第11話 創造世界(5)
渚は一度言い出せば、止まることなく続ける。
「ふふっ。やっと目を向けたわね。貴方、今の東京の現状を正しく理解しているの?」
「なっ……」
ずっとここにいたから、正直なところあまり理解していない。
渚は俺が答えられずに口を噤んだのを是と受け取り、掴んだ胸ぐらから手を放し、俺の手を払いのけて続ける。
「あの大地震が起きてから東京は未曾有の大混乱へと飲み込まれた。
大地震による死者は約一千万人。
交通機関が使えなくなったことで生まれた難民は約五百万人。
それだけでも被害は大きすぎたのよ。
主な建造物は壊れ、耐震工事を完璧に行っていたはずのビルや家も崩壊。
そして、大地震とほぼ同時期に突如、あの餓鬼共が東京の各地で大量に現れた」
あの化け物どもが、東京中にうじゃうじゃいるってことか。
「勿論初めは政府も対応したわ。
警察だけでなく、自衛隊までが出動し、あらゆる訓練を受けた兵士達が餓鬼に立ち向かうも失敗。
遠距離攻撃に切り替えた政府は東京における全ての化学兵器を使って餓鬼を殺そうとしたの。
だけど、核兵器を除くどんな兵器を用いても餓鬼を傷つけることは出来なかった。
鉄砲も毒ガスもミサイルも打撃も電撃も火炎放射器も。
日本が保有する武力や戦力は何一つ餓鬼には通用しなかった。
政府は餓鬼の討伐を諦め、これ以上の被害拡大を避けるために、餓鬼が発生し続ける東京を閉鎖することを決意し、全てを放って東京を切り捨てた。
日本を守るために東京を切り捨てたの」
あらゆる武器が通用しない相手。
俺が餓鬼に襲われたあの日、空が赤く染まっていたのはその攻撃を行っていたからだったのかもしれない。
「だからって……そんなのが俺たちが戦う理由にはならない……」
渚は俺の言葉を無視して続ける。
そうだ。
世界が危機だから俺たちが救おうなんて、そんな発想にはならない。
渚は俺の言葉を聞き入れることなく続ける。
「残された人々は毎日いつ襲ってくるか分からない餓鬼の影に怯えながら生きている。
いつまで甘えているつもり?
いつまで緩いことを言うつもり?
私達が行かなきゃ、本当に何も守れなくなるのよ!?」
渚の言っていることはきっと正しい。
今動かなかったら、多くの命が理不尽に奪われていく。
この学校で起きたことが、東京中で起きているのだ。
誰かが立ち上がらないと、東京は本当に滅ぶ。
けど。
俺はそんな風には思えない。
悪を裁く正義のヒーローにはなれない。
人を助けるのに理由なんていらない。
なんて言うけれど、理由もないのに人を助けるわけない。
「なのに、貴方は何!?人一人守れなかったからもう生きていけない?
もう疲れた?何勝手に自己満足してんのよ!」
だから、何で渚がそんなに怒るんだ。
俺のことなんて放っておいてくれよ。もう、構わないでくれ。
「……自己満足なんて……」
俺は何でこんなに苛つくんだ。
こいつの言葉なんて無視すればいいのに。
なのに。
いや。
違う。
本当のことだからだ。
千花を守れなかったのも、自分に力が足りなかったのも。
全てこいつの言う通りだ。
俺は、図星を突かれて反論できないだけだ。
「貴方にとってその女性がどれだけ大切なのかは私には分からないし、どうでもいいわ。悲しんだところで死んだ事実には変わらないし、嘆いたところで生き返るわけでもない。
だから、認めなさい。その女性の死を。そして、前を見なさい。生きている私たちには、死んでしまった者が見れなかった未来を紡ぐ義務があるわ。
前を向いて進むことが、死者への弔いだと私は思うわ。貴方はどうなの?
さぁ、答えて」
渚は俺の目をまっすぐ見据えていう。
「貴方の本心はどうなの!」
渚はそこまで言い切ると、話すのをやめて俺の反応を待つ。
「俺はっ……守りたかった。千花の側でずっと、見守っていたかった。
千花に、死んでほしくなかった……」
本心を、出会って数分も経たない奴に話すなんて、俺は十分弱っていたみたいだ。
目からポロポロと涙が溢れる。
こんな奴に涙を見せるなんて、屈辱意外の何者でもない。
「千花を守れなかった俺が悪いんだ。
お前の言う通り、認めるよ。千花は死んだ。
だから……」
その後の言葉が続かない。
だから。
結局、俺はどうしたいのだろう。
分からない。
分からないから、生きる理由が見つけられない。
渚は何か思いついた様に手を合わせて頷く。
「あ、そういう事ね。
なら、簡単な話じゃない」
「……?」
渚はさっきまで怒っていたはずだが、そんな事は微塵も気にすることなく、何もなかった様に笑顔でさらりと言う。
そして、俺を見て俺を指差す。
「貴方は私のために生きなさい」
渚は自信たっぷりにそう言った。
「は?」
俺は渚の言葉に間抜けな声を上げてしまう。いや、これは上げない方がおかしい。頭の中で渚の言葉を反復させて聞くが、唐突すぎてやはり反応できない。
渚は俺が聞き返したのを、意味を理解していないと捉えたのか、詳しく話し始める。
「話を聞く限り、貴方が生きるためには、守る存在がいるみたいね。
だから、私を守りなさい。私を守らせてあげるって言っているの。
そうしたら、貴方は生きるかしら?」
なんて滅茶苦茶だ。
普通俺の話を聞いてそんな結論には至らない。
この女は本気でそう思っているのだろうか。
いや、絶対本気だ。
「は……」
この女は、本気でそう思っている、
気がつけば、いつの間にか涙が止まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます