牧さんの恋バナ

 皆様こんにちは。私は御門様の取り巻きその二、通称『牧さん』でございます。フルネームは呼ばれることがほとんど無いので、自分でも忘れてしまいました。


 さて、そんな私ですが、実は今信じられない事態に直面しているのです。それは何かと言いますと……


「牧さん!毎日あの御門さんの相手をしていられるアナタの強さに惚れました!突然ですけど、付き合ってください!」


 …………どうしましょう?


 場所は体育館の裏。目の前にいらっしゃるのは、同じクラスの男子生徒です。彼とは何度か話したことがあって、仲は悪くないのですが、いきなりこの展開は予想外すぎます。

 今は珍しく、周りに御門様や鳥さんもいなくて私一人。きっと彼は、このタイミングを見て告白してきたのでしょう。しかし……


「きゅ、急にそんなことを言われても困りますわ」


 本当を言うと、告白されたことは素直に嬉しいです。今までこういった好いた惚れたの話に縁が無かったとはいえ、私だって高校一年生の普通の女の子なのですから。ちゃんとドキドキしています。ですがあまりの出来事に、まだ頭の整理が追い付いていないのです。


「あの、御門様の相手をしているということでしたら、鳥さんだってそうですよね。なのにどうして、アナタは私を選んだのでしょうか?」


 まさかとは思いますけど、どちらでも良かったなんて言いませんよね?


「それは……実は理由は、自分でもわからないんだ。確かに鳥さんだって良い子だとは思うよ。だけど俺は牧さんじゃなきゃダメなんだ。こんな答えじゃ納得してくる無いかもしれないけど、牧さんのことが好きな気持ちは本物だから!」


 要領を得ていない答え。だけど誰かを好きになるのって、案外そんなものなのかもしれません。理屈なんて無くて、気がつけば好きになっているものなのかも。

 それじゃあ私は?今目の前にいるこの人のことは、好きなのでしょうか?


「牧さん……」


 彼は祈るような目で私を見ます。正直まだ、好きかどうかはハッキリしません。だけど勇気を出して私に好きだといってくれた彼のことを想うと、その気持ちを無下にはしたくありません。ただ……


「あの、一つ言っておかねばならないことがあるのですが」

「何?」

「知っての通り私は御門様にお仕えする身。アナタとお付き合いするようになっても、きっと御門様のことを優先すると思います。例えば、先にアナタと出掛ける約束をしていたとしても、御門様から用を頼まれたら、出掛けることはできません」


 失礼なことを言っているという自覚はある。これでは、アナタよりも御門様の方が大事ですと言っているのと同じ。だけど御門様に遣えるという生き方だけは、変えることはできません。果たして彼は、こんな私を受け入れてくれるでしょうか?すると。


「なんだ、そんなことか。それなら全然構わないよ」

 これはどうしたことでしょう?予想に反して彼は、嫌な顔一つせずに承諾してきました。

「ほ、本当に良いのですか?だって私は……」

「良いんだ。君が御門さんに遣えるのを辞めないだろうっていうのは、何となく分かってたから。けど俺は、御門さんに遣えて、それでいて頑張っている牧さんを好きになったんだから」


 そう言って笑う彼を見ていると、胸の奥がざわざわしてきます。もしかしたら、私本当に彼のことを……


 もし彼と付き合うことを御門様が知ったら、何て言うでしょうか?

 意外に思われるかもしれませんけど、御門様は私が誰かと付き合ったからと言って、決して嫉妬するようなお方ではありません。あの方は案外、身内には優しい一面があるのです。だからきっと……


