臨海学校編
臨海学校開幕
※季節は夏。時間軸は文化祭の後となっていますが、旭と琴音がギクシャクしていません。
本編と照らし合わせると矛盾が出てきますけど、『語られなかった話』ではなく、『選択肢次第ではあったかもしれない話』としてお付き合い下さい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
目の前に広がるのは、青く透き通った海。そのすぐ横には、大きくて綺麗なホテルが建っている。
今日から二泊三日、アタシ達桜崎学園の生徒は、ここで臨海学校を行うのだ。
そしてアタシ、春乃宮旭は、ある野望を胸に抱いてここを訪れていた。
えっ、何か物騒なことでも考えているのかって?まさか、アタシが考えることと言ったら、幼馴染みにして親友の風見壮一と、高等部に入ってから仲良くなった倉田琴音ちゃんをくっつけることだけだって。
何せアタシが今生きているこの世界は、前世でドはまりした乙女ゲーム、『あなたと繋ぐ恋』、通称『あな恋』の世界。ゲームが好きすぎた私はどういうわけか、攻略対象キャラクターの一人、春乃宮旭様として。この世界に生まれ変わってしまっているのだ。しかも性別女のまま。
そんなアタシは、親友で攻略対象キャラでもある壮一と、ヒロインの琴音ちゃんをくっつけようと躍起になっている。きっとそれこそが、アタシがこの世界に生まれ変わった意味なのだと信じて。
「……旭……旭」
季節は夏、場所は海。そうなるとドキドキの展開が起こるはず。て言うか、起こらないなんてあり得ない。この臨海学校を通じて、壮一と琴音ちゃんの仲を進展させるため、アタシはあれこれプランを考えて……
「旭!」
「うわっ⁉」
急に名前を呼ばれて、ビックリしてしまった。振り替えるとそこには、両手に荷物を抱えたイケメン高校生……もとい壮一が立っていた。
「壮一、脅かさないでよ」
「ごめん。でももう皆、ホテルに向かって移動してるよ。俺達も早いとこ行かないと」
「あ、そうだった」
慌てて状況を思い出す。
アタシが今いるのは、宿泊予定のホテルのすぐそばにある海岸。
乗っていたバスを降りて、学校のみんなと一緒にホテルに向かって歩いている途中なのだ。そして綺麗な海を眺めながら壮一と琴音ちゃんラブラブ大作戦について想いを巡らせていたんだった。
だけど物思いにふけるあまり、他の子達が先に行ってしまっている事に気づいていなかった。
「ごめんね壮一。あっ、それアタシの荷物だよね」
壮一の抱えている荷物の半分は私のもの。本島はバスを降りた時点でアタシが回収しなくちゃいけなかったのに、つい忘れてしまっていた。
そして、忘れている事に気づいた壮一が持ってきてくれていたのだろう。そういう気遣いのできることろは好きなんだけど、優しさを向ける相手は私じゃないよ。
「荷物貸して。で、壮一は代わりに、琴音ちゃんの荷物を持ってあげて」
「え、倉田さんの?何でここで倉田さんが出てくるの?」
壮一は慌ててキョロキョロと回りを見たけど、別のクラスである琴音ちゃんの姿は見えない。だけど近くにはいるはず。早く探して荷物を持ってあげて、気が利く優しい男をアピールするんだ!
「というわけでアタシに構わず、壮一は早く琴音ちゃんを探して」
「どういう訳さ⁉」
何でも良いから、早く探すの!
