一人ぼっちのエリカちゃん

 エリカちゃんが泣いてどこかへ走っていってしまい、御門さんやお母さんもそれを追いかけて行ってしまった。すると今度は、鳥さんと牧さんもそれを追おうとする。


「牧さん、私達も追いかけましょう」

「そうですわね。エリカ様、どうしてあんなに辛そうになったのでしょう?」


 などとのんきなことを言っている二人。けど、ちょっと待て! 何不思議そうな顔をしてるの?エリカちゃんにトドメを刺したのはアンタ達でしょうが!


「鳥さん牧さん待ちなさい!あんた等には一言物申す!」


 慌てて走って行こうとする二人の首根っこを鷲掴みにした。すると時さんと牧さんは不満そうな目でアタシを見たけど、あんた等に睨まれる筋合いは無い。それよりも、さっきのアレはいったいなんだ⁉


「あんた等に任せたアタシがバカだったわ。なにエリカちゃんの事をイジメてるのよ⁉」

「まあ、イジメるだなんて⁉」

「私達は、本当のことを言っただけです!」


 心外だと言わんばかりに反論してくる鳥さんと牧さん。だけど……


「たしかにエリカちゃんは御門さんの妹だけど、あの子はまともなの!まともな子が御門さんと同じだとか、御門さんみたいになるって言われたら、どんな気持ちになるか分からないわけ⁉」

「それは……確かに物凄いショックだと思います」

「もしかしたら、死んだ方がマシだと思ってもおかしくないかもしれません」


 自分達のしでかしたことがようやくわかった様子の二人。

 だけど、うーん、死んだ方がマシって。アタシは何も、そこまで言うつもりは無かったんだけどなあ。

 思っていた以上に酷い言い草で少し引いたけど、この二人は御門さんの事を、いつも最も間近で見ているのだ。きっとアタシの知らないとんでもない事を、たくさん知っているが故の意見なのだろう。


「そ、そうでしょう!それがまともな人の反応でしょう!御門さんのようになるって言われたら傷つくでしょう!それをあんた等は……」

「「本当に申し訳ございませんでした!」」


 深々と頭を下げられたけど、謝るべきはアタシじゃなくてエリカちゃんだ。あの子も気の毒に。本人は何も悪くないというのに、御門さんの妹、あのお母さんの娘と言うだけで、さぞ苦しんでいる事だろう。


「分かってくれたのならもう良いわ。さっさとエリカちゃんを追いかけて、今度こそフォローしておいて。分かってると思うけど、もう二度と変な事を言ったりしちゃだめだからね」

「お任せください、今度こそ失敗いたしませんわ」

「待ってくださいませ、エリカ様―!」


 声を上げながら、、既に姿の見えなくなったエリカちゃん達を追って行く。そうして鳥さんと牧さんも去って、アタシは深くため息をついた。


「ああ、何だか一気に疲れた」

「旭、お疲れ様。けど御門エリカさんかあ、久しぶりに会ったけど、何だかすごく苦労しているみたいだったねえ」

「本当だよ。エリカちゃん、あんな風に悪目立ちさせられて。学校で何か言われないかが心配になってくるよ」


 壮一と一緒になって、エリカちゃんの身を案じる。だけどそこで、空太が何やら言いにくそうに口を開いてきた。


「アサ姉、ソウ兄。残念だけど、それはもう手遅れかもしれないよ」

「手遅れって、どういう事よ?」

「今回の騒動以前から、もう既に良くない状況にあるって事。あの子、俺と同じ中等部でしょ。学年が違うからそこまで知ってるわけじゃ無いんだけど、あんまり良い噂を聞かないんだよね」


 空太の話に、アタシ達は耳を傾ける。だけどそれは、確かに良くないものだった。


「御門さんって、高等部で色々やらかしてるでしょ。その噂は中等部にまで伝わってきてて、そのせいでクラスで浮いちゃってるみたいなんだよね。あの御門さんの妹なんだから関わらないでおこうって、皆言ってるみたい。だからあの子、いつも一人でいるらしいよ」

「何よそれ⁉」


 そう言えばさっきの騒ぎを見て、似たような事を言っている人がいたっけ。だけど酷い、エリカちゃんが何かしたわけじゃ無いのに。だけど……もしかしたらアタシだって、人の事を言えないのかもしれない。


 ふと、前世の事を思い出す。あな恋の公式ファンブックを見て、実は御門さんには妹がいると書かれていたのを見た時、御門さんの妹なんだからきっとすごい子に違いないって思っちゃってたもの。

 この話を読んでいる読者の人はどうなの?御門さんの妹って聞いた時は、どんなぶっ飛んだ子が出てくるのかなって、思ったりしてなかった?ぶっ飛んだ子とは思っていなかったとしても、御門さんの妹ってだけで何かを期待していない?


