「もーすこしダラダラしてかない?」

「確かにすげぇぜ、大将……」

「お見事です、ファラオ。ここまでとは思いもしませんでした」

「でしょー。あーし、もーむり」


 ベッドの上で脱力するネイラとケプリ。その隣で頷くクー。


「いやその、皆してからかってない? 僕、そんなに大したことは――」

「大したことだっつーの! エリっち、あーしらの弱いところ的確に攻めてくるんだもん!」

「こっちがリードしようと思ってたのに、大将にしてやられたぜ」

「表情には出さないよう努めていましたが、限界でした」


 謙遜するエリックに飛ぶ反論の言葉。


(僕はただ皆を見ながらこんな感じかなー、てしてただけなんだけど……これ以上言うとまたいろいろ言われそうだ)


 それが賢明だ、と頷いて起き上がるエリック。時間的には早朝と言った所だろう。ピラミッド内は日が射さないので、水時計で判断するしかない。オータムに戻るのなら、そろそろ準備をした方がいいだろう。


「もう起きるのエリっち。もーすこしダラダラしてかない?」

「う……。正直魅力的だけど、オータムに戻らないと。僕らが戻らないと戦力が足りないって、ギルド長も言ってたし」

「ま、しゃーねーわな。悪魔が係わってるんだ。無視はできねぇな」

ファラオが決めたことに依存はありません」


 クー達とのピロートークをもう少し続けていたい気持ちはあるが、今はそれを言っている場合じゃない。バリケード――というか本気アラクネの糸とか建物を壊した瓦礫とか元神の土と炎の壁とかで赤騎士の侵攻を止めてはいるが、あくまで侵攻を止めているだけにすぎないのだ。


「改めて思うけど……あの壁はどうしよう? ちょっと胃が痛くなってきた」

「あはははー。エリっちがいないからついやりすぎちゃった」

「住んでた人には悪いけど、使えるモンは使わないと防げないからな」

ファラオに迷惑はかけません。いざとなればケプリ達を討伐したことにしてください」


 あまり反省していない三人。人こそ死んでいないが、単純な被害額はエリックのランクだと一生働いても返せない額だ。


「いや……うん。壁を作ったこと自体は僕としてはあまり。いや、それはそれで悩ましい問題だけど誰かが死んだわけじゃないわけだし。

 どちらかっていうと、皆が街の人から奇異な目で見られるっていうのがつらいかな。下手すると、クーがアラクネだってバレるかも」

「それに関しては召喚術師様が色々動いてくれたようです。曰く、自分が召喚した魔物で作った云々という感じにすると。昔はそれなりに名を馳せた術者だったようですね」

「そりゃあの悪魔ヴィネ連れてるんだから、相当でしょ」


 少なくとも、戦いが終わった後で街の人から非難されることはないようだ。


「とはいえ、見る目がある奴は見抜くかもな」

「見る目?」

「同ランクの強さを持っていれば、その精度に気付くモノなんだよ。流石に大将の蟲使いは分かんねぇが、格闘スキル同士ならオレなら推し量れるぜ」


 ネイラの言葉にそんなこともあるかも、と納得するエリック。畑違いでなければ、確かに自分より上か下かぐらいは感じられるのだろう。


「という事は、クーの糸なら糸使いスレッド・マスター同士ならわかる?」

「かもな。あとは高ランクの<魔物知識モンスター・ロア>持ちとか、もっと専門的にクモとかアラクネを研究してたり、糸とかに拘っているとか」

「そんなマニアックでピンポイントな人がいるわけないじゃないの。どんだけあーしをビビらせたいのよ」


 指折り告げるネイラに、ため息交じりに応えるクー。ネイラもだよなー、と笑って答える。この話はそれで終わりになった。


◆       ◇        ◆


「おおおおおおおお! この糸はまさに姫の糸! このアルフォンゾが見間違えるはずもない!」


 赤騎士を食い止めている糸を見ながら、一人の老人は大声を上げていた。

 アルフォンソ・クリスティ。かつてはこの街の暗殺に加担した合成獣錬金術師キマイラ・アルケミー

 クーを見たアルフォンソは合成獣キマイラの研究に転用できると思い拉致した。そしてクーを取り返そうとするエリックと交戦し、その際にクーの糸を間近で見て気付かされた。


「美しい……! 神ならざる地獄の糸! 嗚呼、何たる神秘! 数学的軌跡! 幾何学的秘宝!」


 アラクネと言う存在は人間が制御していいものではない。否、人々は皆アラクネのすばらしさを前に首を垂れ、その芸術品にひれ伏すべきなのだ。

 ただそこにある。それだけで素晴らしい。数多の生物を知るアルフォンソだからこそ、その真実に至ったのだ。

 ……まあ、普通はそうはならんだろうが。


「この混乱に乗じて姫が動くと言うのなら、このアルフォンソも動かざるを得まい!

 難敵を廃し、そして蟲使いエリック・ホワイトの支配から解放するのだ!」


◆       ◇        ◆


「これがアラクネの糸でござるか……。実に見事。強靭かつ柔軟。それでいて無駄のない糸の張り方。粘性も強く、捕らわれれば脱出は困難でござるな」


 同じく赤騎士を足止めしている糸の壁を見ながら、黒装束の男は唸りをあげていた。

 マツカゼ。王都より派遣された密偵で、この街に潜む現王に対する反抗勢力を調べるために闇を跋扈している忍者だ。今回の騒動は王弟派――現状予期される反抗勢力とは無関係のようだが、無視できるものではないと動いていたのだが、


「拘束系バッドステータスはもはや極めたと思ったのだが、世界は広い。一度絡めとられてみたいでござるぅ!」


 任務それとは別に、個人の趣味と言うか性癖と言うか本人曰修行と言うか、マツカゼの『バッドステータスを受けてみたい』病がうずうずしていた。アラクネの糸は一度見たことはあるが、ここまでの規模を見せられればもはや強く琴線に触れるという者である。

 ……まあ、普通はそうはならんだろうが。


「今回拙者の本任務とは違う一貴族の魔術暴走のようでござるからな。となれば私情に走っても問題なし。

 むしろ街中にアラクネがいるなんて事態を放置することはできないでござる。うんうん仕方ないでござる!」

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