するとそんな風に言い合っているアタシ達に、近づいてくる影が一つ。
「アサ姉、相変わらず言ってることか無茶苦茶すぎ。ソウ兄が混乱してるってわからないの?」
ため息をつきながらそう言ってきた小柄な男の子は、従兄弟の日乃崎空太。
今日の臨海学校は桜崎学園の中等部と高等部の合同で行われるから、中等部三年生の空太も勿論来ているのだ。だけどせっかくの臨海学校だというのに、空太は何だかテンションが低めだ。
「どうしたの空太、何だか元気が無いぞ。もしかして、バスに酔っちゃった?」
「違うよ。臨海学校に来てまで暴走するアサ姉を見て、呆れていただけ」
「暴走とは何よ⁉」
空太の方こそ相も変わらず毒舌なんだから。
そんな空太は、ここが乙女ゲームの世界であることや、アタシが壮一と琴音ちゃんをくっつけようと画策していることを知っている唯一の人物。昔ついうっかり前世の記憶とかあな恋の事とかを喋ってしまったことがあって、以来協力してもらっているのだ。
と言っても、非協力的な所も多々あるけど。口が悪くて、こんな風に毒を吐いてくることも日常茶飯事。まあそんな所も可愛いから、憎めないんだけどね。
「ちなみに琴音さんは、向こうにいるのを見かけたよ」
そう言ってホテルへと続く道を指差す空太。ちょっと、そんな大事なこと、どうしてすぐに言ってくれないのよ⁉
「こうしちゃいられないわ。壮一、空太、急ぐわよ!」
壮一からアタシの分の荷物を引ったくると、琴音ちゃんがいたという方向へ向かって走り出す。
「え?ちょっと旭!本当にどういうことなの?」
「まったく。相変わらず人の話を聞かないんだから」
未だ状況を掴めていなさそうな壮一と、ヤル気の無さげな空太も後に続いてくる。そしてアタシは、移動している桜崎の生徒の列に突進して行った。
どけいモブキャラども!琴音ちゃん、琴音ちゃんは何処に⁉
「あ、いた!琴音ちゃん!」
「あ、旭ちゃん」
名前を呼ぶと、笑顔でこっちに振り返ってくれた琴音ちゃん。
うわ、相変わらず後光が指しているかのような眩しさと可愛らしさ。夏の太陽の輝きに照らされて、まるで光の天使のように見えてくるよ。
「アサ姉、何を考えているのかは何となく想像つくけど、こんな道端でクラっとこないで。迷惑だから」
ハッ、空太の言葉で思わず我にかえる。そうだ、本題を忘れてはいけないんだ。見れば琴音ちゃんは、両手でボストンバッグを抱えている。これはチャンス!
「琴音ちゃん、荷物重そうだね。壮一、持ってあげなよ」
「えっ?そんな、悪いよ」
遠慮がちな琴音ちゃん。だけど本当に気にしなくて良いから。壮一だってきっと、手伝ってあげたくてウズウズしてるはずだから。でしょう、壮一。
「ええと、俺は別に構わないけど……」
「ううん、私が持つから。そんなに重くないし」
「そんなに重くないなら、壮一が持っても大したことないってことだね!」
いまいち押しの弱い壮一をフォローすべく、すかさずアシストしてあげる。壮一ったら変なところで奥手なんだから。だけどそんなアタシの頑張りに水を指すように、空太が間に割って入ってくる。
「本人がいいって言ってるんだから、無理強いすることないんじゃないの?」
「ちょっと空太⁉」
何て事を言い出すんだこの子は?これじゃあ壮一の気が利くアピールが台無しじゃないの。アタシが二人をくっつけたがっているって知ってるでしょ。
だけど空太はそんな二人に聞こえないよう、そっと私に耳打ちしてくる。
「アピールの仕方が激しく間違ってる。だいたいバックの外からは見えなくても、男子に預けたくない物だってあるかもしれないじゃない。もうちょいデリカシーってものを考えなよ」
「あっ……」
しまった、それは盲点だった。慌ててコホンと咳払いをして取り繕う。
「ま、まあ琴音ちゃんがそう言うなら、無理に持つ必要もないかなー」
「ごめんね二人とも。でもありがとう、気持ちだけ受け取っておくね」
幸い琴音ちゃんは機嫌を損ねた様子もなくて、アタシはホッと胸を撫で下ろす。
「ありがとう空太、助かったわ」
「相変わらず強引なんだから。皆が皆、アサ姉みたいに大雑把な性格じゃないってことをちゃんと理解してよね」
「肝に命じま……って、何気に酷いこと言ってない?」
「事実でしょ」
まったく生意気なんだから。けど助けられた手前、強く言い返すこともできない。ええい、生意気な弟分め。いつかその口を縫い付けてやろうか?
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