第3話 狂犬(3)
津波を前に、俺たちと同じように建物の屋上へ逃げ込んだ人も呆然と湖と化した街を見つめ、中には地面に座り込んでいる人もいた。
生徒達に俺達のクラスの生徒がいないか聞いてみたが、誰一人としておらず、避難してきた生徒の中に圭介の姿はなかった。
俺と千花は途方に暮れながら、湖となった街を見つめる。
この街周辺で起きた火事は津波によって鎮火されたが、津波による被害の方が圧倒的に大きい。
海に沈んだ街を見てふと気付いた。家族は無事なのか?母さんは?父さんは?
うちの親は二人とも共働きだ。二人とも、東区にある会社に勤めており、そこから南区にある家まで通勤している。それなら、まだ東区にいるはずだ。そこなら津波の被害もここよりは少ない。
「そうだっ!電話っ……」
ポケットに入っていた携帯端末で親に電話をかける。電話は呼び出しにつながったと思った直後、圏外と告げるアナウンスが流れ、二人とも繋がらない。
「くそっ……千花、お前の方は繋がったか?」
千花も顔を青ざめながら携帯端末をかけて耳につけるが、しばらくすると手から携帯端末を離してまた、別の番号にかける。しかし、その電話は誰にも繋がることはなく、床に座って首を横に降る。
「繋がらない……お母さん、お父さん……なんで、出てくれないのっ……!?」
家族の安否が確認できないことが余計に不安を煽り、震えている。俺はしゃがんで千花の手を、包み込むように握る。
「きっと大丈夫だ。取り敢えず、ここで助けが来るのを待とう。
必ず助けは来るから」
ここで待っておけば消防隊や自衛隊が来てくれるはずだ。
幸い、ここには大人もいるし、生き残った生徒達もいる。
みんながいれば大丈夫。だから、心配しないでほしい。
「隼人……」
いつの間にか千花の震えは止まっており、冷たかった手も少し暖かくなってきた。そして、その代わりにぐーっと、可愛らしい音が千花の腹から聞こえてきた。
「あっ……えっと、これは……」
千花はお腹が鳴ってしまったことに恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながら腹を抑えて俺を見る。そんな聞いてないよね?みたいな目で見るな。バッチリ聞こえてしまったんだが。
俺は携帯端末をポケットにしまい、立ち上がる。
「まずは食料確保だな。校舎の何処かに非常食もあるはずだ。俺も昼時で腹が空いたし、探しに行こう」
「う、うん……」
俺たちはゆっくりと屋上から離れて、階段を降りる。
校舎の中は、嵐が通った後のように様々な物が壊れていた。
水は窓ガラスを破り、教室の机や椅子はいくつか窓を突き破って外に流されたのか、空っぽになっており、流されずに残った物は窓際に固まって置かれていた。
蛍光灯も水によって砕かれており、校舎内は薄暗くなっている。
俺と千花は注意深く廊下を進み、何か残っていないか目を見張って探す。だが、食料らしきものは見当たらず、三階には何もなかった。
「やっぱり大抵のものは津波で流されてるな。この様子だと他の教室も食料なんてないかもしれないな」
「あ、確か、二階に非常食があったかも。前、二階の空き部屋を大掃除の時に棚整理していたら友達と見つけたの。かなりの数が保管されてた気がする」
「二階か。よし、降りて探してみるか」
「うん、そうだね」
俺と千花は三階の捜索を終え、次は二階に向かおうとする。だが。
「ここまでか……」
水は二階の半ばまで上っており、二階へ続く階段は途中から水が張っていた。
「まぁ、行けないことはないな」
階段を降りて覗き込んでみるが、水面に少しのガラス片が浮いているだけで、それほど深くはなさそうだ。
「千花は三階で待っていてくれ。
余震が続くかもしれないから、足場には気をつけろよ」
「わかった。気をつけてね」
「あぁ」
付いて来ようとする千花に三階から降りてこないようにいい、俺は二階に降りる。
水は腰ほどまで浸かり、水面浮かぶガラス片が肌に触れないように腕を上げて進む。
「四月ってこんなに寒いんだなっ……」
まだ海水は冷たく、一歩進むたびに体温が奪われていく。千花を連れてこなくてよかった。流石にスカートを履いている千花が水に入れば、足を切ることになるからな。
何とか千花が言っていた空き教室に辿り着き、重い扉を開けて中に入る。空き教室の中も他の教室と同じように水浸しになっており、棚もひっくり返ってほとんどの物が散乱していた。だが、他の教室に比べて窓が少なかったため、ものはそれほど流されておらず、奥の方に積まれている水浸しになっている段ボール箱の山を見つけた。
下の箱は水に濡れているが、中身は大丈夫だろう。
俺は一番上に積まれている箱の一つを開け、中を確認する。
「乾パンと水と、これは缶詰か?あと、レトルトおかゆか。
まぁ、無いよりはマシか……」
二十箱ほど積まれた乾パンの箱と、十箱ほど積まれた水の箱。それと、野菜や果物の缶詰と、レトルトのおかゆが入った段ボールが五箱ほど。
一箱に乾パンの缶が三十個、水が六本入っているとして、屋上にいた生徒達はざっと二百人程。
この中でも浸水して使えないものがいくつかあったとして。
最悪の場合、一日程しかもたないぞ、これは。
「よし、細かいことは後にして運ぶか。男子が全員で運べば割とすぐに運べるだろ」
俺は千花と一緒に屋上へ戻り、屋上にいる生徒と教師に食料のことを話し、全員に手伝ってもらって段ボール箱を屋上に全て運ぶ。
「それでは、列になって受け取りに来てください」
水に濡れてふやけている段ボールを開け、全員に乾パンと水を一つずつ配っていく。全員に行き渡ったことを確認すると、生徒達は校舎内に入って雨風を凌ぐ者と屋上に留まる者に分かれた。
俺は千花と崩壊の危険が少ない屋上の隅に座る。屋根のない空間では、空が広く感じる。
俺たちのクラスの生き残りは俺と千花しかいないため、クラスごとに固まって座っているのを見ると疎外感を感じるが、この空はそれを紛らわせるには十分だった。
「まだ食べないの?」
乾パンを食べる千花は、非常食に手をつけない俺を見てそう聞く。
「ん?あぁ、貴重な食料だからな。できるだけ節約して食べないと」
「そっか……じゃあ私も」
俺がそう言うと、千花は納得して頷き乾パンの蓋を閉め足元に置く。
「いいのか……?別に食べても……」
「うん、いいの」
千花の表情は暗く、笑顔もぎこちない。
「皆んな、俺たちは必ず助かる。もうじきに救助のヘリが来るはずだ!それまで辛抱しよう!」
教師の一人が屋上の中心でそう叫び、皆の不安を払拭しようと懸命に励ましている。
その言葉を聞いた生徒達もわずかな希望を胸に保っていた。
今の隔離された状況では生徒達の希望は救助しかない。
それに頼るしか、俺たちに残された道はなかった。
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