第10話 創造世界(4)



「……グァァァ……」


 化け物の体から溢れ出た血が廊下を汚し、渚はそれを汚物か何かを見るかのような目線で見下す。


「『創造世界』……」


 そして、化け物が息絶えたのを確認すると俺に向き直り、先程と変わらぬ笑みで話を再開する。


「そ。今のが私に与えられたギフト『創造世界』。


 簡単に言うと、この世にあるあらゆる物質を創り出す力。この私が持つにふさわしい力よね。まぁ、私の能力についてはまた追々説明するとして、さっきの説明の続きをしましょ。


 ドリーマーとは、ギフトと呼ばれる力を与えられたこの世の救世主のことよ。

 この下らない世界を救う七人の救世主。まるでお伽話みたいで滑稽でしょ?」


 渚は楽しそうに嬉々と語る。何がそんなに楽しいのだろうか。


「救世主?」


「そう。私達はその運命からは逃げられない。


 だって、一方的に無理矢理与えられてしまったのだから。

 一度上がった舞台からは役目を終えるまで降りることはできない」


 渚はそう言うと俺の側に大人しく座っていた狂犬に近づき、しゃがみ込む。


「あら、可愛いワンちゃんね。これが貴方のギフト?」


 渚は警戒心もなく狂犬に手を伸ばし、その頭を撫でる。

 狂犬が頭を撫でられても嫌な顔をせずに気持ちよさそうに尻尾を振っている。


 渚は少なくとも敵ではないってことか。


「あぁ、けど今はその話は必要ないだろ」


「それもそうね」


 渚は狂犬の頭から手を離して俺に向き合う。


「んで、ギフトってのは何なんだ?


 ドリーマーって?


 そもそも、俺は何に巻き込まれているんだ?話が見えてこないんだが」


 渚の言っていることは曖昧でよく分からない。こいつは何が言いたいんだ。


「ストップ。質問が多いわ。少しは自分の頭で考えたらどうなの?これだから、考えないバカは嫌いなのよ。


 まぁ、私レベルの天才じゃないとその結論には至らないかしら」


 先程から、というか最初からこいつは何でこんなに偉そうに上から目線で話すのだろう。


 上からじゃないと話せないのかよ。なんかイライラしてきた。


「あの手紙にはこう書いてあったわ。


『貴女はこの度ドリーマーに選ばれました。そのギフトを受け取った者は貴女を含めて七人。その七人で力を合わせ、餓鬼を殺して世界を救ってください。


 大いに期待しています』


 と。


 馬鹿げたことに、ただそれだけしか書いてなかったわ。送り主の名前は書いてないから、誰がこの手紙を送りつけてきたのかは不明。


 でも、私達はその馬鹿げた言葉に従って餓鬼を殲滅しないといけない」


「つまり、お前にもギフトが届いてたってことか……

 それがあと五人もいる。んで、この世界を救えって?」


 そんなのはあまりにふざけている。


 勝手に力を与えて、勝手に救世主に仕立て上げて、餓鬼と戦えって?


 ははっ。誰がやるか。


「そういうこと。力を得るためにはその対価を支払わなければならない。


 私達はギフトを手に入れる対価として餓鬼を殲滅するという使命が与えられたのよ。分かってくれたかしら?

 さあ、今すぐ残りの仲間を探しに行きましょう。世界が私達に救われることを待っているの。こうして話している時間さえ惜しいわ」


 渚はもう話すことはないと言いたげに、俺に手を伸ばして立たせようとする。


 次の仲間を探しに行くことが当然のことであるように、自信に満ち溢れた瞳で俺を見て。


 その瞳は、俺には眩し過ぎた。


「それは無理だ……」


 だから、俺は断った。俺にはあの手が取れない。


「は?何で?」


「俺は、ここで死ぬから、放っておいてくれ……」


「はぁぁ?」


 渚は俺が何を言っているのか分からないと言いたげに、苛立ちを纏った声で言う。


 俺はそんな渚を突き放す。


「もう、疲れたんだよ……」


 俺にはもう、生きる理由がない。


「何言ってやがるのかしら、このバカは」


 怒鳴りはしないが、今にも怒鳴りそうな勢いでキツめに渚は言う。


「大体何なんだよ、その使命って。俺は、千花を守れなかったんだ……そんな奴が今更……」


「はぁ。つまらない男ね、貴方。正直ガッカリだわ」


 お前は俺に何を期待していたんだ。俺の何を知って、俺の何を分かってそんな事を言っているんだ。


 俺は、お前が思っているような奴じゃない。


 俺は。


「……」


 お前に何が分かるっていうんだよ。


 分かったような口ぶりで言うのは止めてくれ。


「その千花?って子を守れなかったと言ったわよね?


 あはっ。私からしてみれば、守れなくて当然よ」


「っ……おい。


 もう一回言ってみろ」


 俺は渚を睨みつけるが、俺を挑発するように渚は薄く笑って言う。


 なんで俺はこんな奴の言葉に苛立たないといけないんだ。


 千花を馬鹿にされたからか。


 自分が馬鹿にされたからか。


「あら、怒った?生きる気力がなくても、怒る元気はあるのね。けど、私は何度でも言うわ。


 貴方がその女を守れなかったのは当然の結果よ。つまり、その女は死んで当然だっ……」


「っ!!」


 俺は我慢できずに立ち上がって、渚の胸ぐらを勢いよく掴み上げる。




「ふざけんな!!


 千花が死んで当然だなんてっ……そんな……」


「ふざけているのは貴方の方よ!!!」


 渚は俺が胸ぐらを掴んだ腕を握り返し、俺を怒鳴りつけた。


「……っ」


 悔しい事に、一瞬だけだが渚のその気迫に気圧されてしまった。


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