ごきげんよう!おーほっほっほ!」


 ゲホッ!?

 思わずお茶を吹き出してしまうところだった。今お姉ちゃんの声が聞こえたような気がしたけど何、幻聴?

 うん、幻聴に決まっているよね。お姉ちゃんは高等部にいるはずだもの。中等部の食堂に来るはずがないよ。


「ね、ねえエリカちゃん」

「何ミイちゃん?あ、ミイちゃんってプリン好きだよね。デザートのプリン食べる?」

「あ、ありがとう。でもそれよりも……」

「あ、そういえばサヤちゃん、午後の授業で当たるかもって言ってたよね。今のうちに予習しておく?」

「気遣いありがとう。でもねエリカ、もうそろそろ現実を見ようか。アンタの後ろに……」

「止めて!」


 そんな現実は突き付けないで!後ろに何がいるって言うの?これが背後霊や、刃物を持った殺人犯がいると言うのならまだ良いんだけど。

 しかしそんな切実に願う私の肩を、背後にいるその人はポンと叩いてきた。


「ごきげんようエリカ、今朝ぶりですわね。おーほっほっほ!」


 ……どうやらもう、認めるしかないみたい。本当はとっくにわかっていたことだけど、背後にいたその人は私のお姉ちゃん。御門樹里だった。


「お、お姉ちゃん。どうして中等部にいるの?」


 恐る恐る振り返る私。まさかとは思うけど、高等部では手がつけられなくなって、中等部に追いやられたとかじゃないよね?

 するとお姉ちゃんは、意外な言葉を口にした。


「アナタの様子を見に来たのですよ。アナタ最近、お友達ができたそうじゃないですか。だったら姉として、一度ご挨拶をしておかないといけませんしね」

「余計なことはしなくて良いから。だいたいそんな情報どこから……」


 そう疑問を口にすると、お姉ちゃんの後ろで二つの人影が動いた。それはお姉ちゃんの取り巻きである、鳥さんと牧さんだった。


「私達が調べて報告しました。御門様は引っ込み思案なエリカ様がちゃんと学校生活を送れているか、大変心配していましたから」

「御門様はこう見えて妹想いですから、放っておけなかったのです」


 何て余計なことをしてくれたの!

 だけどそんな私の心の叫びも空しく、お姉ちゃんはミイちゃんとサヤちゃんに視線を移していく。


「アナタ達が、エリカのお友達ですのね、親友ですのね、心の友ですのね!」

「は、はい……」

「まあ、そうですけど……」


 お姉ちゃんの勢いに圧倒される二人。お願いお姉ちゃん、絶対に余計なことはしないで。だけどそんな私の願いも空しく……


「すーーーばらしいですわーーーっ!」

 お姉ちゃんの雄叫びが学食中に響き渡る。皆何事かと騒ぎだし、一気に視線を集めてしまう。

 普通ならこうなってしまったら静かにしようとするものだけと、お姉ちゃんにそんな常識は通用しない。


「あのエリカにお友達が!エリカってばわたくしに似て照れ屋ですから、ちゃんとお友達を作れるか心配でしたの!妹と仲良くしてくださってありがとうございます!わたくし心より、感謝を申し上げますわ。おーほっほっほ!」


 ハイテンションのお姉ちゃんに、ミイちゃんもサヤちゃんも困った様子。そして私は、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。


「お姉ちゃん、いい加減にしてよ!」


 気がついた時には、椅子から立ち上がって叫んでしまっていた。

 一瞬、しまったと思ったけど、もう後には引けない。本当はこんな公衆の面前で姉妹喧嘩なんてしたくはないけど、それでも思ったことをぶつける。


「私の交遊関係に口出ししないでよ!ついでに、自分に似て照れ屋って言ってたけど、お姉ちゃんはむしろ恥知らずじゃない!」


 でなければわざわざこんな所まで来て、悪目立ちするようなことはしない。

 お姉ちゃんは少しの間キョトンとしていたけど、やがてまたクスクスと笑い出す。


「あらあら、どうやら誤解していようですね。安心していいわエリカ。わたくしは何も、アナタのお友達に何かを言うわけではありませんわよ」

「本当に?」

「当たり前ですわ。それともアナタは、わたくしが無神経な事を言うような人間に見えますか?」


 ……見える。というか、今までそんな場面を何度も見てきた。ただ生憎、本人にその自覚は無いみたい。お姉ちゃんにしてみれば思ったことを素直に口にしてるだけなんだろうけど、それが周りにとっては結構迷惑になるって、気づいてないんだよね。

