壮一の好みをリサーチする

 臨海学校を通じて、壮一と琴音ちゃんをラブラブにさせるというのがアタシの目的。そのためにだいぶ前から、色々と準備をしてきたんだ。

 アタシはホテルに向かって歩きながら、ふと先々週のある日の事を思い出す。そう、あれは学校の授業が終わって家に帰って自室にいた時の事だった……


「うーん、どれが良いかなあ……」


 アタシは机に向かいながら、一人頭を捻っていた。と言っても、何も勉強のことで悩んでいると言うわけじゃない。私が手にしているのは、教科書でも参考書でも無く、サマー特集の載っている雑誌。この雑誌を参考に考えているのだ、琴音ちゃんに、どんな水着を着てもらうかを。


「何かないかなあ。壮一をイチコロにできるような、可愛い水着は」


 今度ある臨海学校では、自由時間に海で遊べる。アタシは今度の日曜に琴音ちゃんと、その時着る水着を買いに行く約束をしていたのだ。

 けど、適当に選べばいいという物ではない。なんせ琴音ちゃんの水着姿は、壮一も拝むことになるのだ。買い物のときに頑張って、壮一好みの水着を琴音ちゃんに買わせることが出来れば、きっと壮一はメロメロになるに違いない。だからどんな物を買えばいいか、こうして雑誌と睨めっこして考えているのだけど。


「思えば壮一が、どんな水着が好きなのかなんてアタシ知らないや」


 考えてみれば当然だ。壮一だって思春期の男の子。いくら親友とは言え、女の子であるアタシに好みの水着は何かなんて、おいそれと言えるはずが無いだろう。

 しかしこれは困った。好みを知らない事には、どんな物を琴音ちゃんに進めたらいいか分からない。


「うーん、これなんか琴音ちゃんに似合うと思うんだけどなあ。けど大事なのはアタシの好みじゃなくて、壮一の好みだし。だけど待っていたって、壮からどんなのが好きかなんて話してくれるはずないだろうし……」


 けど、壮一だって男の子なんだ。好みが無いというはずが無い……と思う。問題は、その肝心の好みがわからないって事なんだけどね。もしアタシが男の子だったら、もっとすんなり聞けたかもしれないのに……


「いや待てよ。考えてみたらアタシは、旭様のポジションにいるんだから、聞いたら案外すんなり教えてくれるかも」


 何せあな恋では、二人の間に隠し事なんてなかったのだから。アタシにだってその友情パワーは受け継がれているかもしれない。

 ぴょんと椅子から立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。


 この時間壮一は、うちのリビングでお茶を飲んでいる事が多いはず。行ってみると案の定、来ていた空太と一緒に紅茶を用意している最中だった。


「旭、今丁度呼びに行こうとしてたんだ。旭もお茶、いるよね」

「いただくわ。壮一の淹れてくれた紅茶、美味しいもの」


 渡されたティーカップを受け取り、口に運ぶ。うん、やっぱり美味しい。


「ところでアサ姉、何だか慌ててたみたいだけど、何かあったの?まあアサ姉の事だから、またあな恋がらみの事なんだろうけど」


 同じく紅茶を口にしながら、空太がそっとそう言ってくる。そうだ、このまままったりと、お茶の味に舌鼓を打ってばかりはいられないんだ。アタシはカップをテーブルに置くと、手にしたままになっていた雑誌を前に出した。


「壮一、今度臨海学校があるわよね」

「ああ、けどそれが何?」

「自由時間に、海で泳げるでしょ。今度琴音ちゃんと一緒に、その時着る水着を買いに行こうと思ってるんだけど。ねえ、壮一はどんな水着が好きなの⁉」

「「ぶはっ!」」


 尋ねた瞬間、壮一も空太もむせ返った。


「ちょっ……旭……」


 苦しそうに呼吸を整えながら、ジトッとした目を向けてくる壮一。だけどアタシはそんなこと御構い無しに、雑誌の水着が載っているページを広げる。


「これなんてどうかな?アタシは可愛いと思うんだけど、壮一だったらどう?女の子がこんなの着て歩いていたら、ドキッとする?クラっとくる?」

「そんなこと聞かれても……」

「ちゃんと答えてよ。どんな水着だったら思わず悩殺されちゃうか、教えて!」


 必死になって問い詰めるアタシ。しかし壮一は困った顔をしたまま、照れたように目を逸らすばかり。するとそれを見ていた空太も、呆れたように口を開く。


「止めなよアサ姉。やってることは完全にセクハラだって分からないの?」

「女の子に向かってセクハラとは何よ?ただ水着の好みを聞いてるだけじゃないの」

「それがセクハラだって言ってるの!ソウ兄が困ってるって分からない?」


 うーん、言われてみれば確かに壮一はバツの悪そうな顔をしている。けどゴメン、アタシにだって譲れないものがあるのだ。


「壮一、一生のお願い」

「こんな事で一生のお願いを言われるとは思わなかったよ」

「アタシにとっては重要な事なの。だって好きな男の子に見せるための水着なんだよ、気合だって入るよ。だから教えて。壮一が思う、好きな女の子にはこんなのを着てほしいなって思うやつを」

