臨海学校編最終話 恋と花火とこれからと

 皆で並んで、ゆっくりと花火を見る。ああ、御門さんがいないと言うだけで、こんなにも穏やかな時間を過ごすことが出来るんだね。

 そんな事を考えていると、エリカちゃんが思い出したように言ってきた。


「あ、そうです。私ちょっと、飲み物とってきますね。夜になって涼しくなってきたとはいえ、まだ暑いですから」

「え?別にそんな気を使ってもらわなくても……」

「そう言わないで下さい。あ、でも一人だと運びきれないので……春乃宮さんと日乃崎さん、運ぶの手伝ってもらえないでしょうか」


 申し訳なさそうに両手を会わせるエリカちゃん。けどちょっと待って、このシチュエーションってどこかで……


「……もしかして、アサ姉の真似してない?」


 ぼそりと呟く空太。あ、そうだ。どこかで見覚えのあるやり取りだと思ったら、普段アタシが壮一と琴音ちゃんを二人きりにする時によく使う手だ。さてはエリカちゃん、昨日アタシが壮一と琴音ちゃんをくっつけたいって思ってるって言ったから、協力してくれるんだね。

 エリカちゃん本当に良い子。それじゃあご厚意に甘えて、アタシ達は行くとしましょう。


「壮一、琴音ちゃん、ちょっと待っててね。空太、行くよ」

「はいはい」


 空太も了承してくれたけど、アタシ達に運ばせるのは悪いと思ったのか、壮一が口を挟んでくる。


「それなら俺が行くよ。旭はここで倉田さんと待ってなよ」

「ううん、いいの。大丈夫だと思うけど、夜に女の子だけっていうのはちょっと危ないでしょ。壮一には、琴音ちゃんの側にいてもらわないと」

「旭ちゃん、だったら私が行くよ」

「いいからいいから、二人はゆっくりしてて。それじゃあ、アタシ達は行こうか」


 こういったシチュエーションには慣れている。いつもと違ってアドリブではあるけど、もっともらしい理由をつけて、空太とエリカちゃんを引き連れてその場を離れていく。

 少々強引な所はあったけど、壮一も琴音ちゃんもそれ以上は何も言わずに、アタシ達を見送ってくれた。


「ふふ、上手く二人きりにさせられたね。エリカちゃん、ありがとう」


 少し離れてから、エリカちゃんにお礼の言葉を言う。


「春乃宮さんが拘っていましたから。私もちょっとお手伝いしたくなっただけですよ」

「お手伝いねえ。これくらいならいいけど、あんまりアサ姉の真似をするのは止めた方がいいよ。御門さんほどじゃないかもしれないけど、アサ姉だって相当変な人だから、悪目立ちするよ」


 空太がそう言って、エリカちゃんは困ったように笑う。変な人とは失礼ね、アタシはいたって普通の人なんだから。

 そんな事を思っていると、ふとエリカちゃんが近くの岩場を指差した。


「あそこからでも、花火は見えるんですよ。飲み物は私がとってきますから、二人はそこで花火を見ててください」

「え?アタシだって行くよ」


 エリカちゃんだけに任せるのは忍びないし、さっきも言ったように、夜に女の子の一人歩きは避けたい。だけどエリカちゃんは、首を横にふる。


「私なら平気ですよ。ここ、御門家のリゾートですよ。そんな所で私に何かしてくるような人はいませんって」


 確かに。もしもエリカちゃんに粗相を働くような輩がいたら、袋叩きにされて海にポチャンか、花火と一緒に、空に打ち上げられてしまうだろう。


「だから何も心配しないで、お二人は花火を見ててください。それと、日乃崎君」

「何?」


 エリカちゃんはイタズラっぽく笑うと、そっと空太に囁いた。


「春乃宮さんのこと、頑張ってくださいね。私、応援してますから」

「なっ⁉」


 驚いたように固まる空太。一方アタシは、エリカちゃんが何を言いたいのかさっぱりわからない。アタシの事を頑張れって、どういうこと?


