御門さんのお母さん
ビーチに突如現れた御門さんのお母さん。それは高校生の娘がいるなんて思えないほど若々しくて美人で、黙っていれば女のアタシでも目を奪われてしまいそうな奇麗な人なのだけど……
「桜崎学園の皆様、臨海学校は楽しんでいるザマスか?楽しんでいるに決まっているザマスよね?何せここは、わが御門グループの中でも屈指のリゾートなのですもの、楽しめないはずはございませんわ、おーほっほっほ!」
黙っていれば、ね。
御門さんのお母さんは……御門さんのお母さんなのだ。これでもかってくらいふんぞり返りながら、娘と全く同じ笑い声を高々に上げている。
しかしお母さんが来ることは、どうやら御門さんも知らなかったらしい。驚いたような顔つきで、お母さんの方によっていく。
「お母様、こちらにいらしてたのですね。海外にでも行ってらっしゃるのかと思っていましたわ」
「そのつもりだったザマスけど、どうにか時間が作れたから来てみたザマス。アナタが学校でしっかりやっているか、一度見てみたかったザマスから」
「お母様ったら、恥ずかしいですわ」
そう言えば聞いたことがある。御門さんのお母さんは多忙で、御門さんとは数週間顔を会わせられないことも珍しくないって。
だけどいくら忙しくても、ちゃんと御門さんの事を想ってくれているのだろう。だからこうして忙しい中、時間を作って娘の様子を見に来てくれたのだ。美しい母の愛情、普通ならそう思う場面だ。そう、普通なら……
「でもさすが私の娘ザマスね。見たところ御門家に恥じない行動を、ちゃんと心がけているザマスもの」
え、いったい何を見てそんな感想を抱いちゃったの?御門さんがやったことと言えば、奇妙なビーチバレーをやっただけなんだけど。しかもあれはどちらかと言えば、恥ずべき行動だよ。
親ならちゃんと、娘を叱ってほしい。しかし、このお母さんにそれを望むのは無理というものだろう。
「先ほどの試合、遠くから見せてもらったザマス。アナタのその頑張る姿に、皆さん目が離せない様子だったザマスね。そういう人を引き付ける行いこそ、上に立つ者として必要ザマスよ」
「心得ておりますわお母様」
ええと、御門さんのお母さん、確かに皆さっきの試合を見てたけどさ、それは悪目立ちしてたからどうしても気になっちゃっただけだから。御門さんの頑張りなんて、たぶん誰も感じていないから。
しかしこの奇妙な親子を煽るように、鳥さんと牧さんが口を開く。
「御門様のお母様、ご安心ください。御門様は学校でも、常に生徒の中心となって動いておいでです」
「御門様を止められる方なんて誰もいらっしゃいませんもの。皆さん否応無く、御門様に振り回されておいでですわ」
本当にね。だけど覚えておいてほしい。人を引っ張っていくのと振り回すのとでは全く別物だと言う事を。お陰で皆、どれだけ迷惑していることか。御門さんのお母さん、笑ってないでオカシイって気づいてよ。
「旭ちゃん、もしかして御門さんのお母さんって、御門さんと同じ思考の持ち主なの?」
「そっか、琴音ちゃんは御門さんのお母さんを見るのは初めてだっけ。うん、御門さんをそのまま大人にした人って考えていいよ。だからわかってると思うけど、絶対に関わっちゃいけないよ」
「うん、そうする」
何せ御門さんだけでも普段から大暴れしているのだ。この上お母さんとまで関わってしまったら、どんな面倒なことになるかわからない。
「アナタがそのようにしっかりしてくれるのなら、御門家は安泰ザマスね。おーほっほっほ!」
「お任せくださいお母様。わたくしは御門家の長女として、それに似合った行いをしますわ。おーほっほっほ!」
「おーほっほっほ!おーほっほっほ!」
「おーほっほっほ!おーほっほっほ!」
「ザマス、ザマス、ザマスー!」
「ですわ、ですわ、ですわー!」
ポカンとしている桜崎の生徒を置いてきぼりにして、狂ったように謎の笑い声を上げ会う奇妙すぎる親子。まるで危険な薬でもやっているかのような二人だけど、残念ながら彼女らはこれがデフォルトなのだ。何もやっていないのに、下手な薬物中毒者よりもヤバい人達なのだ。
「おい、本当にアレが御門家の当主とその娘なのか?御門家と言えば経済にも多大な影響力のある、日本屈指のお家だろ?」
「日本はもう終わりかもしれん……」
皆御門さん親子を遠巻きに見ながら、その世界観についていけない様子。そんな中、鳥さんと牧さんだけがいつもと変わらぬ様子でよいしょしている。
「さすが御門様とそのお母様です、常人には理解不能な頭をしてらっしゃいます!」
「まさに、この親あってこの子ありです!」
果たしてそれは誉めているのだろうか?アタシはそうは思わないけど、何故か御門さんは上機嫌。鳥さんの言っていた通り、この人達の頭は本当に理解不能だ。
もういい加減解放されたい。すると空太も同じことを思ったのか、ため息をつきながら言ってくる。
