浜辺に舞い降りた天使と悪魔

 桜崎の臨海学校は、その内容の殆んどが遊びという非常に緩いもの。ホテルに着いて、簡単な注意を受けた後は各自部屋へ移動して後は自由時間。いきなりこんなので良いのかとも思うけど、せっかくだから楽しまなきゃ損。アタシは琴音ちゃんを誘って水着に着替え、さっそく海へと繰り出したのだった。


 そして、ビーチに出たアタシは改めて思う……琴音ちゃんの水着姿、超絶可愛い!

 二人で買い物に行った時から、これは絶対に似合うという確信はあったけど、まさかここまで可愛くなるだなんて。まるで浜辺に舞い降りた天使だよ!

 これなら壮一だって、メロメロになってくれるに違いない。ていうかまず、アタシがメロメロだよ。本当なら今すぐカメラを持ってきて、何枚でも何十枚でも撮影したいところだけど、その欲求をグッと抑える。アタシがやるべきことは、壮一と琴音ちゃんをくっつける事なんだ。撮影会じゃないんだ……


「旭ちゃんどうしたの?なんだか難しい顔をしてるけど?」

「あ、いや。何でもないよ。晴れてよかったなーって思って」

「ふふふ、そうだね。それにしても、本当に桜崎の貸し切りなんだね。他の人の姿が全然見えないや」


 キョロキョロと辺りを見渡して、感心した声をあげる琴音ちゃん。確かにビーチに来ているのは、桜崎の生徒ばかりだ。


「ここまでやる意味があるのかって気もするけどね。うちはおかしな所にお金をかけるからねえ」

「確かに最初、貸し切りって聞いた時はビックリしたよ。けどここのオーナーが御門さんなら、桜崎の為に根回ししてくれたって言うのも分かるかも」

「そうかもね。でも琴音ちゃん、その……御門さんの話は、無しにしない?ここが御門さんの所有地だって思ったら、ちょっと……」

「あ、ごめん。気を悪くしちゃった?」

「ううん、私も気にしすぎだって自覚はあるよ。青い空にもこの海にも、罪は無いのにね」


 それでも御門さんを思い出すと、綺麗な景色も色褪せて見えるから不思議だ。よし、余計なことを考えるのは予想。もう少ししたら壮一や空太来ても合流するから、そうしたら琴音ちゃんの水着姿を見せてラブラブ大作戦を実行するんだ。御門さんなんて知ったことじゃ……


「おーほっほっほ!」


 ……気にするのは止めようと思った矢先、非常に耳障りの悪い笑い声が聞こえてきてしまった。振り返らなくてもわかる、御門さんだ。


「どうですか鳥さん牧さん。私のこのダイナマイトボディは?」

「お美しいです御門様!」

「見る者全てを虜にしてしまいそうです!」


 一応少しだけ視線を送ってみる。ああ、残念ながらやっぱり御門さんだよ。

 水着に着替えた御門さんは鳥さんと牧さんにおだてられながら上機嫌で笑い声を上げている。けどそれがとても五月蝿い。ダイナマイトボディなんて言ってるけど、身体中にダイナマイトを巻き付けて、自爆テロを企てている人並みに迷惑だからダイナマイトボディって呼ぶのかなあ?


「さすが御門様です、皆様の視線を独り占めです!」

「ビーチは突然パニックです!」

「あらあら、鳥さん牧さん誉めすぎですってば。おーほっほっほ!」


 御門さんは上機嫌だけど、生憎視線を独り占めとはいかないだろう。確かに御門さんはスタイルいいよ、悔しいけどそれは認めるよ。けどねえ、それ以前に色んな所が残念過ぎるんだよ。

 今だってビーチを見渡しても、視線をくぎ付けどころか、皆関わっちゃいけないって目をそらしちゃってるもん。何なのこのナイスバディの無駄遣いは?


「セクシーです!ビューティフルです!浜辺に舞い降りた天使のようです!」

「ゴージャスです!可愛らしいです!小悪魔……いえ、大悪魔のようです!」

「おーほっほっほ!もっと言ってくださいな。おーほっほっほ!」


 少々誉め言葉なのかどうか疑いたくなる物もあったけど、途切れる間も無く誉め続ける鳥さんと牧さん。

 御門さんは喜んでいるみたいだから良いけど、こんな茶番劇、近くで展開されたらそれだけで迷惑だよ。ちなみにアタシは、鳥さんの言っていた天使ではなく、牧さんの言っていた大悪魔の方が、御門さんには似合っていると思う。天使は琴音ちゃん、御門さんは大悪魔サタンだ。

 おっと、アタシもあんまり見てると、絡まれちゃうかもね。気づかれないうちに、明後日の方向を向いておこう。


「あーあ、いっそのこと本当にダイナマイトみたいに爆発してくれれば良いのに」

「旭ちゃん、それはいくらなんでも」

「アハハ、冗談だよ冗談。冗談半分で言っただけ」


 もちろん半分は本気だけどね。

 けど、今は御門さんに構っている場合じゃないんだ。壮一はまだ来ないのかなあ……あ、来た来た。


「壮一ー、空太ー、こっちこっちー!」


 手招きしながら視線を送った先には、こっちに向かって歩いてくる、水着に着替えた壮一と空太の姿がある。

 うわっ、壮一ったら意外と腹筋がある。普段は当選服を着ているからわからないけど、鍛えているのか引き締まった体をしている。アタシは別に筋肉にはそんな興味ないけど、それでもこれは『おおっ』ってなっちゃうよ。

 そんなことを考えていると、壮一と空太がこっちに近づいてきた。


「ごめん。ちょっと先生と話してたら遅くなった」


 壮一は謝ってきたけど、そんなのいいの。それよりも……


「ねえ、何か他に言うこと無い?」

「言うこと?」

「うん。ほら、アタシ達こんな格好をしているわけだし」

「ああ……」


 壮一は察してくれたようで、すぐに笑顔を作る。そして……


「似合ってるよ、旭」


 そう言ってアタシを誉めてくれた……って、ちがーう!