「エリカちゃん、それっていったいどういう……」

「アサ姉は気にしなくて良いから!まったく、余計な気を回してくれて……」


 ジトッとした目をする空太。エリカちゃんはクスクス笑った後踵を返す。


「それじゃあ二人とも、ごゆっくり」


 さっきアタシが壮一と琴音ちゃんに言ったのと似たようなセリフを言いながら、エリカちゃんは去っていく。残されたアタシが隣に目を向けると、暑いのだろうか、空太はほんのりと顔を赤く染めていた。


「空太、顔赤いけど大丈夫?もしかして熱中症?」

「そんなんじゃないから。それより座ろう。花火見るんでしょ」

「う、うん」


 強引に岩場に連れていかれて、アタシ達は揃って腰を下ろす。

 うーん、花火は綺麗なんだけど、さっきのエリカちゃんと空太のやり取りがどうも気になるなあ。


「ねえ空太、さっきエリカちゃんが言ってたことだけど……」

「あれね。言ってもどうせアサ姉には理解できないよ。鈍いからね」

「何よそれ」


 失礼な物言いに怒っていると、空太はため息をつく。


「どうしても知りたいのなら、まずはその鈍さと自分への興味のなさをどうにかしてよね。せめてソウ兄や琴音さんのことだけでなく、自分に向けられてる気持ちに気づけるようになってから。さあ、この話はもう終わりだから」


 強引に話を中断されてしまった。結局何が言いたいのかはさっぱり分からなかったし、言いたいことは沢山あるんだけど、この様子だとこれ以上ごねても何も言ってくれなさそう。仕方ない、考えるのはやめて花火に集中しよう。


「それにしてもエリカちゃん、良い場所教えてくれたよね。良い子なんだから、もっと友達ができると良いね」

「まあ大丈夫なんじゃないの、あの子なら……」


 空太がそう言った時、会場に設置された花火が点火された。

 それは今まで上がっていた打ち上げ花火とは違う、文字が浮かび上がってくる仕掛け花火……なのだが、その浮かび上がってきたそれは……


『樹里様バンザイ』


 瞬間、今まで花火を見て高まっていた熱が一気に冷めていった。

 きっと御門さんのお母さんが、娘のために用意したのだろうけど、テンションが下がるわー。おそらく離れた場所で花火を見ている壮一と琴音ちゃんも、良い雰囲気をぶち壊しにされていることだろう。怨むよ御門さん親子。


「たぶん御門さんは、あの花火を見て、いつもみたいに笑っているんだろうね」

「間違いないでしょうね。まったく、あんなモノを出されたら、またエリカちゃんが恥ずかしい思いを……」


 その瞬間、花火が形を変えていく。何だろうと思って見ていると、新たに浮かび上がってきたのは……


『エリカ様バンザイ』


「ちょっとおおーっ!」


 思わず叫び声をあげてしまう。御門さんのお母さん、エリカちゃんバージョンまで用意していたのか。

 昨日はエリカちゃんの事を怒っていたけど、あんな物を用意するということはエリカちゃんの事をちゃんと想ってくれているということなのだろうか。もしかして叱り過ぎたと思って、少しでも元気を出してもらえたらッていう、親心なのかもしれない。

 でも、でもこれじゃあ……


「凄い悪目立ちしたね。エリカさん、今頃あれ見て頭を抱えているだろうな」

「うん、間違いないわね」


 アタシも空太も、そろってため息をつく。本人は静かに暮らしたいだけなのに回りがそれを許してくれないだなんて、気の毒だよ。

 仕掛け花火は終わって、夜空には再びまともな花火が咲き始めたけど、もう風情を楽しむどころではなかった。


「空太、先輩としてちゃんと、エリカちゃんの力になってあげるんだよ」

「言われなくても」


 疲れたように頷いた空太。そしてそっとアタシを見ながら、優しいような切ないような表情をする。


「相変わらず人の心配ばかりなんだね。けど仕方ないか、それが、俺がす……になったアサ姉なんだから」

「え、なに?」


 花火の音で、一ヶ所よく聞こえなかった。だけど空太はその疑問に答えることなく、花火に目を向ける。


「何でもない。さあ、花火を見よう」


 とても何でもないようには見えなかったけど……まあ良いか。アタシも気を取り直して、花火を眺める。


 空太がこの時何を思って、本当は何を言いたかったのか。それをアタシが知るのは、もう少し先の話。

 今はまだ何もわからないまま、壮一と琴音ちゃん、空太、そしてエリカちゃんに良い事がありますようにと、夏の夜空に願うのだった。




【エリカside】




「お姉ちゃんお母さん!何なのアレは⁉」


 泣きそうな顔のエリカが、やぐらの上で「おーっほっほっほ」と笑っている姉と母に向かって叫んでいる。この子が気にしているのはもちろん、海上に浮かんだ『エリカ様バンザイ』の文字。しかし姉も母も、なぜかとても満足げな顔をしている。


