ある意味呪われし御門一族

「お、お母さん……お姉ちゃん……」


 青い顔をしながら、ゆっくりと後ずさるエリカちゃん。だけど逃がすまいと言わんばかりに、御門さん親子は距離を積めていく。


「エリカ、あなたと言う子は」

「どうやらこれは、教育が必要そうザマスね」

「ひっ⁉」


 母と姉に追い詰め得られる妹。『ちび○子ちゃん』で時々目にする光景だけど、決定的に違う事が二つある。一つは、あの漫画の主人公と違って、妹は何もオイタをしていないと言う事。そしてもう一つは、母と姉に常識が無いと言う事だ。

 いけない、このままじゃエリカちゃんが何をされるかわからない。私は慌てて間に入って、御門さんとそのお母さんを止める。


「ストップストップ!御門さん、ちょっと落ち着きなって」

「春乃宮さん、そこをお退きなさい。これは家族の問題、あなたが口を挟むことではありませんわ」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 だからといってこのまま怒られてしまったのでは、エリカちゃんが可哀想。しかしそんなアタシの制止も虚しく、御門さんのお母さんは大きなため息をついて、厳しめな目でエリカちゃんを見据える。


「エリカ、自分が何を言ったか、ちゃんとわかっているザマスか?」

「……はい」

「御門を名乗るのが億劫?ええ、あなたがそう感じていたことは、前々から察していたザマス」

「―――っ!」


 辛そうな表情のエリカちゃん。するとお母さんに続いて、御門さんも口を開く。


「エリカ、わたくしもあなたの悩む気持ち、全く分からないわけではございませんわ」


 え、そうなの?

 これはちょっと……いや、かなり意外だ。エリカちゃんが御門さんやお母さんの奇行を恥じているって、ちゃんと分かっていたのか。でもそれだったら、少しは自重してあげなよ。その方がエリカちゃんの為だし、周りにも迷惑をかけずにすむのにさ。しかし……


「あなたの悩み、それは名門御門家の肩書きが、プレッシャーになっている。そう言うことですわね!」

「えっ?」


 ……あれ?

 エリカちゃんをビシッと指差して、どや顔で宣言した御門さん。けど、そんな話だっけ?肩書きやプレッシャーがどうという話じゃなくて、あんたらの言動が恥ずかしいってことで悩んでいるんだけどなあ。ほら、エリカちゃんも訳がわからないみたいで、ポカンとしちゃってるよ。


「あ、あの、御門さん?いったいどうして、そういう結論になっちゃったのかな?」

「春乃宮さん、あなたはいったい何を聞いていたのです?」

「うん、ちゃんと聞いていたから、話の流れがわかんなくなっちゃってるんだけど」

「頭の悪い人ですね。エリカはわたくしやお母様のような、御門家の人間としてあるべき振るまいができていない事を恥じ、御門の名を背負うことが重荷になっているのですわ!」


 いや、それ違うから!

 恥ずかしいのはあんたらのような振るまいができない自分じゃなくて、奇行を繰り返すあんたら自身だよ。御門を名乗りたくないのは、そんなあんたらと同じ姓を名乗るのが嫌だから。名家とかプレッシャーとか、そんな話ではいっさいないから。

 だけどそこは御門さん、一度こうだと思い込んだら人の話なんて一切聞かず、そのまま突っ走ってしまうのだ。


「確かに重く感じる気持ちはわかります。ですがそのような投げやりな態度でどうしますか⁉」

「エリカ!あなたは御門家の人間と言う自覚が足りないザマス!少しは樹里を見習うザマス!」

「えっ……でも私は……そもそもそういう話じゃなくて……」


 どうにか反論しようとするエリカちゃん。だけど、二人がそれを許さない。


「「返事は⁉」」

「……はい…………ごめんなさい」


 可哀想に、エリカちゃんは俯いて、力の無い声で謝罪の言葉を口にする。何も悪いことなんてしてないのに、何なのこの仕打ちは?