「ちょっと、なに誉める相手を間違えてるのよ?誉めるなら琴音ちゃんでしょ」

「え……ええっ⁉」

「……始まったよ、アサ姉の暴走が」


 空太はため息をついたけど、そんなの知ったことじゃない。

 アタシは驚く琴音ちゃんの背中を押しながら、壮一の前に立たせる。ほら、こんな可愛い格好してるんだから、ちゃんと誉めなくちゃ。

 すると壮一は琴音ちゃんを見て……そしてなぜかもう一度アタシを見て、何やら首をかしげている。


「あれ、何で倉田さんの方なんだ?」


 小さく呟く壮一。だけどすぐに気を取り直したように、琴音ちゃんに向かって一言。


「倉田さんも可愛いよ」

「あ、ありがとう風見君」


 照れたようにお礼を言う琴音ちゃん。けど、アタシはちょっと不満だ。

 だって一応誉めてはくれたけど、何だか淡白なんだもの。もっと胸キュンな誉め言葉でも掛けてあげれば良いのに。アタシは壮一をそんな子に育てた覚えはありません!


「壮一、もっと気のきいたこと言えないの?この水着を見てよ。わざわざ壮一が良いって言った水着をを着てもらってるんだよ。恥ずかしくて誉めにくいにしても、それならそれでもっと露骨にドキドキするとか、悩殺されるとかしなさいって」

「ええっ⁉」

「ちょっと旭!なんて事を⁉」


 琴音ちゃんが思わず両手で体を覆って、壮一が慌てた声を出す。だってせっかく好みの水着を聞き出したのに、これじゃああんまり意味が無いんだもの。


「これって、やっぱりあの時のアレ?でも、何で旭じゃなくて倉田さんが?どういうこと?」


 ああっ、もう!壮一ったら、ここは顔を赤らめる場面だっていうのに、どうして逆に真っ白になって、死んだような顔をしちゃってるの⁉

 壮一のあまりの不甲斐無さにイライラしていると、空太が呆れたようにため息をついた。


「アサ姉、二人の距離を縮めたいにしても、色々と間違ってるから。本当にポンコツなんだから」

「なによ空太、アタシのどこが間違ってるのよ?」

「全部だよ。自覚がないところが余計に残念だよ」

「なんだとー!」


 ポカポカと空太を叩くアタシ。その間壮一は、琴音ちゃんに弁明をしている。


「旭の言った事は気にしないでね。本当にそんなんじゃないから」

「うん、わかってる。風見くんに限ってそれは無いし。好みの水着を旭ちゃんに教えてたってのもおかしいしね」

「ああ、うん。当然だよ……旭、自分で着る訳じゃなかったのか。でも、だったらなぜ……」

「風見くん、何か言った?」

「いや、何でもない」


 そんなやり取りがあったけど、壮一は難しい顔をしていて、何だか全然ときめいてなさそう。むしろ何だか、疲れた感じ?

 どうやら好みの水着で悩殺作戦は失敗だったみたいだ。いったい何がいけなかったのだろう?


「まあとにかく、皆揃ったわけだから、泳ぐなり浜で遊ぶなりしようじゃないか」


 壮一の提案に、全員が頷く。そうだよね、せっかく海にいるんだから、遊ばなきゃ損だよね。だけどそんなアタシ達に、近づいてくる影が三つ。


「あら春乃宮さん、ご機嫌いかが?」


 ちっ、今回はスルーできるかもと淡い期待を抱いていたのに、結局は絡んできたか。この爆発し損ねたダイナマイトボディめ!

 アタシはげんなりした顔で声の主、御門さんの方を向く。


「……御門さん、何か用?」


 用が無いなら……いや、用があってもさっさと終わらせてほしい。すると御門さんはふふんと鼻をならして質問に答える。


「別に用と言うほどの事ではございませんけど……」

「あ、そう。それじゃあアタシ達はこれで……」

「お待ちなさい!」


 ガッシリと肩を掴んで放さない御門さん。わかってはいたけれど、彼女はスッポンのような人だ。一度噛みついたら、中々解放してはくれない。


「何さ、用が無いなら構わないでよ」


 態度が悪いと言う自覚はあるけど、本当に御門さんとは関わりたくないんだ。露骨に嫌な態度をとっていると、見かねたように鳥さんと牧さんが口を開いてくる。


「まあまあそう言わずに。ご面倒だとは思いますが、少しばかりお付き合い下さいな」

「私達もいい加減、御門様への誉め言葉のレパートリーが尽きてきたのです。助けると思ってどうか」


 知らないよそんなの!御門さんはあんたらの主なんだから、責任持って面倒見てよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る