「―——ッ!」


 珍しく顔を真っ赤にする壮一。だけどアタシの熱意が伝わったのか、雑誌を指さして小さな声で一言。


「……じゃあ、これかな」

「よし、これね!ありがとう壮一、愛してる!」


 選んでくれた水着に赤ペンで丸を付ける。一方壮一は、疲れた顔をしながら紅茶を飲んで落ち着こうとしている。ゴメンね変な事を聞いて。だけどこれは、必要な事なの。

 しかし一仕事終えたアタシを見て、空太がそっと囁いてくる。


「アサ姉、一応聞くけど、さっき言っていた好きな男の子とか女の子とかって、ソウ兄と琴音さんのことを言っているんだよね。その水着を着るのも、アサ姉じゃなくて琴音さんなんだよね?」

「当たり前じゃないの、アタシが着てどうするのよ?と言うかかぶっちゃいけないから、アタシは絶対に別のを選ぶべきね」

「そうだよね、そうくると思った。哀れソウ兄、アサ姉が着てくれると思って、恥ずかしいのを我慢して答えたというのに……」


 空太の言っている事は今一つわからないけど、まあいいか。壮一の好みはちゃんと聞けたわけだし。後は琴音ちゃんに、上手く進めるだけだ。


「ところで琴音さんと買いに行くって言ってたけど、アサ姉が買うヤツはもう目星がついてるの?」

「え、アタシの?そう言えば全然考えていなかったなあ。まあどうせアタシは何きてもたかが知れてるんだから、適当に選ぶわよ」


 重要なのは琴音ちゃんで会って、アタシはおまけみたいなものだからね。すると空太は、大きなため息をついた。


「相変わらず自分の事には無頓着なんだから。まあ仕方ないか、アサ姉が何着てもたかが知れてるって言うのは本当の事なんだから……痛っ!」

「……自分で言うのは良いけどさ、人に言われるとやっぱり腹が立つわね。アンタってアタシに関しては、本当にデリカシーが無いんだから」


 前世でやっていたあな恋に出てきた空太はそんなこと無かったのに。どうやら今世では幼いころからアタシがそばにいた影響で、若干性格が変わってしまったみたいだ。


「アサ姉にだけはデリカシーが無いとか言われたくないよ。でもアサ姉の水着なんてどうだっていいけど……本当にどうだっていいんだけど、これなんてどうかなあ?割といい感じだと思うんだけど」


 そう言って空太は雑誌を指さす。なるほど、確かにこれは中々いいデザインだ。


「悪くないね。それじゃあ、アタシはこれを買おうかなあ」

「琴音さんのばかりにかまけて、自分のを疎かにしていたら不自然だからね。しっかり買ってきなよ」


 思わぬ形で自分の買う分も決定した。

 そうして壮一の好みをリサーチしたアタシは次の日曜日、琴音ちゃんを言葉巧みに誘導して、見事件の水着を買わせることに成功したのである。

 ついでに買ったアタシに分は、空太が進めてくれた水着。アタシのはともかく、水着姿の琴音ちゃんを見たら壮一の好感度は上がるに違いない。期待に胸を躍らせて、臨海学校の日が待ち遠しくなった。ただちょっと気になったのは、無事買えたことを空太に伝えた際に言われた事。


『本当に自分じゃなくて、琴音さんの為に選んだんだね。ソウ兄のガッカリする姿が目に浮かぶよ』


 ガッカリってどういう事?気になって尋ねたけど、生憎空太はそれ以上何も教えてはくれなかった。まあいいか、壮一の好みであることには間違いないんだし。

 

 そうして準備万端で臨海学校に挑んだはずだったんだけど、まさか訪れたリゾートが御門家の物だったなんて。この過酷すぎる現実に少々頭が痛くなりつつも、壮一と琴音ちゃんラブラブ大作戦を成功させるため、アタシの歩みは決して止まることは無いのだった。

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