「流石ね、冥魔人」

「行くぜ必殺の! 十一次元突破天龍脚イレヴンディ・ブレイカー!」

「あぶぅ!」

「あれ? 邪皇帝デラスは何処に行った? ……どうしたんだ、大将?」


 ネイラを起こそうと近づいたエリックは、いきなりお腹を蹴られてうずくまっていた。


「アホエルフ! とっととアレになって! ばすたなんとかに!」

「ああん? なに慌ててるんだ蜘蛛女。……って何だありゃ!?」


 ネイラの視線の先には、エンプーサがいた。

 血で形成されたコウモリの翼。己の身長よりも巨大な赤い鎌。青銅の足鎧サバトン。そして肌全てに描かれた幾何学的な赤い紋様。ネイラの記憶にあるサキュバスとは全く違うものとなっていた。

 サキュバスが形成していた亜空間も解除され、館のエントランスに放り出されていた。おそらくファーガストの館なのだろうが、今はそれを確認する余裕はない。今まさにエンプーサの殺意が解き放たれようとしていた。

 

「とっととバスタれ!」

「略すな! 名乗ったりなんやで大変なんだぞ、あれ!」

「ああもう。これだから真面目系は!」


 エンプーサから感じるおびただしいほどの魔力。それは先ほどの『捕らえる』ための戦いとは違い、こちらを生かして帰すつもりがないことを示している。


「下手に追い詰めて覚醒されたら困るから、一気に決めさせてもらうわ!」


 エンプーサは言うなり赤い鎌を振るう。鎌はエンプーサの魔力に呼応するように巨大化し、三人を薙ぎ払おうと迫る。速度、重量、どう足搔いても免れぬ死の一閃。


BritzBloodBlade赤き赤き鎌の一閃!』


「ヘラクレス! 『

「……は?」


 うずくまっていたエリックが<命令オーダー>を使ってネイラの懐に居るカブトムシに命令を出す。

 コンマ一秒の光の後に、ネイラは黒い甲冑を身にまとっていた。黒の甲羅が赤い鎌を防ぎ、重戦車ジャガーノートの力で弾き飛ばす。


「流石ね、冥魔人プルトン。森の聖人の力を完全支配下において――」

「はああああああああ!? 誓いオース全無視で変身した!? マジでか!?」

「おいて……いるの? 明らかにエルフの自我が残ってるみたいだけど。

 いいえ、何らかの意味があるとみるべきね。油断は禁物だわ」


 唇をかむように顔をゆがめ、距離を離すエンプーサ。相手が冥界神の祝福を受けた存在である以上、一切の油断はできない。


「なんかよくわからないけど。あの痴女、エリっちの事めちゃ誤解してね?」

「いや、マジで凄いってこれ! 誓い《オース》の制限ガン無視できるぜ!

 すげーや大将! オレ、一生アンタについてくぜ!」


 ネイラのヘラクレスは、スキルを与えるという神の秘宝レガシー級の存在である。いくら相手が虫だからと言って、それを意のままに操れるのは規格外と言えよう。そう、エリックの蟲使いとしての隠れた才能が今ここに発現し――


「え? 虫だから<命令オーダー>が通じると思っただけなんだけど、結構すごいことだったんだ。

 でもほら、実際に僕が戦うわけじゃないし。そんなに褒められることじゃないよ」


 発現してはいるのだが、当のエリック本人はそれに気づくことはなかった。


「厄介ね。この距離から攻めさせてもらうわ」


 エンプーサは一旦距離を置き、血を7本の細い鞭に変化させる。音速を超える無数の蛇がうねり、三人に叩きつけられた。一撃こそは劣るが、素早さと手数は先の鎌とは段違いだ。


SevenBloodHydra!』


「はん! この程度!」

「エリっち、あーしの後ろに隠れて!」


 だがそれはバスターヘラクレスと、クーの糸で作られた壁を打ち崩すには至らない。

 エンプーサもそうなることは解っていたが、森の聖人ネイラが近距離系のパワーファイターであることは明白だ。下手な接近戦は禁物である。


「そんじゃ、あーしのターン!」


 そしてクーはエントランス内に糸を放ち始める。エンプーサの周囲を囲むように放たれていく糸は彼女の制空圏を奪っていく。自在に飛ぶことが出来なくなれば、夢魔の戦術は限られてくるだろう。

 だが、エンプーサにはまだ余裕があった。鞭の一つを刃に変え、クーの張った糸を切り裂いていく。


(落ち着いて。要はあの男を殺せばいい。

 アラクネと聖人はあの冥魔人プルトンの配下。戦闘行為のためにある程度の自我を許されているみたいだけど、命令する相手がいなくなればただの人形)


 余裕はあったが、根本的な所で戦術をミスっていた。 


「無様ね、冥魔人プルトン。配下に守ってもらって。その力はハリボテかしら

? 女を盾にするなんて男として情けないにもほどがあるわよ」

「…………無様でハリボテで情けない男なんだよなぁ……」

「そうやって油断させようとしているのは解っているわ。大技を出すために力を溜めているとか、そんな所なんでしょう!」

「何処を勘違いしたらそうなるんだろう……?」


 何を言っても聞いてくれない。エリックはこれ以上の会話を断念した。元よりサキュバスは敵だ。こちらを誤って評価してくれるなら御の字ではある。あえて誤解を解く必然性は……あった。


「ねえ。僕はあまり守らなくていいから、二人で距離を詰めて一気に攻めた方が――」

「ダ・メ! そんなことしたらあの痴女、エリっちの命狙うに決まってるじゃん!」

「それぐらいオレにだってわかるぜ。あの血の鎌は流石に大将の近くにいないと防げそうもないしな」

「っていうか、守らなくていいとか禁止! それ<命令オダ>ったらダブルで怒るからね!」

「おう! んなことしたらあの世まで追いかけてぶん殴ってやるぜ!」

「う、うん……でも」


 エンプーサの狙いがエリックである以上、クーもネイラもエリックを守りながらの戦いになる。結果として重戦車ジャガーノートのパワーは十全に発揮されない事となる。

 となるとクーの糸が頼りなのだが、エンプーサの血刃はクーの糸を切ることが出来る。制空圏の奪い合いは一進一退となっていた。

 つまるに、双方決定打を欠いていた。戦略的には何の意味もなさないエリックの存在が、クーとネイラとそしてエンプーサの足を引っ張っている。


 だが逆に言えば、この戦いの趨勢はエリックが握っていることになる――

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