「仕方ないなぁ、エリっちは」
「漢気といったな『森』の」
「聞けばその男は使役系蟲使い。体内で虫を飼う寄生系蟲使いや蟲の身体能力を身に宿す変身同化系蟲使いとは違う、いわば他の虫に頼らなければならないジョブだ。本人の能力は微弱と見た」
「なるほど、お前の言葉を信じよう。その男は精神的に強く、困難に立ち向かう者だと。
だが力無い正義に何が出来る?」
過去、多くの偉業を為した英雄はどれもが多大なる力を得ていた。神の祝福を得た勇者にこそ劣るが、それでも英雄の名に恥じないスキルを有していたのだ。
相手は邪神が我が身を裂いて作った分身ともいえる上位の悪魔族。いわば邪神側の『勇者』だ。エンプーサともなればただの人間など、文字通り血袋としか思っていないだろう。
「ああ、そうさ。大将は弱い。苦しんだり泣いたりすることだってある。時代の英雄みたいにカッコよくないし強くもない。伝説の聖剣も鎧もない、ただの人間だ。
だが、諦めねぇ! 絶対にな! そして活路を見出してなんかやってくれるんだよ!」
ネイラの言葉には、絶対の自信があった。
◆ ◇ ◆
「……何事だ!?」
アルフォンソは部屋に入ってきたネズミ
「朗報ですぞ、姫。あのエリックとか言う男はこちらとは逆の方向に走っていったそうです。
ワシらを探しているにしてもまるで見当違い。あるいは逃げたのかもしれませんなぁ。それも正しい選択ですじゃ」
「あ……ようやく動いたんだ、エリっち……もう、遅すぎ」
絶望を伝えようとしたアルフォンソの言葉とは裏腹に、クーは柔らかな笑みを浮かべていた。明らかに希望を得たと言わんがばかりの顔で。
「ふぅむ、よほど強く<
中毒になる可能性もあるので避けていたのですが、粘膜に直接香油を塗って体内まで染み渡らせるのも――」
屈服しないクーを前に眉を顰めるアルフォンソ。冒険者として最低ランクの蟲使い程度のスキルを解除できないというのは彼からすれば面白いことではないようだ。
「ちょ、粘膜って……」
「体内の穴という穴に香油を流し込み、血液を通して体内に染みいらせれば、あの男のスキルなど途端に吹き飛びますぞ。まあ、あまりの感覚に脳が焼き切れるやもしれませ――」
言葉は最後まで続かなかった。
部屋の扉が何かに溶かされたかのような不快音。溶けた扉の奥から、一人の男の姿が見えたのだ。
「クー、無事!?」
そこには、息を切らせて大声を出すエリックがいた。
「っ!? ああ……もう、ホント、来るの遅すぎ……馬鹿」
「う、そのいろいろと……確かにうずくまってたりしてもう少し早くこれたかもしれないんだけど、その、ごめん」
「だから……謝んなくていいって。仕方ないなぁ、エリっちは」
安堵するクーの言葉に慌てて言い訳するエリック。その『いつも通り』のやり取りに崩れかけていた自分自身が戻ってくるのを感じるクー。
「ば、馬鹿な!? 虫除けの香は焚かれてあるはず! どうしてこの場所が!」
驚きの声をあげるアルフォンソ。ありえない。その表情が確かにそう語っていた。エリック・ホワイトは蟲使いで、捜索系のスキルは虫に頼るしかない。その虫を避ける為の香油をふんだんに焚いているのだ。虫に見つかるはずがない。
偶然? いいや、それもない。この下水道は複雑に入り組んでいる。その中から偶然この場所を見つけられたはずがない。となるとトミオ君が尾行された可能性だが、それもない。逃げている間はエリックが無力に苛まれていたのは、
「あ、はい。虫避けバッチリでした。だから虫が避ける場所を重点的に調べました」
「は?」
「下水道の虫が避ける場所、目を向けたくない場所を調べたらここに着きました。僕にはわからないけど虫と<
冷静に考えればすぐにわかったことだ。相手は虫を避けることを徹底しているのだから、虫が嫌がる場所を調べればいい。
虫の感覚を理解できない者がそこを見つけるのは難儀しただろう。だが、蟲使いだからわかったのだ。虫が嫌い、避ける場所を。
「ふん。じゃがお主が
待て、見張りのクラウスくんはどうした!? 二首のニワトリ
アルフォンソも虫除けの香を絶対視していたわけではない。不測の時に備えて、見張り兼警報としてニワトリ
いや、それよりも隠し扉をどうやって突破した? 鍵はしっかりかけていたし、扉自体も鉄製で頑丈だ。簡単に壊せるものではないはずなのに?
「ごめんなさい。異常事態だったので、糸で絡めて大人しくしてもらってます。後扉も、溶かさせてもらいました」
「……ま、さか」
そこまで言われてアルフォンソは状況を理解する。この下水道に最近巣を作った魔物。その存在を。
アシッドスパイダー。それが蟲使いのスキルで使役されているのを。
「アシッドスパイダーに<
「はい。このお香の中を逆らって戦ってもらうように<
エリックの言葉に頷くように、体長1mほどのアシッドスパイダーは顎を動かした。
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