「あ、どうも」

「バスターヘラクレス、見参!」


 夜の帳が降りた草原。明かりはエリックが作った焚火とランタンの炎だけ。

 そこに名乗りを上げて現れたバスターヘラクレス。だがその目の前には、


「あ、どうも」


 寸鉄一つ帯びておらず武器すら持っていないエリックがいるだけだった。


「……お前ひとりか? アラクネは?」

「いません。所用で席を外しています」


 そう。ここにいるのはエリックだけだった。


『バスターヘラクレスとは僕だけで会う』

『ええ、危険じゃね!?』

『いや、あのバスターヘラクレスの誓いオースは戦いに特化しているっぽいから……逆に戦わない方向でいけばいいはず。あの時鎧が解除されたのも、その辺りが原因だろうし。

 それよりもクーには調べてほしいことがあるんだ』

『んー。…………マジで?』

『ご免、よろしく。僕だとできないんで』


 事前にそういった打ち合わせを済ませ、エリックとクーは別行動を行っていた。


「ほう。一人でオレに挑もうとはな! その勇気は――」

「あ、戦いません。話し合いましょう」

「……なんだと?」

「こうされると、貴方からは攻められないんですよね」


 エリックの問いかけに、バスターヘラクレスは沈黙する。


「名乗りをあげたり、わざわざこちらが準備が整うまで待ってくれたり。そうしたのはおそらくそういった類の誓いオースがあって、それを破ると弱体化して鎧状態が解除される……んじゃないかと思ったんですけど、あってます?」

「…………」

「あ、でも貴方に攻める理由があるのは確かなんだと思います。出来ればそれを教えていただけると……」

「だああああああ! めんどくせぇ!」


 突然口調が変わったバスターヘラクレス。その言葉と同時に体が光り、黒い鎧は光に溶ける様に消えていく。

 

「【第二の誓いセカンド・オース】【第四の誓いフォース・オース】【第五の誓いフィフス・オース】破棄を確認」


 聞こえてきたのはどこか冷たいそんな声。そして光が消えると、目の前には格闘用の動きやすい服を着た女性のエルフがいた。その右腕に黒鎧の鉄鋼部分が残っているが、それ以外はこの大陸で見られるエルフそのものだ。


「お前! 折角アラクネがいるから【第五の誓いフィフス・オース】まで用意したんだぞ! なのにそいつが出てこないってどういうことだ、ゴラァ!」


 ただしその口調は何処か男勝り……というよりは乱暴な所があった。エリックの胸ぐらをつかみ、今にも殴り掛からんとばかりの勢いだ。


「ええと、さっきも言ったけどクーは席を外してて。

 それよりも話し合いをしたいんだけど、出来れば落ち着いて――」

「これが落ち着いてられっか! 久しぶりに魔物とガチバトれると思ったのにお預けだと? おい、殴られたくなかったら早くアイツを出せ!」

「えーと……殴れるの? 誓いオースとかは?」

「……っち! まだ【第三の誓いサード・オース】は残ってるか。抜け目ねぇな」


 よかった、と胸をなでおろすエリック。ここで殴られたら、降参せざるを得ない。痛みにはある程度なれているけど、アリサを打ち倒した格闘技術を考慮すればエリックに勝ち目は確実にない。

 ともあれ、話し合いの流れにはなりそうだ。だが安心はできない。


(彼女の性格的に、いつ話し合いから暴力的になるかわかった物じゃないからなぁ)


 気に入らなければ暴力に訴えかねない。そんな綱渡りの話し合いだ。未だ掴まれている胸ぐらを意識しながら、話す順番を考える。先ずは――


「僕を殴れないのが【第三の誓いサード・オース】で、クー……対アラクネ用に持ってきたのが【第五の誓いフィフス・オース】でいいのかな? 守っている間だけ、強くなれる?」

「おう。クソめんどくせぇ誓いだけど、それなりのスキルが付与されるんでな」

「……待って、今凄いこと言ったよね? ?」


 さらりと言ったエルフの言葉にエリックは思わず問い返す。

 スキル。それはエーテルにより決定されるジョブから派生する力だ。行ってしまえば生物は全て生まれながらにジョブが決定され、そこからスキルが派生する。ジョブにそぐわないスキルは派生しないのだ。

 だが、このエルフはいった。スキルを付与、と。外的要因でスキルを得ることが出来ると。

 エリックも<嫉妬心の呪い>と呼ばれる呪いカースドスキルを付与されているが、そういったことが出来るのは神か、或いは高位の神官ぐらいなのだ。


「おう。誓いオースを守ってる間だけ重戦車ジャガーノート系のスキルが付与されるんだ。全部で一二あるんだが、まあそこまで付くことはまずねぇわな。

 オレ等の村に伝わるモンで……あれ? これ言っちゃダメな奴だったか?」

「……多分、そうだと思う」


 首をひねるエルフに、エリックは同意する。

 誓いオースで付与されるのは、せいぜい少し疲れにくくなったり、武器の切れ味がよくなる程度だ。スキルはそれらをはるかに超える効果を持つ。

 魂を決定づけるといわれている神が作ったレベルの存在だろう。


(凄い事を聞いた気がする……。そうなるとこのエルフ、実はとんでもない高貴な種族なんじゃないのかな? 亜神妖精ハイ・エルフとか?

 いや、今はそれよりも)


「そ、そんなすごいものをもってきて何が目的なのかな? 人間は罪深い、とか言ってたけど」

「そうだよ! まだお前らを許したわけじゃねえからな。オレ等のシマを荒らしやがって!」

「え? しま? エルフって森に棲んでるんじゃ?」

「だからシマだっつーてるだろうが! 思い出したら頭来た!

 おい、これが最後だ。あのアラクネを出しやがれ! でないとぶん殴るぞ。【第三の誓いサード・オース】がなくても【第一の誓いファースト・オース】があるからな。下手すると死ぬぜ、お前?」


 言って拳を握るエルフ。綱渡りはここまでか、とエリックは断念した。


「昨日タックルして触った時に気付いたんだけど……あくまで可能性の一つでもしかしたら程度の気付きなんだけど」

「ああん? 何言い出すんだ、お前」

「『現状維持のまま動くな』』

「は――何!?」

「その黒い鎧の感触、どこかで触ったことあると思ったんだけど、カブトムシの装甲の感触に似てたんだ」


 カブトムシ。甲虫と呼ばれる硬い外皮を持つ昆虫類だ。かなりのパワーを持ち、蜂の針すら通さない外皮を持つ。虫の中で最強を選べと言われれば、先ず名前が上がる種族であろう。それほどの強さと知名度を持っている。


「だったらもしかして僕のスキルが有効かなー、と思ったんだけど……助かった。もし効かなかったら殴られてたし」


命令オーダー(虫限定)>……エリックはそれを用いてエルフの黒い鎧に命令したのだ。黒の手甲は重戦車ジャガーノートの力で制止され、まるで空間に固定されたかのように動かなくなる。


「だったら融合を解除して――おい、ヘラクレス!」

「無駄かな。今の状態を維持して、って命令したからずっとそのままだと思う。スキルが解除されるまで、何もできないよ」


 混乱するエルフの隙をついて、胸倉をつかむ手を払う。そのまま拳が届かない位置までエリックは下がった。


「とりあえず話し合いをしたいんだけど……いいかな?」


 了承を得るようなどこかおどおどしたエリックの言葉に、エルフは舌打ちして同意せざるを得なかった。

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