「先入観って、何だかすごい残酷だよねえ。アタシも気をつけなくっちゃ」

「でも本人は無害でも、家族があれじゃあ敬遠したくなる人の気持ちも少しは分かるかも。どこで関わってしまうか分からないからね。もちろんだからと言って、エリカさんを孤立させていい理由にはならないけど」

「あの子は御門さんと違って、取り巻きを引き連れるようなタイプじゃないから、息のかかった人にそばにいてもらって寂しさを紛らわすことも出来ないだろうしね」


 壮一も空太も、そろってため息をつく。だけどいくら気の毒に思っても、アタシ達はしょせん他人。同じ中等部の空太だって学年が違うし、どうにかしてあげたいって思っても、できることなんてほとんど何も無い。このまま放っておくしかないのかと思っていると……


「ねえ……」


 今まで黙っていた琴音ちゃんが、不意に口を開いて、項垂れていたアタシ達は顔を上げる。


「この臨海学校の間だけでも、アタシ達で一緒にいてあげられないかなあ?エリカちゃんは良い子なのに、こんなの悲しすぎるよ」

「琴音ちゃん……」

「ごめんね、急にこんな事を言い出して。でも、一人でいるのってすごく寂しい事だと思う。アタシも桜崎に入ってすぐのころは、クラスで孤立していたから」

「あっ……」


 そう言えばそうだった。他のお金持ちの生徒とは違って、琴音ちゃんは優秀な成績を収める事で桜崎に入ってきた特待生。だけど生徒の多くは、そんな琴音ちゃんを庶民だなんだと言って偏見を持ち、中々周りに馴染めないでいたんだっけ。


「私の場合、入学してすぐに旭ちゃんたちと仲良くなったからまだ良かったんだけど。あの時偶然、旭ちゃんたちと会わなかったら、きっともっと寂しい思いをしてたと思う」


 本当は偶然じゃないんだけどね。前世であな恋をプレイしていたアタシは、琴音ちゃんの行動を知っていたから先回りして、偶然を装った出会いを果たしていたのだった。その事を知っている空太が「偶然ねえ」と言わんばかりの目でアタシを見たけど、別にいいじゃない、おかげで琴音ちゃん、良かったって言ってるんだから。


「だからエリカちゃんのこと、やっぱり放っておけないの。可哀想だから構うだなんて、失礼な事を言っているのかもしれないけど、それでも。旭ちゃん、明日の自由時間に、近くの町に遊びに行こうかって話をしていたよね。エリカちゃんも一緒に連れて行っちゃダメかな?」

「えっ?ええと……」


 自由時間の多い桜崎の臨海学校では、施設を離れて町で遊ぶなんてことも平気でできる。けど実はその自由時間の最中、アタシと空太がタイミングを見て離れていき、壮一と琴音ちゃんを二人っきりにさせて、デートを楽しんでもらおうってプランを考えていたんだけどなあ。

 エリカちゃんを同行させるとなると、その計画が台無しになってしまう恐れがある。だけど……


「お願い、旭ちゃん……」


 こんな風にぐっと見つめられて懇願されると、嫌とは言いにくい。それにさっきの様子を見てしまった後では、アタシだってエリカちゃんを放ってはおきたくない。正直、壮一と琴音ちゃんラブラブ大作戦はまだ諦めきれないけど、それでもこの琴音ちゃんのお願いは無下にはしたくなかった。


「……分かった、エリカちゃんに声をかけてみよう。壮一も空太も、それで良い?」

「別に構わないよ。俺だってさっきの話を聞いた後じゃ、放っておく気にはなれないしね」

「俺も同じ」


 二人とも快く承諾してくれて、琴音ちゃんが「ありがとう」とお礼の言葉を口にする。それにしても、今日初めて会ったエリカちゃんの事をこんなにも親身になって考えてくれるだなんて、やっぱり琴音ちゃんは天使だなあ……


「アサ姉、アサ姉」


 空太がアタシの手を引きながら、こっそりと小声で話しかけてきた。これは壮一や琴音ちゃんに着いかれてはいけない類の話だと即座に理解し、アタシも声を潜める。


「何よ空太?」

「俺は全然構わないんだけど、アサ姉は良かったの?あの二人をデートさせるんだって言って、息巻いてたのに。俺まで巻き込んでプランを考えてたじゃない」

「その事はもちろん忘れてないけど、仕方ないじゃん。けどまだ諦めたわけじゃ無いから、できそうだったら二人にデートさせるつもり。その時は、協力よろしく」

「はいはい。結局アサ姉は、何があってもアサ姉なんだね」


 そりゃそうでしょ。壮一と琴音ちゃんをくっつけるのが、アタシの生き甲斐なんだから。だけどエリカちゃんの事だって無下にはしない。どうせ気になってしまったのなら、エリカちゃんと二人のデートの、両方を何とかすればいいだけの話だ。


「うーん。いっそエリカちゃんにも協力をお願いしてみようかな?あの子いい子だから、力になってくれそうだし」


 頭を捻りながら、次なるプランを考えていく。

 こうして計画は変更され、明日はエリカちゃんを連れて町を回ることにしたのだった。エリカちゃん、これで少しは元気が出てくれたらいいなあ。

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