鳥さんと牧さん、ケンカする

 アタシ、春乃宮旭は、日本屈指の名家春乃宮家の娘と言う大変恵まれた星の下に生まれた。

 恥ずかしながら最近は、その……彼氏ができた。年下で生意気なところもあるけど、その分良いところや可愛いところ、たまにはカッコいいところだってあるんだから。今度の休みには二人でどこか行こうって約束してるのよね。これってデート?デートだよね!


 そんな幸せいっぱいのアタシだけど、困ったことが何もないわけじゃない。と言うか、今がまさに困っている最中だ。それと言うのも……


「おーっほっほっほ!おーっほっほっほ!」


 勘のいい人は、これだけ聞いたら大体わかってくれるかもしれない。ただ今アタシは、御門さんに絡まれている。


「おーっほっほっほ!」

「「流石です、御門様!」」


「おーっほっほっほ!」

「「素晴らしいです、御門様!」」


「おーっほっほっほ!」

「「なんかもう色々凄すぎます!」」


 アタシは今、学校で御門さんに、絶賛絡まれ中なのだ。

 もう何が原因で因縁をつけられたかもう覚えちゃいないけど、相変わらず御門さんは全開だ。取り巻きである鳥さん牧さんも、性懲りもなく持ち上げている。

 けど、もうそろそろいい加減付き合うのも疲れてきた。そっと、鳥さん牧さんに聞いてみる。


「ねえ、アタシもう行ってもいいかな?面倒くさいんだけど」


 だけど、無情にもアタシの意見は脚下されてしまった。


「お気持ちは分かりますが、そこをなんとか」

「途中で退散されては、さらに面倒くさい事になってしまいます」


 はぁ。確かにこれ以上面倒な事になるのはアタシもごめんだ。仕方なく、御門さんが何か叫んでいるのを黙って聞き流すことにする。

 それにしても、鳥さん牧さんも相変わらずよくやるね。常に御門さんの側にいるなんて、アタシなら考えられない。いったいこの忠誠心はどこから来るんだろう? 

 ポジションだって、いつもいつも御門さんの両サイドに位置して、まるでそこが指定席になってるみたい。


(…………ん?)


 そこまで考えた時、アタシの頭の中に、あるマンガの一コマが浮かんだ。

 真ん中にボス。そしてその両脇に部下が一人ずつ。考えてみれば、結構よく見る悪役の立ち位置じゃないかと思う。

 中でもアタシは、特に思い浮かんだキャラがいた。それは……


「そうそう、フリーザ様だ」


 みんなは知ってるだろうか?集めるとどんな願いでも叶えると言う七つの玉を廻る超人気マンガ。それに出てくる、大物悪役のフリーザ様とその部下。この三人を見てると、何となくそれを思い出す。


「……何ですって?」


 急に御門さんがバカ笑いをピタリと止めて、じっとアタシを見る。しまった、声に出ていたか。これは更に面倒になる予感がする。


「春乃宮さん、今なんと仰いました?ワタクシの聞き違いでなければ『フリーザ様』とか言っていたような気がするのですけど、どういう事ですか?」


 問い詰めながら、グイグイとこちらに詰め寄ってくる御門さん。すでにアタシとの距離は僅か数センチ。近いよ!怖いよ!


「えっと……御門さん達三人が、なんとなくフリーザ様とその部下二人に見えたかなって。ちょうど、人数ピッタリだし……」


 迫ってくる御門さんの迫力に負けて、つい正直に話してしまう。

 うう、口は災いの元だよ。これを聞いた御門さんは、いったいどんな反応をするだろう。身構えながら、これから起こる何かに備える。

 けれどそれから起きたのは、アタシが思っていたのとは少々違う展開だった。


「では、私がザーボンですね」


 御門さんが何か言うよりも早く、鳥さんが発言する。自分からそんな事を言い出すなんて、もしかして気に入ってる?

