第14話 武器庫(2)


 その声に余裕はなく、この世界で悲鳴をあげる状況は一つしか無い。


 渚と俺は言い合っていた口を閉じ、顔を合わせる。そして、無言で声がした方を向き、駆ける。



「私達……いえ、私の出番ね!行くわよ、隼人!」


「言われなくても行くさ」



 丁度大通りの角を曲がったところに餓鬼と、今にも襲われそうな女の子が道路の真ん中にいた。


「はぁっ…….っ……はぁ……」


 小学生高学年程の少女はどこから盗ってきたのか分からない食料、パンや缶詰を持てるだけ抱えながら餓鬼から逃げようと必死に走っている。


「い、きゃっ……!!」


 後ろを振り返ったところで足元に倒れていた大きな瓦礫につまづき、足がもつれてその場に転ぶ。


 その拍子に両腕に抱えていた食料は地面に散らばるが、それらを拾う暇もなく少女はすぐに起き上がり、立とうとする。


「いや……だ、誰か……」


 だが、恐怖のあまり腰が抜けたのか、足に力が入らず立つことができずに涙を流しながら餓鬼を見上げカタカタと震えることしかできない。


 餓鬼はゆっくりと少女に近づき、息を荒くし、よだれを垂らしながら咆哮を上げる。


「グギャャァァァァ!!」


 そして、餓鬼が力強く腕を伸ばし、女の子を殴り飛ばそうとした瞬間。



「あはっ。


 餓鬼一匹程度、私一人で十分よ!!」



 渚は走り込んで女の子と餓鬼の間に入り、『創造世界』の能力で生み出した薙刀を振り回して餓鬼の腕を切りつけた。


「ギャァァァァァ!?」


 餓鬼は痛みで腕を庇い、一度下がって距離をとる。


「もう安心して、この私が助けにきたからには、貴女は必ず助かるわ。なぜなら、この私は救世主なのだから!」


 渚は女の子の前に立ち、臆することなく餓鬼と対峙する。


 あの化け物を目の前にしても怯えないのは、本人が自分自身が負けるはずが無いという絶対的な自信を持っているからだろう。


「さぁ、死になさい!」


「グァギャァァァァァ………!!」


 渚が腕を振り上げると、餓鬼の真下の地面から何本もの薙刀を生み出し、距離をとっていた餓鬼を串刺しにして吊り上げた。


「グギィィ……」


 餓鬼の体からは血が流れ、薙刀を伝い、地面に汚い血溜まりを作る。


 体を貫かれた餓鬼は動けないものの、しぶとい事にまだ生きているようで、ピクピクと細かく動いている。


 渚は薙刀を創り出した直後、餓鬼の姿が見えないように女の子の目を手で塞いで俺に指示を出す。


「隼人、あれの後始末は任せたわよ」


「へいへい。狂犬」


 俺が狂犬に命じると、狂犬は地面を這う巨大な影となり、串刺しにされた餓鬼をガブリと丸ごと呑み込んだ。


 ゴキバキと狂犬が餓鬼を噛み砕く音が暫く続き、そして呑みきる。


「クゥーン……」


 狂犬はこの程度じゃまだ物足りないようで、次の獲物を求めて俺の足に擦り寄ってくるが俺は狂犬を納得させて渚に言う。


「終わったぞ、渚」


「よし、良くやったわ。貴女、大丈夫?さぁ立てる?」


 渚は女の子の目を隠していた手を退け、女の子に手を差し伸べて立ち上がらせる。


「あ、はい……ひぅっ……!」


 立ち上がった少女は俺、というか、狂犬を見て短い悲鳴を上げながら渚の後ろに隠れる。少女は狂犬が怖いのか、渚の服の袖を掴み震えている。


 まぁ、これくらいは当然の反応か。


 渚は俺を見てやれやれと呆れた様子で女の子と同じ目線まで腰を落とし、優しく話しかける。


「そんなに怯えなくていいのよ。


 このバカとワンちゃんは私の下僕だから」


「おい、誰が誰の下僕だ!


 あとバカって言うな!」


 そんな風に俺を見てたのか、こいつ。


「あの、すいませんっ!


 あ、ありがとうございました……!本当に」


 女の子は俺に向けて頭を下げて謝り、それと同時に感謝の念を述べる。


 渚は当然のことをしたと思っているからか、何でもないように話を続ける。


「いいのよ。気にしなくて。それで、貴女は食料を取りに行って、帰る途中に襲われたってところかしら?」


 俺の反論を無視したことは目をつぶっておこう。こんな小さな子が一人で食料を取りに行かされているなんて、代わりに行くような大人はいないのか?


 まさか一人で生き延びてるってことはないだろうけど。


「はい……」


 女の子は表情を暗くして答える。さっきのことを思い出したのだろうか。渚は何を思ったのか、女の子の頭を優しく撫でて聞く。


「もしよければ、貴女がこの食料を届けようとしていた場所に案内してくれる?何か私達も力を貸すことができるかもしれないわ」


「え、はいっ……」


「ありがとう」


 女の子はそう言われると思っていなかったようで戸惑いながらも頷く。


 渚は女の子の了承を得ると、地面に散らばった缶を拾い上げて抱える。


「……と、こっちです」


 女の子は頼りない足取りでトテトテと歩きながら案内してくれる。

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