 やっぱり、このままお姉ちゃんがここにいるのは、私にとって良いことではない。


「もういいから、お姉ちゃんはさっさと高等部に帰って!」

「ちょっとエリカ?わたくしまだ、万歳三唱がすんでいませんわ」

「そんなことしなくて良いから!鳥さんと牧さんも、なにスタンバってるの!?早くお姉ちゃんを連れて帰って下さい!」


 そうして私は、お姉ちゃん達を強引に外へと追いやる。


「あらあらエリカ、どうしたというのです?いつも大人しいアナタらしくもない……」

「いいから帰って!それに恥ずかしいから、もう来ないで!」


 流石にここまでされて居座る気にはなれなかったようで、お姉ちゃん達は帰ってくれたけど、皆の視線が痛い。気がつけば食道中の生徒が、私に目を向けていた。


「ど、どうもお騒がせいたしました。気にせず食事を続けてください!」


 私は深く頭を下げると、逃げるようにミイちゃんとサヤちゃんのところへと戻っていく。


「二人とも、変なお姉ちゃんで本当にごめんね」


 そう言ってもう一度頭を下げたけど、ミイちゃんもサヤちゃんも笑いながら、ポンポンと頭を撫でてくれた。


「そんな気にするとこないよ。あの人は有名だし、あんなの今さらじゃない」

「そうそう。でも、ちょっとだけ羨ましいかも。あんな風に仲の良いお姉ちゃんがいるなんて」

「えっ?サヤちゃん本気?」


 思わず耳を疑う。だってあのお姉ちゃんだよ。何を考えてるか分からなくて、四六時中『おーほっほっほ!』なんて笑い声をあげてる人だよ。欲しって言うのならあげても構わな……いや、それはダメか。きっと貰ったサヤちゃんは大迷惑だろう。


「ええと、ちょっとだけ、ね。良いかもって思ったのは、あくまでちょっとだけだから。私一人っ子だし、親もあまり家にいないから、あんなお姉さんがいたら賑やかかなって思って」

「分かるかも。うちの家族も年中家を空けてるから」

「あ……」


 そういえばサヤちゃんのお家は、お父さんもお母さんも年中忙しいって言ってたっけ。それにミイちゃんの家も。


「エリカのとこも忙しいだろうけど、それでも学校行事の時は必ず時間を作って来てくれるじゃん。アレって結構、羨ましいって思うんだよね。中学生にもなって何言ってんだろうって思われるかもしれないけど」

「ううん、そんなことないよ」


 私は慌てて首を横にふる。

 そして同時に思う。今まであまり考えたことがなかったけど、もしかしたらお母さん、相当無理をしてるんじゃないのだろうか?

 あとお姉ちゃん、たまにきついことを言うこともあるけど、もしかしたらアレはお母さんがいない代わりに言ってくれてるのかも。

 形はどうあれ、私はお母さんやお姉ちゃんからちゃんと愛情を注がれているとは思う。


 春にあった入学式の時が良い例かもしれない。親が忙しいという子の多い桜崎の入学式では、保護者不在という生徒も珍しくない。というか、そっちの方が多数派かも。だけどそんな中でも、うちのお母さんは時間を作って来てくれていた。更にお母さんだけでなくお姉ちゃんまで、妹の晴れ姿を見たいと言ってわざわざ来てくれていたっけ。

 考えると胸の辺りが温かくなってきて、その時の事を思い出されていく……


               ◆◇◆◇◆◇◆◇


『おーほっほっほ!さすがエリカザマス!制服がよくにあっているザマスよー!』

『おーほっほっほ!エリカ、中学でもしっかり勉学に励んで、御門家の名に恥じない、立派な大人になるのですわよー!』

『お集まり中の皆様、どうかうちの娘を、よろしくお願いザマスー!』

『御門エリカ、御門エリカでございますわー!桜崎学園中等部一年三組、出席番号26番、御門エリカですわー!』

『『御門エリカを、どうかよろしくお願いします。おーほっほっほ!』』


 狂ったように笑いまくるお母さんとお姉ちゃん。良くも悪くも……いや、悪くも悪くも、皆の注目の的だった。


『お母さん、お姉ちゃん……恥ずかしいからもう止めて!』


 私は必死になって二人を止めようとしていたっけ……


               ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ……頭が痛くなってきた。

 思えば桜崎学園に入学した最初の日に、お母さんとお姉ちゃんが騒いだせいで、私まで変な人というレッテルが張られちゃったんだっけ。

 思わず天を仰いだ後、ミイちゃんとサヤちゃんに向き直って問いかける。


「ねえ、本当に……ほんっっっとうに、羨ましいって思ってる?」

「思ってるよ。ちょっとだけね」

「うん、あくまでちょっとだけ!」


 やけに『ちょっとだけ』を強調する二人。

 無理もないよね。構ってくれるのは悪いことじゃないけど、お母さんもお姉ちゃんも果てしなく常識を逸脱しているし。


「まあ良いじゃない、私達はちゃんと、エリカちゃんがマトモだって分かってるんだから」


 ため息をついていると、ミイちゃんが笑いながらそう言ってくれて、少し気が楽になる。

 思えばミイちゃんもサヤちゃんも、あんな感じのお母さんやお姉ちゃんがいるって分かってるのに、こうして仲良くしてくれているのだ。だったら私も、恥ずかしいなんて言ってないで、少しは受け入れた方がいいのかもしれない。ぶっ飛んだところはあるけれど、お母さんもお姉ちゃんも、私の大切な家族なのだから。もっとも……


(大人しくなってくれるなら、それに越したことはないけどね)


 ごめんねお母さん、お姉ちゃん。こればかりは譲れないよ。せめてあの、『おーほっほっほ!』と言う笑いだけでも封印してはもらえないかな?


 そんなことを考えていると、ミイちゃんとサヤちゃんは察してくれたようで、ポンと肩に手を置いてくる。悩みをわかってくれる友達がいて、私は幸せだよ。


 私達三人は顔を見合せながら、苦笑いを浮かべるのでした。

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