御門帝国にようこそ

 皆が皆、御門さんを遠巻きに見ながら呆れている。しかし当の本人はそんな事に気付く様子もなく高笑いを続けている。

 何だか段々とバカらしくなってきた。もういいや、こっちは御門さんに構っていられるほど暇じゃないんだから。


「二人とも、御門さんの事は放っておいて、もう行こう」


 壮一が背中を押して、この場を離れさせようとする。

 うん、その方が良さそう。だって御門さんは、何故かことある毎にアタシに突っかかってくるから。面倒なことにならないうちに、さっさと移動した方が良さそうだ。が……


「あら、そこにいらっしゃるのは春乃宮さんじゃないですか?」


 げ、見つかった!スルーしてくれればいいのに、御門さんは私に気付くなり、鳥さんと牧さんを引き連れて、こっちに近づいてくる。


「ごきげんよう春乃宮さん。調子はいかがかしら?」

「お、おかげさまですこぶる元気かなー。それじゃあ、アタシ達はこれで」


 本当は御門さんを見たせいで高まっていたテンションが下がったばかりなんだけどね。

 この人と関わっても良い事なんてない。即行に話を切り上げて、この場を離れようとする。しかし。


「お待ちなさい」


 ガシっと肩をつかまれてしまった。なんなのさいったい?


「何か用?何でもないのなら、早くホテルに行きたいんだけど」


 振り返って面倒くさそうに言うと、どういうわけか御門さんは笑みを浮かべながらご機嫌そうに口を開く。


「早くホテルに行きたい、ですか。それはあのホテルが、超絶最高に素晴らしいから早く行きたいという事でしょうか?」

「えっ?ああ、うん。じゃあそう言う事にしといて」


 本当はホテルがどうこうじゃなくて、御門さんから逃げたいだけなんだけど。


「そうでしょうそうでしょう。流石は春乃宮さん、価値が分かってらっしゃる。目が肥えているはずの春乃宮さんにそこまでの賛辞を貰えるだなんて、喜ばしい事ですわね」

「は、はあ……」


 御門さんが何を言いたいのか今一つわからない。だけど混乱する私をよそに、今度は琴音ちゃんに目を向ける。


「倉田さん。庶民のアナタには分かりますか?あのホテル、そしてこのビーチ、リゾートの素晴らしさが」

「ちょっと、何よその言い方!」


 御門さんの物言いにムッと来る。琴音ちゃんは私や御門さんのような名家の出じゃなくて、優秀な成績を収める事で桜崎に通っている特待生。御門さんは時々、そんな琴音ちゃんをバカにしたような発言をするのだ。だけど怒るアタシを、琴音ちゃんは宥める。


「いいよ旭ちゃん、本当の事なんだから。だけど御門さん、私だってここが良い場所だってことくらいは分かるわ。こんな所に連れてきてもらえるだなんて、桜崎に入って良かったって思ってるよ」


 笑顔を作ってのこの神対応、さすが琴音ちゃん!


「あら、倉田さんにも、ちゃんと良さが分かるのですね。まあそうですわよねえ、なんせこのホテルは日本一、言え、世界一素晴らしいと言っても過言ではありませんもの。ですわよね鳥さん牧さん」

「「はい、その通りです御門様!」」

「おーっほっほっほ!」


 ……何だろうこの異様なテンションの高さは?そりゃ御門さんがおかしな人って言うのはいつもの事だけど、何でそんなにホテルを猛プッシュしてくるのか?


「ねえ御門さん、さっきからやけにホテルにこだわってるけど、何かあるの?」


 関わらない方が良いって分かっていても、気になったのでつい尋ねてみてしまった。するとその途端、御門さんが目を見開いた。


「あら?あらあら?あららららららららららららららららららららららららららららららら⁉」


 五月蠅っ!まるで北斗百裂拳でも繰り出すかのような勢いであらあら言い始めた御門さん。本当にいったい何だって言うのさ?


