第12話 創造世界(6)
「なら、お前は、何のために生きる?
お前だって何かを失ったはずだ。
なのに、何のために……」
俺に偉そうに言うこいつは、何のために生きているんだ?
何のために、餓鬼と戦うんだろうか。
世界のため?平和のため?力の弱い者のため?
きっとそんな所だろう。誰かのために力を出すことができる人間はいつだってそう言う。
けど、そんな理由で戦うなんて、俺には到底理解できない。
「私が生きる理由?そんなの、決まってるじゃない」
そんなことも分からないのと言いたげに渚は言う。
「私は、私のために生きている」
さも当然のように、そう強く言い切った。
「私が目立ちたいから餓鬼を殺してる。
私が尊敬されたいから人々を救ってる。
私が活躍したいから仲間を探している。
全部私のため。
私が生きる理由はそれでは十分よ」
誰のためでもなく、自分のために生きる。
そんな自分勝手で身勝手で自己中心的な考え方は初めて聞いた。
悩んでいる自分の考えが馬鹿らしくなるほど、潔い。
俺が失望して生きるのをやめることなど微塵も考えてないかのように、意気揚々と言う。
自分の意見を迷いなく。
「ははっ……」
思わず乾いた笑いが込み上げてくる。
まぁ、こいつを守るために生きてみるのも、案外悪くないのかもしれない。
なんて、思ってしまう。
「んで、結局どうするの?
私のために生きる?
それとも、死んだ女のために死ぬ?」
もしここで俺が生きたいと言ったら、千花は怒るだろうか。
もしここで俺が千花よりも渚を取ったら、千花は悲しむだろうか。
千花は、俺をどう思うだろうか。
「クゥン……」
狂犬が尻尾を振りながら俺の足に擦り寄り、俺を見上げる。
「……分かった。お前のために、生きてやる。
これで満足か?」
「うん、満足っ」
渚はニコッと無邪気に笑って言う。
そして、思い出したように不機嫌な表情になり、俺を見る。
「それと、お前じゃなくて渚よ。
まぁ、特別に私を名前で呼ぶことを許してあげるわ」
それは喜んでいいことなのか。
「それはどうも」
一応礼を言っておこう。
「あ、そういえば貴方の名前を聞いていなかったわね。
今聞いてあげるわ」
「隼人。
自分の苗字はあまり好きじゃないから、名乗りたくなかったんだよな。
『ひみ』って、女子みたいな苗字は弄られることが多くていい思い出はない。
「ふぅん、隼人……いい名前ね。
私の名前の次にいい名前だと思うわ」
「……」
だから何でそんなに偉そうなんだ。
「あら、気を悪くした?
そんなことないわよね」
渚はそう言うと、すっかり忘れていた餓鬼の死骸を踏まないように飛び越えて廊下を歩く。
「それじゃ、まずはこの学校を出ましょ。
ええっと、正門はこっちかしら?」
「あぁ、そっちで合っている」
渚が当てずっぽうに指差したのであろう方向は偶然にも正門の方向と同じで、俺は肯定する。
渚は得意げに指差した方向へ、俺を置いて歩き始める。
付いて来いってことか。
「行くか、狂犬」
「ゥワンッ!」
俺も肩の高さまで大きくなった狂犬に肩を貸してもらいながら立ち上がり、ゆっくりとした足取りで餓鬼の死骸をまたいで渚の後ろをついていった。
「久しぶりの外だ」
二週間ぶりに校舎を出た俺は半壊した校舎を見てから、正門に向かう。
この場所であの悪夢のような惨劇があった。
目を瞑れば昨日のことのように鮮明に思い出せる。
そして。
「千花……」
千花の幻影は学校の正門の前に立っていた。
まるで俺を学校から出て行かせないようにしているようにも見える。
その表情はここからではよく見えない。
俺はなるべく見ないように目線をそらしてその隣を通り過ぎようとした瞬間。
『……』
千花の幻影はゆらゆらと佇み、口を開く。
「っ!?」
俺は勢いよく振り返って千花を見る。
今……
「よかった。
隼人が生きていてくれて」
千花はクスリと笑って頬を緩め、そう言った気がした。
そして続ける。
「隼人。
この東京を、世界を救ってね」
そう言って、千花は消えていった。
「っ……」
ふと考えた。
渚も持っていたあの手紙。
もし、俺に送られたあの手紙を、千花が拾って読んでいたのなら。
千花は、俺がドリーマーだって事を知っていたのだとしたら。
あれは幻影、幻だ。
意識を持っているはずがない。
言葉を放つわけがない。
けど、あの千花は俺の妄想が作ったもので、俺の無意識の感情を持っているのなら、俺が気付いていても気付かないふりをしていた事を千花の幻影は知っていてもおかしくはない。
俺は、もしかしたら千花が気づいているんじゃないかと思っていた。
「隼人ー!早くしなさいよね!!
この私を待たせる気?」
「はいはい、今行く」
渚の声が校門の外から聞こえ、俺は立ち止まっていた足を動かし学校を後にした。
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