「ちょりーっす!」

「ちょりーっす!」


 言うと同時に診療所の扉を開けるクー。同時に、


あーしの糸は地獄にだって届くんだから!スレッド・オブ・カンダタ!』


 細い糸を診療所中に解き放ち、診療所内にいる人間に糸を絡ませる。糸から伝わる感覚からどれだけの人間がいるかを感じ取り、そして糸を動かしてその動きを封じていく。

 三秒もかからず、診療所内の人達は無力化していた。


「おけまる水産! 中にいる人は皆動けなくしたから!」

「えー………いや、うん。ありがたい……のかな?」


 親指立てて笑顔を向けるクーに、エリックはいいのかなぁ、と苦笑する。

 これって犯罪だよなぁ、と思いながらも夜になってからこっそり入ろうかと思っていたわけだから、その違いなのかもしれない。

 もしかしたら無関係な人も中にいたかもしれないけど……。


(うん。その時は素直に謝ろう)


 やってしまったものは仕方ない、と割り切ってエリックも診療所内に入る。

 受付近くで繭なんじゃないかと思うほどに糸にぐるぐる巻きにされていた人がいる。少し心配になって、小声でクーに尋ねてみた。


「あの、これって呼吸とかは……?」

「ダイジョブよ。生きてる生きてる。サクッとやった方がいいならヤるけど」

「あ、そのままでお願いします。さすがに殺すのは後味悪いし」

「おけおけ」


 クーが指で丸を作り、頷く。彼女からすれば人の生死などどうでもいいのだろう。クーが拘束に留めたのはけしてヒューマニズムというわけではない。単純に糸そのものには殺傷能力がないだけなのだ。


「後この人達ってずっとこのままなの?」

「あーしが糸の集中解除すれば解けるよ。それまではどれだけ暴れてもムリムリ。

 で、地下だっけ? どこにあるの?」

「あ、うん。こっち」


 クーの声に促されるように、エリックは診療所内を進む。アリのぼんやりとした視界を思いがしながら、目的の部屋の前につく。幸いカギはかかっていないのか、抵抗なく扉は開いた。

 居間と思われる部屋に敷かれたカーペット。それをどけると、正方形の引き戸があった。それを開けると、強烈な匂いと様々な動物の鳴き声が聞こえてくる。意を決してエリックは階段を下りていく。


「これは……」


 階段を下りたエリックはあまりの光景に眉を顰める。

 広く作られた地下室には、所狭しと動物の檻が並べられていた。種類も猫や犬だけではない。小さなものでなネズミもいるし、豚や羊のような中型の動物もいる。それらが檻の中で首輪をつけられていた。

 捕らえた時につけられた傷が治療された様子はない。それどころか捕まっても暴行を受けているのだろう。檻の中にいる動物たちには無数の傷があった。


「もしかして、大当たり?」

「うん……。ミーコもこの中にいるのなら、きっとひどい目に――」

「エリっち危ない!」


 突然クーに襟首をつかまれ、抱き寄せられる。首筋に柔らかくて暖かい感覚が当たるが、エリックにそれを感じている余裕はなかった。

 先ほどまでエリックがいた場所を通り過ぎた動物。その姿に唾を飲んでいた。


「ネズミ……じゃないかも」


 エリックが目にしたのは、何処にでもいるネズミだった。

 だが普通のネズミは尾がサソリのような形状をしていない。

 ネズミのような何かは、すぐに物陰に隠れていく。それを追おうかと迷っている間に目端に通り過ぎていくネズミ。檻と檻、家具と家具、そういった間に見え隠れする複数のネズミの視線。


合成獣キマイラ……」


 魔術に疎いエリックだが、その名前は聞いたことがあった。

 複数の獣を組み合わせて作る魔術の産物。元はライオンと山羊とサソリの尾を持つ魔獣を指す言葉だったが、そこから転じて魔術師が生み出す合成獣もそう呼ばれるようになった。

 かけ合わせた動物同士の特性を持ち、より強い生物を生み出すことが出来る。おそらくネズミと俊敏性と隠密性、そしてサソリの毒を掛け合わせた暗殺用の獣だろう。

 だが――


「こそこそ隠れる相手とか、マジあーしの的なんだから」


 指先から糸を出しながら、クーは言い放つ。

 そのまま糸を引っ張るように手首を返す。その動作に引っ張られるように物陰から糸に絡められたネズミが現れる。身動き一つとれず、キーキーと泣き叫んでいた。


「さすがクー。助かったよ」

「もー、エリっち気を付けてよね! エリっちが倒れたらあーしの傷、癒してもらえないんだから」

「はは。そうだね、ごめんごめん」

「にしてもこんなにちっちゃいキマイラとか初めて見た。なにするんだろ、これ?」


 言いながら糸を引っ張り、ネズミキマイラを宙づりにするクー。意識を失っているのか、振り子に揺れる合成獣キマイラはライオンや山羊の身体と比べて脆くて軽い。


「それはたぶん――」

「ワ、ワシのスザンナちゃんに何という扱いを!」


 ガシャン! という声と共に甲高い声が響く。

 クーとエリックが振り向けば、そこには白衣を着た男が立っていた。老人と言ってもいいほどの年齢で、怒りに顔を歪ませて手にしていたコーヒーカップを床に落としていた。


「すざんな?」

「お前が手にしているその合成獣キマイラのことじゃあ! ああ、レイラにジェーンにヴィヴィアンまでぇ!? ワシの可愛い子に何たる仕打ちを!」


 そこまで言ってから、心臓を押さえる様に手を添える白衣の男。


「うう、じゃが縛られているスザンナも悪くない。むしろいい! おお、この年齢になって新たな目覚めが!」

「うわ。どちゃくそやばばなんだけど」


 興奮する老人に一歩引くクー。


「はぁ……はぁ……危ういところじゃった。じゃが合成獣キマイラに人生を捧げたストイックなワシにはその程度の誘惑など効かぬ、通じぬ、屈しぬ!

 それよりも、お主等何者じゃ! さてはワシの研究を盗みに来たゴランド派じゃな!」


 勝手に盛り上がる老人を見ながら、エリックはどうしたものかと思案していた。

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