「はぁ……はぁ……!」

「はぁ……はぁ……!」


 エリックは森の中を走っていた。

 もう少し詳しく言えば、背後から迫る存在から距離を取ろうと逃げていた。


「ひ、久しぶりかも、こういうの……!」


 ゴブリン。

 身長1mほどの緑色の肌をした人型種族だ。基本的に粗暴で徒党を組んで行動する。五体が徒党を組んで、エリックを追いかけていた。理由など特にはない。山の中に一人で歩いていれば、襲い掛かる。そんな程度の知識しかない。

 戦闘系スキルを持つ冒険者なら、駆け出しでもこの程度の数はどうにかなるだろう。隠密系ジョブを持っていれば適度にやり過ごして逃げる事も可能だ。

 その両方を持っていないエリックは、逃げるしかない。蟲使いのジョブはこういう時には全く役に立たないのであった。


「え、と、おわあああああああああああ!」


 そして舗装されていないでこぼこの山道を全力疾走したのだ。枝で肌は傷つき、木の根に足を引っかけてすっころぶ。そのまま斜面を転がるように道を外れて落ちていく。

 薬草採取用のポーチは転がった際に壊れて開き、集めていたキノコはどこかに行ってしまう。痛みを堪えて起き上がれば、ゴブリンが上から石を投げてきている。キノコを探す余裕などない。まごまごしていると、斜面を転がって追いかけてきかねない。そうなれば、最悪命がない。


(うううう……やっぱり一人だと駄目駄目だよなぁ、ボク……)


 エリックはそのまま山から撤退。

 ギルドから受けたキノコ採取依頼は失敗し、エリックの依頼失敗記録は更に追加されるのであった。


◆       ◇       ◆


ファラオよ、こういうこともあります。全てにおいて成功する者などなく――」

「これで80回連続失敗なんだけどね……。僕より年下の冒険者が、すぐにクリアしちゃうような依頼なのに」

「大事なのは結果ではなく過程です。キノコの場所を的確に知れたのはファラオの蟲使いスキルの結果であって――」

「でもその後、ゴブリンに小突かれて……一対一でも勝てるかどうかなのに、五体も出てこられたら」

「つ、次があります。ええ、ファラオよ。太陽はまた昇るのですから」


 街に帰ったエリックは、異国風の服を着た幼女――ケプリに励まされていた。そしてそれを見る周囲の目は、


「あの失敗蟲使い、ついに幼女に慰められるほどに落ちぶれたか?」

「あの娘も必死だよな。褒める所のないエリックをあそこまで持ち上げるとか」

「そういうサービスなんだろう。仕事って大変だわー」


 概ね、エリックに対する非難と幼女への同情に満ちていた。

 

「うん。だから僕はファラオとか呼ばれる偉い人じゃないんだって」

「いいえ、ファラオはいずれこの世界の命運を握るバァを持っています」

「ゴブリンにも勝てないのに?」

「そ、それはそういうこともあります。ええ、そんなことでファラオの道は終わりません。次こそは」

「あ、うん。褒めてくれるのは嬉しいけど、その、少し心折れそうなんで休んでからにしていいかな?」

「はい、ファラオ。貴方の思うままに」


 あれからケプリはエリックに自信をつけさせようと、必死になっていた。曰く、『ファラオとして自信を持てば、覇道を歩んでくれるはず!』との事である。


「というわけでお二方、ファラオに手出しは禁止です。自らで達成して初めて自信は生まれるのですから」

「えー!? エリっちと離れろとか、おーぼー!」

「なんか厳しい教育ママになりそうだな、このチビッ子」

「こう見えてもケプリは3008歳なのですが」


 クーとネイラをエリックから離し、彼自身の実力で成功経験を積ませる。これにより自信をつけさせようという目論見……だったのだが……。


「しかしここまでうまくいかないとは……。ファラオの道を阻む運命とはこうも過酷だったのですね」

「あーね。運命とかよくわかんないけど、エリっちに向いてないのは間違ってないかな」

「大将はガチ正面バトルになると負けるから、そうならないように頭回すタイプなんだよな」

「すみません。僕戦闘とか本当に駄目なんでこういう小細工ばっかりで」

「しかもああも世間の反応が冷たいとは。善行を為したバァが評価されないとは悲しい世界です」

「……あーね。エリっちもあまり助けたとか人に言わないから」

「だよなぁ。ミイラ戦も結局あの精霊剣士カインが持ってったみたいだし」

「わかりました。考え方を変えます」


 無表情のまま、ケプリは頷く。考え方を変える、という事は諦めたわけではないのだろう。


ファラオは蟲使いです。つまり蟲を使う事はファラオの実力の一環。

 つまり、このケプリが王の隣で戦うことは許容範囲。王命を受けて敵陣に挑み、瀕死直前まで追い込まれたケプリ。命途絶える瞬間にファラオは優しく声をかけるのです。そのままケプリはファラオの一部となり、ケプリの思いを胸にファラオは真に覚醒する……。

 ……うっとり」


 自己陶酔に陥るケプリ。そこに迷いはない。自己陶酔……というよりは、如何に王の為に在るかを考える神。自身の幸せはファラオの為に在ること。それを極限化したような言葉。

 それを見ているエリックとクーとネイラは、理解できないとばかりにため息をついた。神ってホント、理解できねー。


「なんでそこでうっとりするんだよこのチビッ子。神ってわけわかんねー」

「つーか、エリっちの隣で戦うのはあーしがいるんだから!」

「そんな死に方してほしくないんだけど……」

「なんと慈悲深いファラオ。はい、ケプリは一生貴方についていきます」

「……うん。諦めてはくれないみたいかな」


 ケプリの様子にエリックは説得を諦め、クーは邪魔者が増えたとばかりに不貞腐れ、ネイラはまあいいやとばかりに気にせずビールを口にしていた。

 後に世界を揺るがしながらも、その名を世界に刻まれることのないエリックの虫パーティは此処に結成されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る