第4話 狂犬(4)
日が暮れて夜になると、煙が上がり空が赤く染まる。それは、東京のどこかでまだ火事が起きている証であった。一向に空の赤色が消える気配はなく救助は来ない。
四月とはいえ、夜はまだ肌寒い。そのため、俺たちは体を冷やさないようにと屋上から校舎の中に入り、教室で暖をとる。
校舎の中は蛍光灯が割れているため電気はなく、非常用に用意されていたロウソクに火をつけて教室にいくつか配置する。
掃除用具入れのロッカーはボコボコに凹んで窓際に倒れていたが中の箒は使えるようで、教室の床に散らばる窓ガラスの破片を掃除してからロウソクを囲むように座り込む。
「助けは、いつ来るのかな?」
誰かがそう呟いた。けれど、その答えは誰も出さない。
助けがいつ来るかなんて、誰にもわからないからだ。
来ないかもしれないと頭のどこかでは思っていても、誰もそれは言葉には出さない。
夕方から急に携帯電話は使えなくなり、テレビも映像を映さなくなった。
まるで、電波が遮断されたように、外部の情報を得る唯一の手段はラジオだけになった。
「このまま、誰も助けに来なかったら……」
そんな言葉を口にする者はいない。
それどころか、皆自分が死ぬかもしれないという現実から逃げるように何も話さない。
皆、不安と恐怖を抑えるのに精一杯なのだ。
「よしっ、繋がった!」
教室の中心で生徒達の喜びの声が上がった。
学校には緊急時に備えてラジオが幾つか置かれており、クラスに一つ、ラジオが配られる。
おそらく、都内のどこかで臨時のラジオ局を立ち上げているに違いない。そこの電波を拾えば東京で起きた地震についての情報を得られるだろうと考え、ラジオをつけており、今、そのラジオが繋がったのだ。
だが、そのラジオから聞こえてきたのは、希望の知らせではなく、絶望の通知だった。
「本日をもって……政府は東京への避難民の一切の救助活動を禁止し……日本本土より隔離……防壁シェルターを展開し東京都を閉鎖することを発表しました。繰り返します。政府は……」
「は……?」
その内容にその放送を耳にした者は自らの耳を疑った。
それはつまり。
「救助が、来ない?」
その発表はラジオを囲むようにして聞いていた俺たちの言葉を失わせるには十分だった。
誰かがそう呟き、どよめきが忽ち広がっていく。
「なお、東京から他県への移民の受付も行わず……物資の提供も最低限に止めるとしました」
そこでその発表は終わり、チャンネルは陽気なラジオ番組に切り替わった。
日本が、首都を見捨てた。首都にいる約千三百万人を。
その事実だけが突きつけられる。
このままだとほぼ確実に俺たちは餓死する。そうなる前に手を打たないと。
騒然とした教室で誰かが立ち上がり、呟く。
「はは……そんな馬鹿な……
ここは日本の首都だぜ?」
首都を見捨てる国なんて聞いたことがない。
首都を捨てる程の一大事が起こったということなのか?
それとも。
「皆、落ち着いて!
只今、誤報かどうか政府に確認を取っています!
落ち着きなさい!」
政府からの通知を聞いていた教師が慌てて教室の扉を開け、そう叫ぶ。
今混乱が起きたら対処しきれない。
けれど、今の放送が誤報なんてことはまず無い。
生徒達はそれが分かっているからこそ、狼狽する。
「俺たちどうなるんだよっ……
まさか、このまま死ぬのか?」
「し、死ぬなんて嫌っ。
だって、うぅ……こんなの夢でしょ?」
「でも助けがこないんだろ!?
そんなの、死ねってことじゃないか!」
教師の言葉も生徒達には届かず、各々が喉の奥に溜め込んでいた言葉を吐き出す。そして、一度吐き出した言葉は止まることなく次から次へと溢れてくる。
俺の隣にいる千花も不安感に耐えきれなかったのか、青ざめた表情で小さく震える。
「千花……」
「……っ……」
千花は、千花に触れようとした俺の手を振り払い、離れる。
「千花……?」
なんで。
「ねぇ、隼人はなんでそんなに冷静でいられるの?」
「え……」
混乱が起きる中、千花は俺を見上げて問う。
その言葉は周りのどの声よりも鮮明で、鋭利に俺の胸に突き刺さる。
俺を見つめる千花の瞳。
その瞳に映る色は困惑と恐怖。
俺が理解できないと恐れる眼だ。
「違う。
俺は、冷静なんかじゃない。ただ、千花に不安感を抱いて欲しくなくて……」
「それは分かるよ……隼人は私を安心させようとしてくれてるってことも。
でも……」
「……」
千花は絞り出すように呟く。
「皆んな死んだんだよ?
圭介くんも、クラスの皆んなも……
なのに、なんで平気なの?
もっと皆んなみたいに慌てないの?
もっと皆んなみたいに怖がらないの?」
平気なわけがない。けれど、慌てたところで何も変わらない。怖がったところで助かるわけではない。
だから、俺は。
「千花……」
「私、隼人が分かんない。
分かんないよ……」
「違う、俺は……」
俺は千花に触れようと近づく。あと少しで触れるという時。
「うわぁぁぁぁ!!?」
遠くから悲鳴が聞こえた。
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