ビーチに響く高笑い
さて、毒舌な空太の事はいったん置いといて、アタシは琴音ちゃんに目を向ける。空太や壮一と一緒に旅行したことはあるけど、学校行事とはいえ琴音ちゃんとは初めてだからテンションが上がる。
「ねえねえ。綺麗な海だけど、琴音ちゃんは海で泳いだことある?」
「小さい頃に一度だけ。でもその時は混んでてあんまり泳げなかったなあ」
「だったら今回は、たっぷり泳ぐと良いよ。何せ桜崎の貸し切りなんだから」
アタシ達の通う桜崎学園は、日本有数の常識を逸脱した超お金持ち学校。なんと今回の臨海学校のために、高級ホテルやビーチを数日間貸しきっているというから驚きだ。
前世では庶民だったアタシとしてはそのスケールに驚かされるけど、まあ楽しそうだから良いか。臨海学校なんて言ってるけど、その内容だって生徒間の親睦を深めるための旅行みたいなもの。びっくりするくらい自由時間が多いから、琴音ちゃんと一緒に目一杯遊んでやるんだ。勿論壮一も一緒に遊んで、二人の好感度を上げるのも忘れないようにする。
「そう言えばアサ姉。この臨海学校のことだけど……」
不意に空太が声を潜めて尋ねてきて、アタシは耳を傾ける。
「あな恋ではいったい、どんなイベントが起きることになってるの?できればアサ姉が暴走した時止めに入れるように、俺も把握しておきたいんだけど」
「アタシが暴走する事前提で話を進めるの、止めてくれないかな。けど起きるイベントかあ……むしろアタシが知りたいよ」
「へ、どういうこと?アサ姉、あな恋の事は何だって知ってるんじゃなかったな?」
うん、空太が驚く気持ちもよくわかるよ。だけど実は、この臨海学校は前世でやったあな恋では無かった出来事なのだ。
でもこれは何も、そこまで不思議な事というわけではない。だってゲームでは、365日24時間全ての出来事を描いている訳ではないのだ。ゲームでは描かれて無くても、実際にそのゲーム内にいる人の人生を歩むとなると、描かれなかった部分を経験するのは、至極当然なことと言える。
「臨海学校の設定事態はあったみたいなんだけどね。開発者がインタビューで、シナリオの都合上どうしてもゲームに入れられなかった臨海学校の件があるって言ってたもの。でも詳しいことは私も知らないわ」
「アサ姉も知らないとなると、本当に何が起きるか予想不可能なんだね」
その通り。だけどゲームに無かったイベントとはいえ、きっと今回頑張れば壮一と琴音ちゃんの仲は進展するはず。いつもと違って情報は無いものの、それでも出来る限りの事はやってみるつもりだ。
「その為に、事前に色々リサーチして準備してきたんだしね」
「準備ってやっぱり、前にソウ兄にセクハラ紛いの質問をしていたアレの事だよね?」
「セクハラとは何よ」
あんまりな言いように思わず言い返す。
空太が言っているアレと言うのが何なのかは、今は割愛しておこう。また別の機会に語ることがあるかもしれないけど。
まあその話はいったん置いとくとして、臨海学校中に何が起こるのか、考えただけでワクワクする。いったいどんな胸キュンシチュエーションが待っているのかなあ……
「琴音ちゃん、自由時間になったら、一緒に海で遊ぼうね。壮一や空太も、それで良いよね」
「了解」
「しょうがないね」
ふふふ、楽しくなりそうな予感がする。仲の良い者同士での旅行なんだもの、当たり前だよね。
「それにしても、本当に綺麗な海だね。小さい頃泳いだ海とは大違い」
海に見とれる琴音ちゃん。大衆用の海水浴場とは違って、ここは宿泊客専用のビーチ。清掃も行き届いていて、ゴミ一つ落ちていない……
「おーっほっほっほ!」
……アタシも、前世では庶民だったから、こんな奇麗な海で遊べるとなるとテンションが上がるよ。こんないいリゾートに連れてきてくれた、桜崎学園には感謝しないと。
「おーっほっほっほ!おーっほっほっほ!」
……ホ、ホテルも立派な造りだね。普通の学校ではこういう行事でのお泊りとなると、10人くらいで一部屋を使うことになるだろうけど、そこは桜崎。広々とした部屋に、仲の良い子と二人で泊まれるしようとなっている。
アタシは先生にお願いして、クラスの垣根を超えて琴音ちゃんとお泊りできるようにしてもらっていた。今夜は遅くまで、琴音ちゃんとお喋りでもして……
「おーっほっほっほ!おーっほっほっほ!おーっほっほっほ!」
……もう限界だ。
出来る事ならずっとスルーしておこうかと思ったけど、あまりに耳障りが悪すぎる。見れば琴音ちゃんも、それに壮一や空太も、さっきから聞こえてくる声の方にチラチラと視線を送っている。その先にいたのは……
「おーっほっほっほ!鳥さん牧さん、ごらんなさいこの青い空を、奇麗な海を。これらはいったい、誰のためにあると思います?」
「それはもちろん、御門様の為でございます!」
「ですが御門様の美しさだってこの海に負けない……いえ、それ以上でございますよ!」
「あらあら、それはいくら何でも褒めすぎでわよ。おーっほっほっほ!」
この風景の美しさをぶち壊しにかのように。ふんぞり返りながら昔のマンガに出てくるお嬢様みたいな笑い声をあげている、ヴェーブのかかったブロンドヘアーの、いかにも高飛車そうな女の子。
彼女の名前は御門樹里。彼女は桜崎学園の同級生で、春乃宮家と並ぶ日本有数の名家、御門家のお嬢様なんだけど……言動がとにかく残念な人なのだ。今だってギャグとしか思えないような笑い声を上げながら、悪目立ちしている。
ちなみにそんな御門さんをヨイショしているのは、取り巻きの鳥さんと牧さん。二人そろって取り巻きと言う、『名は体を表す』と言う言葉がぴったりな二人である。
御門さんはあな恋では琴音ちゃんをイジメる、悪役令嬢のポジションだった。しかし、どういうわけか今の世では、何故かことある毎にアタシに突っかかってくる迷惑な人、そして猛烈に痛い人になってしまっているのだ。
「み、御門さんも旅行って事で、ついはしゃいじゃってるのかな?」
「琴音ちゃん、無理にフォローすること無いよ。残念だけど、あれはいつもの御門さんだもの」
御門さんを見ていると、同じ桜崎の生徒であることが恥ずかしくなってくる。今日からこのホテルは、うちの学校が貸切るって話だけど、部外者がいなくて本当に良かった。御門さんの奇行を見られたら、桜崎に悪いイメージを持たれかねない。
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