「それで、俺たちはいったいいつまでここにいれば良いわけ?もうビーチバレーも終わったんだから、行って良いんじゃないの?」
「そうだね、俺が話をしてくるよ」
空太に言われた壮一は、御門さん親子……と話す気にはなれなかったようで、その隣にいるが鳥さん牧さんに声をかける。
「なあ、俺達もう行って良いかな?ここまで付き合ったんだから、もう十分でしょ?」
「そうでございますね。幸い御門様ももう満足されたみたいですし」
「茶番劇にお付き合いくださいまして、どうもありがとうございました」
ふう、どうにか解放してもらえた。アタシ達は依然笑いあっている御門さん親子に気付かれないよう、そそくさと退散していく。そして少し離れると、盛大なため息をついた。
「いやー、まさか御門さんのお母さんまで来てるなんてね」
「パーティーで何度かあったことがあるけど、相変わらず御門さんと同様に凄まじい人だね」
「御門さんと揃うと、相乗効果で余計に狂っちゃうから質が悪いよ」
「皆、それはさすがに言い過ぎなんじゃ……ごめん、そうでもないかも」
四人とも一様に疲れた顔を見せる。
本当なら、壮一と琴音ちゃんをくっつけるため色々画策したいところだけど、もうとてもそれができる雰囲気じゃなくなってる。おのれ御門さんめ。
だけどいくら怨んでも、関わってしまったら余計面倒になることは目に見えている。触らぬ神に祟り無し、もう臨海学校中は御門さんのことなんて忘れてしまって……
「あの、春乃宮さん」
「―――ッ⁉」
突如後ろから名前を呼ばれ、一瞬御門さんがやってきたのかと思って身構える。壮一達も同様に、声のした方へ振り返ったけど……あれ?
そこにいたのは御門さんではなく、綺麗なブロンドヘアーをした、中学生くらいの女の子だった。
「あれ、もしかして……エリカちゃん?」
それは、アタシの知っている子。たしか今年から、桜崎学園の中等部に入学したと聞いていたけど、こうして顔を会わせるのはずいぶんと久しぶりだった。
「そっか、エリカちゃんも今年から桜崎の生徒だったよね。久しぶりー」
そう明るい声で言ったけど、エリカちゃんは沈んだ表情。そしてそのまま、大きく頭を下げてきた。
「春乃宮さん、あの二人がご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした!」
「えっ、ええっ⁉」
突然の謝罪にビックリする?エリカちゃんが一瞬目をやったのは、未だに高笑いを続ける御門さん親子。周りに多大な迷惑を与えている二人にかわって、この子は頭を下げているのだ。だけど。
「別に気にしてない……訳じゃないけど、だからってエリカちゃんが謝ること無いじゃん」
「確かにあの二人は迷惑だけど、いつものことだしね」
だから気に病まないでと、アタシと空太は慰めるように言う。
「本当に大丈夫だから」
「でも……」
しかし、やっぱりどこか気にしてる様子の、エリカちゃん。するとここで、今度は琴音ちゃんが口を開いた。
「旭ちゃん、この子、中等部の子だよね?」
「ああ、琴音ちゃんは初めて会うんだよね。この子はエリカちゃんって言って、御門さんのいもう……」
「止めてください!」
瞬間、それまで小さく力の無い声で喋っていたエリカちゃんが声を上げた。突然の出来事にアタシも琴音ちゃんも、言葉を失ってエリカちゃんを見る。
しかし等の本人も、叫んでしまったことを後悔したのか、恥ずかしそうに再び縮こまる。
「ご、ごめんなさい、突然大きな声を出して。不快にさせてしまってすみません」
「別に不快になんて思ってないよ。アタシの方こそごめんね、エリカちゃんの気持ちも考えないで、いきなり無神経なこと言おうとしてた」
「いいえ、春乃宮さんは悪くないです。いくら否定したくても、それは曲げることのできない事実なんですから」
そう言って悲しげな目で遠くの空を見つめるエリカちゃん。その姿はとても儚げで、今にも消えてしまいそうなくらい弱々しかった。そしてそんなやり取りを見て、未だに状況が掴めていない琴音ちゃんが再び尋ねてくる。
「ねえ、いったいどう言うことなの?」
「ええと、実はこの子ね……」
果たしてこれをアタシの口から言って良いものかどうか?しかし迷っていると、エリカちゃんが諦めたように、自分から口を開いた。
「自己紹介が遅れてすみません。私の名前はエリカ……御門エリカです」
「御門……えっ、ええっ⁉」
琴音ちゃんが驚くのも無理は無い。
「お察しの通りお姉ちゃんの……御門樹里の……妹、です……」
最後の方は若干涙声での自己紹介となってしまっていた。
本当に信じられないことだけど、このいかにも大人しそうでマトモそうなエリカちゃんこそ、気が狂ったような言動を日常的に繰り返している、あの御門さんの妹なのである。
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