「あの、御門さん。もうそのくらいで……」

「少しはエリカちゃんの話も聞いてあげなよ」


 見るに耐えかねたアタシと琴音ちゃんが抗議する。だけど、そんなアタシ達を制止する人達がいた。


「お待ちください春乃宮さん」

「ここは一つ、私達にお任せを。決して悪いようには致しません」


 そう言ってきたのは鳥さんと牧さん。どうやら彼女らも、さすがにこれは見かねたようである。


「それじゃあお願いするけど……大丈夫?下手なこと言って御門さんの怒りを買ったら、あんた達まで責められるんじゃないの?」

「ご心配なく。まあ見ててください」


 そうして自身ありげな様子の鳥さんと牧さんは、御門さんとお母さんに断りをいれると、俯いているエリカちゃんに声をかける。


「エリカ様エリカ様、そう気を落とす必要はございません」

「お母様もお姉様も、エリカ様に期待をしているからこそ、キツい言い方をされているだけでございますわ」

「期待?嘘です、私に期待なんて。それにそもそも私が言っていたのは、そういった話ではなくて……」


 御門さん達の勘違いにより、おかしな方向にいってしまった話を戻そうとするエリカちゃん。しかし……


「いえいえ、みなまで言うことはございません」

「優秀なお家や、素晴らしいお姉様とご自分を比べて劣等感を抱いて自信が持てなくなってしまっている。そうでございましょう」

「え、いえ。だから……」


 ちゃんと話を聞いてくれる人が現れたかと思いきや、またしても的外れな事を言い出したことに、混乱するエリカちゃん。そしてそれは、アタシも同じ気持ちだ。

 だからぁ、そう言う話じゃないんだってば。この二人はまだまともだと思っていたのに、どうやら御門さんの作った話の流れに合わせてしまっているようだ。鳥さん牧さん、お前らもか……

 だけど、話がズレているだけだったらまだよかった。


「もっとご自分の力を信じるのです。私達御門家に遣える者は皆、エリカ様を信じています」

「そうでございますよね、皆様?」


 牧さんがそう問いかけると、さっきまで御門さんの応援団をやっていた人達や、お母さんが引き連れていた黒服達が途端に熱を帯びたように叫び出す。


「その通りだー、エリカ様ならきっと、お母様やお姉さまに負けないくらい凄いお方になってくれるはずだー!」

「エリカ様だって、御門家の人間だー!」

「エリカ様バンザイ!エリカ様バンザーイ!」


 どうやら御門家の支配下にある人達は、そろいもそろってこんな感じらしい。だけど可哀想なのはエリカちゃん。いきなり煽られてしまったけど、慌てたようにストップをかける。


「そんな、止めてください。私はそんなんじゃないんです!」


 だけど家来たちのエリカちゃんコールは止まらない。それどころかその様子を見ていた桜崎学園の生徒達が、ザワザワと騒ぎ出す。


「おい、あの大人しそうな子も、御門家の人なのか?」

「見かけに騙されるな。だって御門だぞ」

「目を合わせちゃだめよ。何をされるか分からないわ」


 周囲の家来達が大騒ぎしてるのだから、桜崎の生徒たちの反応も当然といえる。

 エリカちゃん自身はそっとしてほしいって思っているだろうけど、周りが無駄に煽るからどうしても目立ってしまうのだ。


「いい加減にしてください!私はお母さんやお姉ちゃんとは違うんです!もう放っておいてください!」


 とうとう涙目になって、大きな声を上げた。だけど、それでおさまってくれれば良かったんだけど、鳥さんと牧さんが止めトドメを刺すかのように、エリカちゃんの肩にポンと手を置いた。


「現実を受け入れるのですエリカ様。あなたの中には、あの御門さんと同じ血が流れているのですよ。あなたはお姉さまと……御門さんと同じ種類の人間なのです!」

「ち、違う。私は……」

「たしかに今はまだ違うかもしれません。ですがご安心を。近い将来、あなたは御門さんのようになります!」

「――――ッ⁉」


 瞬間、エリカちゃんの表情が凍った。いや、エリカちゃんだけじゃない。そばで成り行きを見守っていたアタシ達も、そろって息をのむ。

 鳥さん牧さん、何を考えてるのさ、エリカちゃんが御門さんのようになるだなんて。アタシは今まで、これほどまでに人を傷つける言葉を聞いたことが無かった。そして……


「う、うええぇ―――――ん!私は違うのに――!」


 可哀想に。エリカちゃんはこの仕打ちに耐える事ができずに、目から大粒の涙を流しながら、走っていってしまった。

 可哀想……本当に可哀想だ。御門の家に産まれたばかりに、こんなにも苦しんで、傷つけられるだなんて。


「エリカ、待つザマス!まだ話は終わっていないザマスよ!」

「追いかけましょうお母様。エリカー、逃がしませんわよー!」


 逃げ出したエリカちゃんの後を追う御門さんとそのお母さん。そしてその後ろには、当然のように家来の方々もついて行ってる。御門さん達が去ってくれるならこのビーチも静かになるけど、その代償はあまりにも大きかった。

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