『まあ!まあまあまあまあまあまあまあ!牧さんに春が訪れたのですね。わたくし、心からお祝い申し上げますわ。おーっほっほっほ!』


 こんな風に言ってくれることでしょう。ふふっ、たまには、祝われるのも悪くありませんね。

 更に御門様のことですから、私がデートする時なんかは……


『おーっほっほっほ!牧さん!アナタのために、遊園地を貸しきっておきましたわよ。おーっほっほっほ!』


 御門様ならきっと、そんな風に気を回してくれることでしょう。広い遊園地で二人きりと言うのは、少々落ち着かないような気もしますけど。

 そして園内を歩いていると……


『おーっほっほっほ!牧さん!アナタのためにムードを盛り上げようと、楽団の方々にお越しいただきましたわよ。皆さん、お願い致しますわ!』


 そうしてスタンバイしていた楽団の々が一斉に演奏を始めます。御門様は雰囲気を盛り上げるためと仰っていましたけど、これって盛り上がるでしょうか?かえって気が散るような気が……

 更に、夕暮れ時に観覧車に乗っていると……


『おーっほっほっほ!綺麗な夕焼け、ムード満点ですわね。さあ牧さん、今ですわよ!キス、キスをぶちかましちゃってくださいな!おーっほっほっほ!』


 なぜか私達と同じゴンドラにまで乗ってきて、すぐ傍ではやし立てる御門さんの姿が想像できます。普通に考えたら非常識と思われるこの行動も、御門様ならやりかねません。


 …………私は悟りました。もしも彼氏ができたと報告したら、きっと御門様は祝福してくれます。それはもう、心から。

 しかし、その祝い方、協力のし方が問題なのです。できれば放っておいてもらうのが一番なのですけど、おそらく望むだけ無駄でしょう。きっと『陰ながらサポートしますわ』とか言って、悪目立ちする、手助けにならない手助けをしていく事でしょう。そんな日々が続いたら、待っているのは……破局!


「申し訳ございません!色々考えましたけど、アナタの気持ちをお受けすることは出来ません!」


 破局の二文字が頭をよぎった次の瞬間、私はそんな風に答えていました。別れて悲しい思いをするくらいなら、いっそ最初から付き合わない方が良いと思ったのです。しかし当然、彼は納得できません。


「そんな、どうして?俺の何がいけないの?」

「あ、アナタに落ち度はありません。ただ、私の主は御門様なのです。御門様に使えている限り、きっとまともな交際なんてできないのです!」

「いったい御門さんがどう関わってくるの⁉で、でも俺、さっきも言ったよね。君が御門さんに遣えていても構わないって」

「あなたは御門さんのことをまるで分っていません!あの人の面倒臭さは、想像を絶するのですよ。そんな御門様の起こす騒動に、あなたを巻き込むわけにはいきません!」

「御門さんってそんなに凄いの⁉けど俺だって学校で御門さんの様子を見ているから、覚悟はできているつもりで……」

「学校での奇行なんて、氷山の一角です!いいですか?御門様の面倒力は、53万なのですよ!」


 そうして私は彼に、私と付き合うことで起こり得る出来事を、思いつく限り言っていきました。彼は最初、「俺は平気だから」、「何があっても気持ちは変わらない」などと仰っていましたけど、話が進むにつれて徐々には気が失われていきます。


「……ハァ、ハァッ……どうですか?これで少しは現実を、分かっていただけたでしょうか?」

「……うん、俺が甘かった。まさか御門さんが、そこまでとんでもない人だったなんて」


 どうやら分かっていただけたようですね、御門様の凄さを。

「ごめん。どうやら俺は、全然覚悟が足りなかったみたいだ。本当にごめん」

「あまり気にしないで下さい、アナタは何も悪くないのですから」


 そもそもあの御門様の事を理解しろと言うのが、どだい無理な話なのです。

 結局彼とお付き合いすると言う話は、そのままお流れになってしまいました。ただ、もっとよく考えて覚悟が決まったらもう一度告白すると言ってくれたのは嬉しかったですけど。


「さようなら、一時の淡い夢。私は恋よりも、御門様につかえる事を選びます」

 

 我ながらバカらしいとは思いますけど、結局のところ私は、一生御門様から逃れることは出来ないでしょう。だけどもう、運命を受け入れています。私が男性に求める条件は、御門様に耐える事ができる人、です。

 笑いたければ笑ってください。これが私の、選んだ生き方なのでございます。



                               完

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