御門さんの妹

 驚きを隠せない様子で、エリカちゃんを見る琴音ちゃん。

 そりゃそうだよね。この子が御門さんの妹だなんて言われても、普通はそんな反応をするよね。事実アタシも、どこだったかのパーティー会場で初めてエリカちゃんと会った時は、タヌキかキツネにでも化かされているんじゃないかって本気で思ったよ。

 たけどあな恋は、そんなファンタジーなゲームじゃない。そうして驚いていたアタシに、エリカちゃんは言ってきたんだっけ。


『春乃宮さんのことは、お姉ちゃんからよく聞かされています。姉がいつも……いつもいつも多大すぎるご迷惑をおかけして、本当にすみません!』


 ちょうど今回と同じような感じて、謝ってきたエリカちゃん。そのまま土下座でもしそうな勢いだったのを何とか止めて、少しお話しして、そうしてアタシは悟ったのだ。この子はマトモな思考の持ち主なのだと。


 だけどそのマトモさ故に、どうやら御門さんやお母さんの奇行をよく思っていないようで。さっき琴音ちゃんに、御門さんの妹だと言って紹介しようとした時大きな声をあげた様子を見ると、どうやらそれはこの子にとって、目を覆いたくなるような事実のようだ。


「ごめんなさい、あんなお姉ちゃんとお母さんでごめんなさい。私は、家族であることが恥ずかしいです」


 俯いたまま、謝罪の言葉を口にし続けるエリカちゃん。なんだか相当病んでいるみたい。

 すると琴音ちゃんが慌てたように言う。


「そんなこと無いよ。あ、私は倉田琴音って言うんだけど……エリカちゃん、御門さんの妹だからってそんなの全然恥ずかしいことじゃないから」


 明るい笑顔を作ったけれど、それでもエリカちゃんは浮かない表情。


「いいえ、そんなことありません。恥の多い生涯を送って来ました」


 きっと今まで、あの姉や母のせいでさぞ恥ずかしい思いをして来たのだろう。だけどそんな彼女の物言いに何を思ったのか、壮一が一歩前に出る。


「エリカさん、差し出がましいようだけど、そこまで邪険にしなくても良いんじゃないかな?だって、家族なんだから……気付きにくいかもしれないけど、御門さんもお母さんもどこかで君を支えてくれているんじゃないのかな?」


 あ……

 壮一がどうしてわざわざこんなことを言い出したのか、その理由は痛いほど分かる。壮一の両親は二人とも二年前に交通事故で亡くなっていて、彼には家族と呼べる人がいないのだ。

 だから御門さんやお母さんの事を恥ずかしいというエリカちゃんにお説教をしたくなったのだろう。

 エリカちゃんも壮一やそのご両親の事は知っているから、心の内を察したようで押し黙る。が……


「……それとこれとは別です」


 それでもエリカちゃんは引かなかった。じっと壮一を見つめ返すと、ハッキリとした口調で告げていく。


「だってそうでしょう。確かに育ててもらっている恩もありますし、感謝している部分もあります。でもだからといって、普段の行いを認められるかどうかは別です!」


 ……確かに。いくらお世話になっていると言っても、あの奇行を受け入れられるかどうかは別問題だ。これには壮一も何も言い返すことができずに、それどころかエリカちゃんはさらに言葉を続けてくる。


「考えてもみてください。こんなことを言うのは失礼だってわかってますけど、もしも風見さんの亡くなったはずのご両親が、うちのお母さんやお姉ちゃんのような性格になって帰ってきたら、風見さんは喜べますか⁉」

「―――ッ!ごめん……俺が間違ってた」


 完膚無きまでに打ち負かされた壮一は、スゴスゴと後退していく。もしも家族が御門さんみたいな人だったら、かあ。正直そんなの、想像したくもない。だけどエリカちゃんにとっては、産まれたときから御門さんは家族なのだ。この子の苦悩は想像を絶するよ。


「すみません、ヒステリックな事を言ってしまって。ああ、どうして私、御門の家なんかに生まれたんだろう。もう御門を名乗るのでさえ億劫ですよ」

「そんなに気にしないでってば。御門さんやお母さんはともかく、エリカちゃんがマトモだってことは、私達ちゃんとわかってるから。でしょ、皆?」

「もちろん」

「大丈夫、ちゃんとわかってるよ」


 空太も琴音ちゃんも、笑顔で答えてくれる。するとそれを見たエリカちゃんの表情も、少しだけ和らいだ。


「ありがとう……ございます」


 そう言ってエリカちゃんは、少しだけ笑ってくれた。その表情は、とても可愛らしくて。

 変なことを気にしないでもっと笑えばいいのに、そう簡単にはいかないと言うのも辛いところだ。だけどちょっとでも元気が出てくれたみたいで良かった。ほっこりするような笑顔を見ながら、そう思ったんだけど……


「……話は全て聞かせてもらいましたわ」

「……話は全て聞かせてもらったザマス」


 今一番聞きたくない声が、背後から聞こえてきた。

 途端に、向かい合っていたエリカちゃんの表情が強張る。アタシも背筋に冷たいものを感じながら振り返ると、思った通りそこには、気色ばんだ様子の御門さん親子がいて、エリカちゃんを睨んでいた。

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