第2話 狂犬(2)



「隼人……これって……」


「うそ……だろ」


 校舎の東棟が崩れて瓦礫の山となっていたのだ。そんなはずはないと目を凝らすが、やはりそこには瓦礫しかない。


 あそこには教室もあったはずだ。毎日授業を受けて、授業中に居眠りして。俺らのクラスだって、あそこにあったはずだ。



 なら、そこにいた生徒は。



「圭介!!」



「待って……!ねぇ、隼人!!」


 俺は我に帰ると、走って瓦礫の山となった校舎へ近づき、圭介の名を呼ぶ。


 だが、その声の返答はない。


 瓦礫を押し上げようと力を込めるが、重くて持ち上げることは難しい。


「っ……このっ……」


 やっとの事で瓦礫の破片を持ち上げるが、手に取った瓦礫の節々には血のような赤い液体がこびりついており、人の腕や足がバラバラになって瓦礫の下敷きとなっていた。


「ひぃ……!」


 手を離し、その場から離れる。こんな中で人が生きている訳がない。生きられる訳がない。


「圭介……」


 あいつはこんな所で死ぬわけない。ついさっきまで普通に話していたんだ。笑ってたんだ。


 なのに。なんで。


 なんでこんなことになってるんだよ!


「隼人……」


 俺のところに駆け寄ろうとする千花に俺は強く言う。


「千花、こっちに来るな!」


 千花にはこんな残酷なもの、見せられない。俺は瓦礫の山から離れ、千花と共に校舎内に戻る。


「っ!!隼人……圭介くんは?皆んなは?」


 俺の服の裾を強く掴んでクラスメイトの安否を尋ねる千花に俺は首を横に振り、否定する。


「おそらく生きてない」


「そんな……う、嘘だよね?だって……」


「嘘じゃない……みんなあの下に……」


 千花は俺の服から手を離し、目に涙を溜めて泣きそうになる。


「た、助けに行かなくちゃっ!」


「もう手遅れだ!」


「でもっ!」


 走って瓦礫の下へと駆け寄ろうとする千花の腕を掴み、引き止めた瞬間。


 二度目の地震が訪れた。


「っっ!!」


 その揺れは先ほどの地震よりも激しく、校舎の壁のヒビが広がっていく様子が俺の視界に映り込む。そして、バキッという音が聞こえたと同時に。


「危ないっ!」


 俺は咄嗟に千花の体を抱き寄せ、校舎の中に向かって飛ぶ。次の瞬間には俺達が立っていた頭上の校舎が更に崩れ、校舎の断面に瓦礫が積み上がり、俺と千花は校舎の中に閉じ込められた。


「隼人っ……ありがとうっ……」


 一歩間違えれば死んでいたかもしれないという恐怖が遅れて襲ってくる。


 心臓がバクバクと激しく鼓動し、手に汗が滲む。


「早く逃げないと津波が来るかもしれない。助けに行っていたら、俺達も逃げ遅れる。それくらい、分かるよな?千花」


「……うん、わかった」


 千花は賢い。俺が言いたいことも分かっているはずだ。


「行こう。西棟の階段ならまだ壊れていないはずだ」


 俺は千花の泣きそうな顔を見ていられなくて、半ば無理矢理に千花の腕を掴んで来た道を引き返し、西棟へ向かう。


 西棟は壁全体にヒビが入っているものの、奇跡的にまだ崩壊しておらず、階段も使えた。そうして、俺と千花はなんとか屋上に着くと、東棟の崩壊に巻き込まれずに済んだ生徒や教師も屋上に集まっていて、都内の様子を屋上から見ていた。


 中には友人の死に涙を流すものもおり、教師達はパニックが起きないように必死に冷静さを保っているように見える。


 程なくして、十メートルほどの高さの津波が街を襲う。


「そんな……」


 津波が轟音を撒き散らし、凄い勢いで全てを流しながら街を飲み込んでいく。俺達の街が、一瞬にして消えていく。


「手すりに掴まれ!千花!」


「う、うん!」


 海が巨大な波となって学校を襲い、校舎を揺らし、生徒達は短い悲鳴をあげた。


 幸運なことに屋上へ波は辿り着かなかったが、それでも、もう少しで校舎ごと流されるところだった。


 じきに津波の勢いは弱まっていき、街に大きな湖を作った。





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