「春乃宮さんまさか……まさかとは思いますけど、もしかしてアナタは知らないのですか?な―――――んにも知らないのですか?無知なのですか⁉」

「……無知ですけど何か?」


 滅茶苦茶ムカつく言い回しだったけど、ここで怒ったってさらに面倒になるだけだ。ぐっと怒りを抑えて尋ねると、御門さんに代わって鳥さんと牧さんがそれに答える。


「春乃宮さん、そこにそびえるホテル、そしてこの美しいビーチを何と心得ます!」

「恐れ多くも、御門家がオーナーを務めるリゾートホテルとビーチにあらせられますよ!」


 まるで『ドーン』という効果音でも聞こえてきそうな勢いで、紹介をしてくれた二人。って、何て言った⁉御門家がオーナーを務めるって……


「そ、それじゃあここの所有者って……」

「わたくしのお母さまでございますわ。そしてその娘たるわたくしも、このリゾートの所有者と言っても過言ではありませんわよ。おーっほっほっほ!」


 なるほど、すべて合点がいった。要は御門さん、自分の家が所有しているリゾートを自慢したかったという事か。しかし御門家の所有するリゾートねえ……

 すると、同じく初耳だった空太が聞いてくる。


「ここって御門家のリゾートだったんだ。アサ姉も全く知らなかったの?」

「知らないよ。さっきも言った通り、このイベントはあな恋にはなかったものなんだし」


 もし知っていたら、もしかしたら臨海学校には来なかったかもしれない。壮一と琴音ちゃんラブラブ大作戦は大事だけど、それにしたってだ。だって御門さんの家の物だって聞いたら、なんだかそれだけで嫌な予感しかしないもの。


「つまり御門さんはここでは、王女様のようなものなのでございます!」

「あのホテルは言わば、御門様のお城でございます!」


 鳥さん牧さん、即行帰りたくなるようなこと言わないで。ほら、少し離れたところでたまたま話を聞いていた桜崎の生徒達も、ぎょっとした顔になっちゃってるよ。お城だというホテルが、とたんに悪魔の城のように思えてきた。


「あの、御門さん。ここが君の家がここのオーナーだという事は分かったけど、俺達はあくまで桜崎の生徒としてきているんだから。先生の言う事に従って、常識ある行動をとる、ちゃんとわかってるよね」


 何かを危惧した壮一が釘を刺す。すると御門さんは涼しい顔でそれに返事をした。


「そんなの当り前じゃないですか。いくらここがわたくしの国だからって、何かおかしな行いをすると思います?一生徒として、いつも通り過ごすだけですわ」


 全然信用ならないよ!だってそのいつもが、周りに迷惑をかけてばかりなんだもの!それに今、サラっと『わたくしの国』って言ったよね!そう言うところが怖いんだってば!


「本当に大丈夫なの?ここでは自分がルールだなんて言って、無茶なこと言ってこない?」

「……春乃宮さん、アナタはわたくしを何だとお思いですか?」


 呆れたような目を向けられてしまった。いや、これは至極当然な心配のはず。だけどそんなアタシの態度に気を悪くしたのか、鳥さんと牧さんが突っかかってくる。


「そうでございます、ここでは御門様が暴君になるとでも仰りたいのですか!常識が無いと思っているのですか!頭のネジが二、三十本くらい抜けているなんて考えてらっしゃるのですか!」

「御門様は場所が変わったからと言って、態度を変えるような方ではございません!御門様の御門様による、御門様の為の常軌を逸した行動は今に始まった事でないでしょう!これ以上おかしくなりようが無いのです!」


 うーん、何だか余計な事ばかり言っていたけど、とりあえずいつもの御門さんのままだって言いたいのかな?それって全く安心できないよね。よし、私達もいつも通り、御門さんには極力かかわらないようにしよう。きっとそれが一番平和に過ごせる方法なんだ。


「分かった。分かったから今は、とりあえずホテルまで行こう。他のみんなは、とっくに先に行っちゃってるよ」


 見ればいつの間にか、桜崎の生徒達はほとんど残っていなくて、アタシ達だけが取り残されていた。きっと皆、御門さんの騒動に巻き込まれたくないって思って早く移動したんだろうなあ。


「おっと、そうですわね。春乃宮さんに構っていたら、すっかり時間を食ってしまいましたわ。鳥さん牧さん、行きますわよ」

「「はい、御門様!」」


 自分から絡んできたくせに、よく言うよ。

 二人を引き連れて去っていく御門さん。相変わらず台風みたいな人だ。ため息をついていると、壮一が不安そうな目でアタシを見てくる。


「旭、分かってると思うけど、臨海学校中に御門さんとのトラブルは……」

「分かってるわよ。だいたいアタシだって、好きで御門さんと絡んだりしないもの」

「それはそうだけど、旭すぐ挑発に乗るからなあ。文化祭の時だって、知らないうちに倉田さんのクラスとの売り上げ勝負なんて始めちゃってたし」


 う、それを言われると辛い。だ、だけどアタシだってちゃんと反省したんだから。それに壮一と琴音ちゃんの仲を深めるという大事な使命があるのだから、御門さんなんかに構ってる暇なんてないよ。


(せっかくこんなところまで来ちゃったんだから、せめてラブラブ大作戦は成功させないと。この日の為に入念に準備もしてきたんだしね)


 当初の目的を思い出しながら、御門さんのせいで少々沈んできた気持ちを引き締めるのだった。

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