第13話 武器庫(1)
汚い。
この手に触れるもの。
人も物も。
何もかもが、汚い。
この手で触れると考えるだけで気持ち悪い。
その手で触れられると考えるだけで気持ち悪い。
どうか、誰も触れないで。
どうか。
***
その空は今にも雨が降りそうな分厚い灰色の雲が広がっていた。その空の下に広がるのはかつて都市だったものの残骸。
大きく溝が見えるほどの亀裂が入り、今にも崩れそうな建物。崩れた瓦礫で塞がれたコンクリートの道と、倒れたりひっくり返ったりして原型をとどめていない車やトラック。地面に飛び散ったガラスの欠片。光を灯すことのない曲がった電灯と、割れた信号機。
人の気配はなく、皆息を殺し、姿を隠して生きている。
あの学校の外の世界は渚が言っていた通り、最悪の世界だった。
その世界で俺と渚は、並んで歩く。
俺の少し前を歩く渚はこんな悲惨な世界の中を、通学路を歩くように迷いなく、歩き続ける。
たった一ヶ月足らずで日本の首都だった場所がここまで荒廃したなんて未だに信じられない。
けれど、背中を優しく撫でる風が。建物にこびり付く焦げた臭いが。地面に広がる黒く固まった血痕が。
これが現実なんだと知らせてくる。
渚と学校を出てから二日が経った。あの後、俺は渚から食料をもらい、一日中泥のように眠った。起きてからは足りていなかった栄養を補給できたことで一人で動けるようにまで回復した。
そして、昼間は街を歩いて進み、夜は街で崩れていないホテルを探し、そこの部屋に置いてあるベットを使って寝る。
そうして、共に行動するうちに少しずつ渚という人間が分かってきて、渚という人間に慣れてきた。自信家で傲慢で目立ちたがりで自分勝手で自己中心的で。
一言で言うなら、渚は自分が大好きな人間だ。
具体的には、初めて会った時になんで窓から入ってきたのかを質問した場合。
『それはもちろん演出よ!やっぱり私ぐらいの大物はド派手に登場しないとね!』
だの。
『やっぱり私は天才ね。はぁ、自分の神がかった天才っぷりに正直私自身も驚きを隠せないわ。
まさか、ここまでの天才とはね……』
とか言っていたほどだ。
正直、聞いているこっちが疲れる。
「隼人、私思ったのだけれど、その狂犬ちゃんってずっと出ているけど仕舞わないの?」
渚は俺の後ろをテコテコと歩きながら付いてくる狂犬を見て尋ねる。
ちゃん付けして呼ぶような愛嬌は狂犬には微塵もないのだが、渚からしたら少し大きい犬くらいの感覚なのだろう。
「こいつか?
んー、まだ戻りたくないみたいなんだよな」
狂犬を見ると、狂犬はなんのことか分かっていないようで首を傾げる。
「こいつは俺から生まれた存在で、俺と感覚を共用しているが、それとは別に自我を持って動いている。狂犬が本気で戻る事を拒否したら俺はどうする事も出来ないさ」
確かなことは言えないが、概ねそんな感じだろう。
「ふぅん、そうなのね」
だから好きにさせている。
「よーしよしよし。ほらっ。このボールを取っておいで!」
「ガウッ!」
渚はいつの間にか手の中にテニスボールを創り出し、思いっきりボールを投げる。狂犬は尻尾をブンブン振り回しながらダッシュでボールを追いかけ、あっという間に追いつきボールを口に咥えて戻ってくる。
「あら、いい子ね。隼人より賢いわ」
「おいこら」
狂犬はいつの間にか渚に手懐けられていた。
ふと思ったのだがこの場合、俺は能力を使い続けているということになるんじゃないのだろうか。自分の能力を全て把握しているわけじゃないから確信はないが、多分そういうことなのだろう。
「んで、次の『ドリーマー』はどこにいるんだ?そろそろ教えてくれないか」
ずっと動いてなかった俺を見つけ出したくらいだから、おおよその目星くらいは付いているだろう。
いつも偉そうにしているし、ここまで歩いてくる渚の足取りも迷いはなかった。そろそろ行き先くらいは教えてくれてもいいだろう。
けれど、返ってきた答えは至ってシンプル。
「さぁ?」
という疑問形だった。
「え……はぁ?」
思ってもいなかった答えに、俺は思わず聞き返す。
「ふふっ、正直言うと分からないわ!」
堂々とそう言い切る渚。
「じゃ、じゃあ、どうやって俺の居場所を知ったんだよ?」
「そ、そんなの簡単なことよ!それは私が想像を絶する程の天才だから、勘で分かるのよ……」
渚は目線を泳がせながら逸らす。こいつ、嘘をつくのは下手くそなんだな。
「本当は?」
「いや、だから……」
「……」
じっと黙って渚を見ると、渚は観念したのかポツリと漏らす。
「……分かった。はいはい。正直に言えばいいんでしょ?
この手紙に書いてあったのよ。他のドリーマーの居場所が」
ポケットからあの紙を取り出し俺に見せつけ、言う。しかし、手紙には何も書かれておらず、白紙のままだ。
どういう原理で文字が浮かび上がったり消えたりするのかは分からないが、俺たちにこんな能力を与えてくるような奴ならできてしまうのだろう。
まぁ、でも。
「あんだけ自意識過剰な渚でも出来ないことがあるんだな。
散々人のことを見下しておいて、肝心なことができないとは……使えないな」
俺が不意に発した言葉に、カチンと、渚の表情が固まった。
あ、っと……失言だった。
「なっ……何を言ってるのかしら?この私が使えない奴だっていうの?」
「でも現に他のドリーマーの現在位置が分かってないだろ?」
俺がそう言うと、図星だったようで大きく動揺する。
「ぐぬっ。……それは私が人探しさえできない哀れでノロマなグズ野郎だって言いたいのかしら?」
「え、いや……」
そこまでボロクソに言った覚えは無いのだが。こいつの脳内変換が恐ろしいな。渚は今にも怒鳴り散らしそうな勢いで俺に詰め寄る。
「じゃあ逆に聞くけど、隼人は探せるっていうの?」
それを言われると反論できない。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「でしょ?
じゃあ私と同じじゃない!偉そうにしないで……」
「いやぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
渚が俺に向かって言いかけた時、若い女の叫び声が街に響いた。
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