「アンタなんか消えちゃえええええ!」
「へ?」
クーはいきなり崩れ落ちるエリックを見て、そんな声をあげる。
突然のことに理解が追い付かない事もある。何故エリックがいきなり倒れて、血を流しているのか。その理由はすぐに知れた。先ほどのカメとカエルの
(このカメを縛った糸の集中、解けてた、の……?)
そういった拘束を解除されれば
改めてクーはこの
「あ……」
クーはその原因に思い至る。机の上に載ってあった琥珀色の液体。何とはなしに口にした瞬間に、ぐわんぐわんと頭が揺れて高揚感を感じていた。そして本に集中しているエリックに悪戯したくなったのだ。
そう。こうなってしまった理由はひたすら単純だ。コーヒーを飲み、集中が途切れ、糸が緩んだ。クーの頭の中の冷静な部分はそれをよく理解している。繰り返すが、それは分かっている。
理解が追い付かないのは、そこではない。
「エリっち……大丈夫……? え? 違う、あーし……」
倒れたエリックはそのまま動かない。頭から血を流し、顔から地面に倒れている。
理解が追い付かないのは、恐怖だ。
「エリっち、生きてる……ねえ、ねえ……」
死。目の前に訪れたその可能性。
魔物として、死は何度も見てきた。クー自身、何かの命を奪ったことなど数えきれない。その中に人間がいなかったわけではない。だから死が怖い、なんて感覚はない。そんな平和な世界には生きていない。
怖いのは、別のこと。
「あーしを一人にしないで……!」
孤独。
脳裏に浮かぶ幾度とない追放の記憶。
『おお、いい胸してるじゃねぇか。ちょっとこっち来いよ』
『な、なんだぁ!? アラクネだったのかよ! くそ、こっち来るな!』
『俺のダンジョンは強ければ何でもありだ。呪い持ちでも歓迎だぜ』
『お前がいると女神の呪いでヤクが落ちるんだよ!』
『魔物使いとしてA-モンスターはゲットしたいよね! グフフフフ……!』
『キ、キミがいると他のモンスターが怯えちゃうんだ……。か、使役解放!』
『異世界転生勇者のオレ様はどんな女でも受け入れるぜ!』
『あー……お前がいると神が怒ってチート能力取っ払うって言ってるんだ。悪いけど、死んでくれや』
捨てられて嫌われてそれでも誰かを信じようと思うのは、孤独が嫌だから。
形のない何かに押しつぶされそうな感覚。世界から拒絶されたような恐怖。伸ばした手が何も掴めない虚無感。
嫌だ、怖い。もう一人でいるのは耐えられない。またそれが訪れるのだ。
「ああ、ああ――」
そんな事実を、クーは理解などしたくない。
頭を押さえ目を瞑り、首を振って否定する。
「あああああああああああああああ!」
嘘だ。これは何かの間違いだ。嘘をついたのは誰だ? そうだ、原因はあの
それはカフェインによる酔いが導き出した混乱か、或いは現実逃避による八つあたりか。クーは理性を飛ばしたかのように叫び、<
そのままエリックの後頭部を殴打した
「う、ああああああああああ!」
だが発される糸は跳躍する
「アンタなんか消えちゃえええええ!」
糸の蹂躙は地下室中に広がる。本性を現したアラクネ。神話の英雄を苦しめるほどの能力。その暴威が振るわれていた。
糸は
「何処にいるのよ……! 隠れてないで出てきなさい!」
エリックを殴打した
そこにいるのは、
衝動のままに暴れる暴威であり、
(もういい……もうどうでもいい……一人になるぐらいなら、死んだ方がいい!)
孤独に怯える一人の少女だった。
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