「お聞きなさいエリカ、あの花火はお母様が用意してくださったんですよ」

「だよね。あんなおかしな物を用意する人なんて、他にいないよね⁉」


 エリカはとても嫌そうな顔をしながら、姉から母へと視線を移す。


「エリカ、昨日は私も言い過ぎたザマス。アナタに御門を名乗るにふさわしい人間になってほしくて、つい厳しくしすぎる事もあるザマス。だけどやっぱり、あなたには笑顔でいてほしいザマス。それで用意したのが、あの花火ザマス!」

「激しく間違ってるよ!あんなのいらないから!」


 あんな恥ずかしい花火を用意するだなんて、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。だけどいくら口を酸っぱくして訴えたところで、この母は分かってはくれないのである。さらに……


「エリカ、そんな事を言うものではありません。お母様の気持ち、アナタなら分かりますわよね。わたくしもお母様も、時には辛い言い方をすることもあります。だけどそれは、アナタに期待をしていればこそなのです。もっと自分に自信を持つのです。そうすればアナタもいずれ、わたくしやお母様のような立派な人間になれますわ!」

「な、なりたくないよー!」


 心底嫌そうなエリカ。

 母も姉も、決して悪気があるわけじゃ無く、純粋にエリカの事を想っての行動だと言うのだから質が悪い。

 愛情を惜しみなく注がれているにも拘らず、こうまで噛み合っていないケースもなかなか珍しいのではないだろうか?

 そしてそんな母姉に嘆くエリカを、周囲にいた桜崎の生徒たちは冷めた目で見る。


「あの子もやっぱり、御門家の子なんだな」

「あんな花火を用意するだなんて、何か色々スゲーよ」

「―———っ!ご、誤解です私は関係無いんです!」


 目に涙を浮かべながら、自分は御門家とは無関係と主張するエリカ。しかしここですかさず、鳥さんと牧さんが動いた。動いてしまった。


「御門様、どうやらエリカ様は、あの程度では満足なさらないようです。流石御門様の妹でございます」

「ですがご心配なく。こんな事もあろうかと、第二弾を用意してあります。皆様、用意はできていますね!」


 鳥さんと牧さんが、無線を使って誰かに連絡を取っている。すると、『はい、全てはエリカ様の為に!』という、非常に嫌な返事が返ってきた。

 背筋に冷たい汗が流れる。これ以上まだ何かされると言うのか⁉


「ちょっ⁉鳥さん牧さん、いったい何を?」

「ごめんなさいエリカ様。私達もあなたがマトモで、本当はこういう事は望んでいないって分かっているのですけど」

「御門様とお母様のご機嫌を取るためなのです。ここは一つ犠牲に……」

「鬼!悪魔!人でなし―――!」


 ある意味一番酷いのは、鳥さん牧さんの二人かもしれない。主のご機嫌取りのために、エリカが嫌がると分かっているにも拘らず、止めなかったのだから。


 その後海の上にプロジェクションマッピングが映し出され、エリカの写真と学年、クラス、出席番号までバッチリ紹介されたた。その上さらに、エリカが産まれてから今まで歩んできた軌跡が写真や動画で、付きで次々と流れていく。こんな羞恥プレイ、とても常人には耐えられるものではない。


「うわああああああぁん!」


 エリカは目に涙をためて、人目を避けるように海岸の彼方に突っ走って行ってしまった。

 この様子だとどうやら、エリカの友達作りは前途多難のようである。


 …………でも安心してください。エリカは良い子ですから、ひた向きに頑張ってさえいれば、きっと良い事がありますよ。きっと。



                         臨海学校編  終わり



 


※臨海学校編はこれで終了となりますが、番外編はまだまだ続いていきます。


 コメント欄で人気の高かった鳥さんや牧さんが主役の短編、御門さんの恋バナ等を用意しているので、今後ともどうかよろしくお願いします<(_ _)>

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