 けどその直後、大きな声で牧さんが叫んだ。


「ちょっと鳥さん、なにちゃっかり自分がザーボンって事にしてるんですか!それでは私がドドリアになっちゃうじゃないですか!」


 こっちは鳥さん以上に大きな声を上げている。って言うか、何だか怒っているみたいだ。その剣幕に、鳥さんはちょっと困り顔だ。


「だって私達は基本、『鳥さん牧さん』で呼ばれているじゃないですか。そして、フリーザ様が部下二人を呼ぶときは『ザーボンさん、ドドリアさん』。順番的に私がザーボンさんのポジションでしょう?」


 ちなみにこの『ザーボン』『ドドリア』と言うのは先に上げたフリーザ様の部下二人の名前。知らない人は検索してみてね。

 それはそうと、気が付けば鳥さん牧さんの言い合いが熱を帯びていた。


「たっ、確かに順番的にはそうかもしれませんが……私、ドドリアは嫌です。代わってください!」

「私だってドドリアなんて嫌ですよ。絶対代わりません!」

「いいえ、私がザーボンです!そのためなら今すぐ三つ編みにだってしますわ。とにかくドドリアは嫌です!」

「私なんて顔中緑色にメイクしたって構いませんわ。ドドリアなんてごめんです!」


 激しくザーボンを取り合う、と言うかドドリアを押し付け合う二人。

 まあまあ、ザーボンだって変身すればドドリアと大差無いんだから。って言うかこのネタ、いったいどれっくらいの人に分かるだろうか?


 そうしている間にも二人の言い争うはさらに激しくなっていく。


「いい機会ですわ。この際ですから、日頃御門様のせいで溜まっているストレスを思い切りぶつけてやりましょうか!」

「ストレスを溜めているのが自分だけだとお思い?私だって御門様のそばにいるのだから、当然ストレスは溜まっていますわよ!」


 ちょっと二人とも、さらっと御門さんをディスってるよ。やっぱり相当ストレスが溜まってるんだね。

 それにしても、このままだと取っ組み合いの喧嘩になりかねない。ドドリアの押し付け合いが原因でケンカになるってどうなの?

 けどこうなったのも、元はと言えばアタシの発言が原因なんだし、少しは責任を感じてしまう。


 けどその時だった。一触即発の二人の間に、第三の声が割って入った。


「お二人とも、おやめなさい!」


 他ならぬ、二人の主である御門さんだ。

 すると鳥さん牧さん、まるでさっきまでの喧嘩が嘘のように声を揃えて答える。


「「はっ!かしこまりました、御門様!」」


 そしてその言葉通り、ピタリと争いを止める二人。あんなに激しく言い争っていたのに、御門さんが一言発しただけで止めちゃうなんて、さすがの忠誠心だ。


「二人とも、どちらがザーボンでどちらがドドリアかなんて、どうでもいい事ではありませんか。そんなくだらない事で争うなんて不毛です。そうでしょう?」

「「はい、その通りです!」」


 御門さんとこの二人の異常な主従関係には色々思うところがあるけど、今回は珍しく御門さんがまともな事を言っている。いったい何が悲しくて、ザーボンとドドリアでケンカしなくちゃいけないんだろう。まあ、最初に言いだしたのはアタシなんだけどね。

 けれど、御門さんはそれから声高らかにこう続けた。


「今重要なのは、ワタクシがフリーザ様と言う事ですわ。フリーザ様、すなわち宇宙の帝王ですわ!」


 あれ、何だかおかしなこと言ってない?いや、御門さんがおかしいのはいつもの事なんだけどさ。


「そうでした!さすが御門様、はまり役です!」

「宇宙の帝王、そして悪の帝王。御門様の為にあるような言葉です!」

「いえ、悪の帝王と言うのは流石に……まあいいでしょう、宇宙の帝王と言う響きは、悪くありませんからね。おーっほっほっほ!」


 上機嫌で笑う御門さん。悪の帝王は流石に嫌だったらしいけど、宇宙の帝王と言われた事には、むしろ喜んでる? いつもながらこの人の頭の中は理解不能だ


「春乃宮さん、あなたもたまにはいい事を言うではありませんか」


 いい事なのかな?自分で言っておいてなんだけど、別にそうとは思えないんだけど。

 だけど本人がいいと言っているなら、わざわざつつかなくてもいいだろう。そして御門さんは満足したように、この場から去ろうと踵を返す。


「では行きますわよ。ザーボンさん、ドドリアさん」

「「えっ……かっ、かしこまりました。フリーザ様!」」


 ノリノリじゃないか。やっぱり相当嬉しかったみたいだ。フリーザ様、敵とは言え人気あるからね。

 一方そんな御門さんの後をついて行きながら、鳥さん牧さんは未だ小声でコソコソと言い合っている。


「……私がザーボンです」

「いいえ、私です」


 あの二人には悪い事をしたかな。とは言えフリーザ様がいる以上、大きな喧嘩には発展しそうにないからいいだろう。

 御門さんに絡まれた時はいつも大変だけど、残念ながらこれがアタシの日常。悲しい事に、、こんなしょうもない騒動は珍しくないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る