「しょーがないわよね。エリっちだし」

「……見事、ディアネイラ・ソリシア・オルゴポリス」


 地に伏した犬仮面ゾルゴは自らを見下ろすネイラを見ながら感慨にふけっていた。

 先の一撃は紛れもない全力の一撃。最速最強の一打だった。だがそれよりも早くそして強い一撃を穿たれたのだ。全身全霊、此処に潰える。悔いはない。このまま消えてもいいだろう。惜しむべくは――


「待って、待ってクー!? いきなり引っ張られて腰抜けそうになったんだけど!?」

「やーん、エリっちのえっちっちー。あーしのテクで腰抜けたって?」

「急に糸で全身絡めらとられて、高い壁から引っ張られたら怖かったって話!」

「だって話の中継役とか飽きたし。もう危険じゃないからいいかなって」

「だからっていきなり糸で引っ張るのはやめて!」


 余韻に至っているゾルゴの耳に、そんな会話が聞こえてくる。見ると糸でぐるぐる巻きにされた一人の男が蜘蛛の魔物に捕まっているようだ。事情は分からないが、餌なのだろうか? それにしては距離感が近いようにも思えるが。


「よぉ、大将。オレの活躍見てたか?」

「うん、クーの目を通じてバッチリ。最後のは僕の目じゃ理解できないほどだったけど」

「よーし、見たな。ってことは惚れたな。よーしよし!」

 

 言ってネイラは糸でグルグルにまかれたエリックの頭を撫でる。強い相手と戦って機嫌がいいらしい。


「惚れるとか……見てて感動したのは確かかな、うん」

「素直な意見ありがとよ! 抱きたくなったらいつでも言ってくれ!」

「…………いや、それは違うって言うか」

「む。なんでツッコミが一瞬遅れたのよ」

「うっ。それはその。待って、それよりも今は――」


 クーの鋭い視線と追及から逃れるようにエリックはゾルゴに視線を向ける。


「ええと、ゾルゴさん……でいいのかな? 初めまして。

 さっきクーを通して聴いたことなんだけど……あ、クーって言うのはこの人のことで」

「人? 地獄の蜘蛛ではないのか?」

「あ。確かにそうなんですけど……そういうニュアンスではなくて」


 思わぬ問いかけに戸惑いながら答えるエリック。

 だがゾルゴは眉をひそめたように問い返した。彼の目にはクーが『人』には見えない。むしろ人を喰らう種族なのだ。人と相いれるわけがない。

 だが彼の隣にいる蜘蛛は、とても彼を襲うようには見えなかった。先ほどまで糸で捕縛していたのに、話を始めた瞬間に彼の意図を察したかのように拘束を解いたのだ。


「奇妙な話だな。汝は食われるやもしれぬ立場。なのに蜘蛛を恐れず、自らと同列とみるのか? さっきも無理やり高い場所から引っ張られたようだが」

「まあ……同列と言うかむしろクーがいないと僕は何もできないって言うか……。

 ええと、話を戻しますけど聞きたいことは『ミイラを実体化させて街を囲み、囮にしているんですか?』『だとしたら、この街になにか目的があるんですか?』ということです」


 仮にミイラの目的がこの町の殲滅だとするなら、町の壁は非実体になってすり抜けた方がいい。物理的な防壁など突破することが出来るのにやらないのは、目的が街の殲滅ではないからだ。

 あえて実体化しているのは、注目を集めたいから。となれば、目的は街の目を引いてその間に――


「注目されている間に非実体化したミイラが街に入って……何かしようとしたんじゃないですか?」

「その通り。だが聖人を倒すためにそのバァも呼び戻した。それでも勝てず、余はこのまま潰えるのみ。

 王家の秘宝を取り戻すことは叶わぬようだ」

「王家の秘宝……?」

「王の墓標から盗まれた財宝を取り戻すべく秘術を用いて転移したが、よもや聖人に感知さていたとはな」


 無念、と呟き沈黙するゾルゴ。

 どうあれ、これで街を囲むミイラはいなくなったはずだ。統率するゾルゴもこのまま聖人の一撃で消滅するだろう。これにて一件落着――


「……ネイラ。少しわがままを言っていいかな?」

「珍しいな大将。なんだ?」

「この人の消滅って、止めることできる?」

「……ああん。どういうことだ?」

「その……このまま消えちゃうのは可哀想な気がして。方法は間違っているけど、元は盗まれたものを取り返そうとしたんだよね? だったら、このまま消えちゃうのはかわいそうな気がして……」


 エリックも奇妙な事を言っている自覚はあった。相手は街を襲った存在だ。このまま消滅させて終わりにしても誰も責めはしない。むしろそうすべきだろう。盗まれた王家の財宝とて、ゾルゴが言っているだけかもしれないのだ。

 そんなことはエリックも分かっている。理解はされないだろうが、それでもゾルゴの『無念』と言う言葉を聞いてしまったのだ。努力したのに届かなかった。その言葉を聞いてしまった以上、見捨てることはできなかった。

 クーとネイラは――あーもう、という表情を浮かべてエリックの肩を叩く。


「しょーがないわよね。エリっちだし」

「だな。大将に他人の不幸の上に立つとかそういうのは無理か」

「え? あの……?」

「一応言っておくが、まだコイツのエーテルを消滅させる一撃は加えてねぇ。しばらく動けないだろうが、ほっときゃこいつのスキルか何かで自動回復するだろうよ」

「……いいの? このまま勝ったことにしたら二人は街の人に感謝されるのに」


 街を襲ったゾルゴ。それを討ち取ったとなれば二人の名声は高まるだろう。二人の立場はフリーの冒険者という事になっているが、名声が高まれば街中でもいろいろ便宜してもらえる可能性がある。


「別にあーしはそーいうの興味ないし。エリっちがやりたい事の方が重要よ」

「だな。人間の街にどう思われるよりも、大将にどう思われる方が大事だぜ」


 だがクーとネイラはそんなものは要らない、と一蹴する。

 それは彼女達が人間の文化を重要視していないからというのもあるのだろう。いざとなれば町から離れればいいという立ち位置だから。

 だけど一番の理由は――


「エリっちが街の人に馬鹿にされるのは許せないけど……でもその為にエリっちがエリっちじゃなくなるのはもっとヤだもん」

「あーあ、折角大将の凄い所を見せるチャンスだったのに。ま、ンなもんはいつでもできるか」

 

 一番の理由は、エリックのことを理解しているから。信じているから。

 エリック自身が無価値と思っている部分を評価し、それを称えてくれる。蟲使いで失敗だらけで彼女達よりも弱くてどうしようもないエリックだけど、それでもそこに美しいものがあると知っているから――

 だから、それを支えたい。その美しいモノを守るためなら戦える。たとえそこに報酬などなくても、クーとネイラは迷いなくその道を選ぶのだ。


「……ありがとう。クー、ネイラ」

「うん。だからがんばろ! エリっちが本当に笑えるように!」

「つーわけだ、命拾いしたな犬仮面。ああ。もう死んでるんだっけか? まあ、言葉のアヤだ。今日の所はこれぐらいにしてやるよ。

 言ってみな。大将とオレ達がその王家の財宝とやら取り返してやるさ」


 かくして、お宝奪還作戦が始まるのであった。

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