蟲使いと虫ハーレムパーティ

幕間Ⅵ ファラオとケプリ

「ケプリです」

 目が覚めると、視界に移るのは見知らぬ天井だった。

 一枚の灰色の石で作られた天井。その広さも視界内には収まらないほど大きい。

 体を起こして周囲を見ると、部屋の広さもかなりのものだった。家一個の敷地ほどだ。その部屋の中央に寝台が置かれ、エリックはそこに寝ていたという事になる。


「おはようございます、ファラオ


 目覚めから程よい間をおいて、一人の少女が話しかけてくる。褐色の肌を砂漠の民族衣装で覆い、額の冠には青い宝石がつけられている。背中から生えた6本の昆虫の節足が彼女が人間ではない事を示していた。


「おはよう。ええと……」

「ケプリです。ファラオ。今日の朝食は厳選された小麦から作ったパンとビールです」


 少女――ケプリと名乗った少女は恭しくエリックに一礼し、ビールとパンを乗せたトレイを差し出した


◆     ◇     ◆


 ミイラ襲撃事件後、エリックの部屋とピラミッドを繋ぐ魔術的な門が繋がった。エリック達が部屋に入ると、古代遺跡のピラミッド内に転送されてしまうのだ。

 何を言っているのかエリックもさっぱりだが、本当にそうなのだから仕方ない。エリックとクーとネイラ以外の人達には反応しないようで、魔術師もその存在を感知することもできないという。


「門の起動条件を三人のカァに紐づけました。これによりセキュリティ強化と共に出力を押さえて効率よく運営することが可能です」


 とは少女ケプリの言葉である。魔法は素人のエリックでも、魂に関与する魔術はかなりの技術と聞いたことがある。素直に信じるなら現在魔術でも規格外の術式であろう。


「んなコトはいいのよ。なんだってあーしとエリっとの転送場所をあそこまで距離離すかな!」


 怒りの声をあげるのはクー。場所はエリックが寝ていた部屋の隣にある大食堂だ。細長いテーブルが中央に置かれた広い部屋で、30人ぐらいは優に座れそうなそんな大きさだ。

 エリックの部屋に入ると転送される場所は固定だが、エリックとクーでは異なるようだ。しかも結構な距離があるらしい。


「女人部屋と王室を分けるのは基本です。ファラオが同衾を望めば構いませんが」

「エリっち」

「う。いやほら、その、やっぱり部屋は分けた方が……ね。いろいろ精神的な限度を超えそうだし」

「むー!」


 そう言われれば反論が出来ないクーであった。これまで一緒に寝ていたのは、単に部屋が狭かったからに過ぎない。寝不足になったり理性が限界まで来たりしていたことを想えば、その方がいいのは確かだ。


(そーなんだけど! でも寂しいじゃん! エリっちは寂しくないの!?)


 そんな言葉をパンと共に飲み込むクー。食事をとる必要はないが、口に何か言わないと叫びそうになるのだ。そんな事を叫んだらいろいろ負けな気がする。ムカつくけど、パンは美味しかった。


「そう言えばネイラは? また遺跡探索中?」

「今日はわんわんおと勝負してる」

「わんわん……ああ、ゾルゴさんか」


 ネイラはと言うと、ピラミッド内を探索したり、宝の番人と戦う日々を過ごしていた。冒険心や闘争心を満たすのが目的で、財宝自体はどうでもいいというのがネイラらしい。ある意味、この環境に一番順応していた。


「色々納得して頂けて幸いです、ファラオ。では手始めにどの国を攻めましょうか?」

「いや待って。全然納得してないから」

「そーよ。あんたなんでエリっちの事ふぁらおーとか言ってるの?」


 ケプリの言葉に静止のポーズをとるエリック。ケプリは小首を傾げて、クーの問いに答えた。


「彼がファラオの器を持っているからです」

「そもそもそのファラオって言うのが何なのかわからないんだけど」

「ああ、何たること。ファラオへの説明が不足しました。何たる非礼。毒蛇に噛まれて三日三晩もだえ苦しまねばこの罪は消えぬでしょう」

「いや、別に罪じゃないから」

「毒が血管をめぐるたびに熱が増し、血管が通る場所すべてにささくれだった痛みが生まれ、喉が渇くけど水を飲むことを身体が拒否し、頭痛と眩暈が繰り返されて眠ることもできず、地面をのた打ち回って体中に打撲傷が生まれ、終わることのない苦痛が終わった後に『お前の罪を許そう』とファラオが言うのです。優しく、しかし厳かに。

 ああ、その言葉によってこの罪は雪がれます。あと頭を撫でてくれるとなおよし」

「やめて! そんなことしなくてもいいから!」

「なんと……お優しい。歴代ファラオの中でも最も寛大なお方です」


 感激して、エリックにすがるケプリ。彼女はエリックに対して、過剰な尊敬を抱いている。


「よくわかんないけど、ふぁらおーってどえすなのね」

「なんの隠語か理解はできませんが、おそらく違います。ファラオは地上の君主。文明の長にして現人神。人の身でありながら、神の力を振るうことが出来る人間のことです」

「ぶんめいのおさ? あらびとかみ? かみのちから?」

「この地上において、神を使役してその力を振るい地上を統治する。それがファラオなのです」

「聞けば聞くほど僕は関係ないような気がするんだけど。それこそレオみたいに天空神の雷霆を扱える人の方が――」

「いいえ。確かにかの男は天を統べる存在の力を有するのでしょう。ですがファラオの器はもっていません」

 

 否定するエリックの手を掴み、祈るようにして首を振るケプリ。今まで淡々としていた声にすがるような熱がこもっていた。


「我が身の危険を顧みず、悪魔の姦計を退けた貴方こそがファラオにふさわしいのです。その輝けるバァ精神カーこそが。

 どうか、ファラオよ。その威光をもって地上を導いてください」


 いとおしげにエリックの手を両手で包むようにして祈るケプリ。瞳に涙を浮かべ、救いを求めるような声をあげる。


「え、あの、ええと……」

(あ、やばば)


 少女に手を掴まれ、懇願されるように見つめられる。救いを求めるような表情を前にエリックはどう答えていいのか迷っていた。手のぬくもりが確かに伝わってくる。瞳からこぼれる涙を拭こうと、エリックの手は自然のケプリの頬に近づいていく。


「よーし、メシくうぞ! ……お、なんか邪魔したか?」


 その動きは扉を蹴って入ってきたネイラの声で止まる。きょとんとするネイラに、クーは心の中で『ぐっじょぶ』と親指を立てていた。


「と、とにかくもう少し詳しく説明が欲しいかな。

 そうだね、ケプリの事を知りたい。その辺りも全然知らないわけだし」

「分かりました。


 お互いじっくり話し合おう。エリックはそう言ってケプリに向き直った。

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