第150話 異世界に転生などしなくとも

「ふんふんふ~ん・・・んふふ、こんなもんかしらねぇ。」

 白身魚のトマト煮。編集さんからのリクエスト。ペロッと味見。

「うんうん、あとは生地の方ねぇ・・・。」

 製麺所の人が持ってきてくれた試作品。前回のは「うどんを渦巻き状にして延ばしたもの」だったけど、今回は「うどんにする前の生地を丸く延ばしたもの」というものになり、前回よりも表面が滑らかになっている。

「ふ~ん、うどんっぽさは無くなったのね。」

 見た感じは本物のピザ生地みたいだけど、正体はうどん・・・のはず。

「よしっと、じゃぁこれに挟んで・・・と。」

 以前やったように半分に折って口をしっかり止める。

「ふんふんっ、いい感じじゃない。」

 あとは揚げるだけ。


(編注:第145話「作る喜び 食べる楽しみ」参照のこと)


「へぇ、異世界転生もの?先生が言い出したの?」

「あぁいえ、正確には『僕が異世界転生ものを書くとしたらどんな世界が描けるかなぁ?』という話でしたが。」

「ん~・・・ちょっと回りくどいわね。」

「えぇ。先生自身も確信は無いようです。ですから『舞台がどこでも先生の世界は描けると思いますよ』とお伝えしたのですが・・・。」

「う~ん、そうよね。結局いつも『ほのぼのとした世界観』に落ち着くのよね。」

「えぇ。それでいて少し考えさせられるような・・・。」

「ふふ、ねっ。」

 舞台に左右されない確かな作風を持っているのと、舞台に合わせて変幻自在に作風を変えられるのと・・・どちらが優れているのかしら?

「う~ん・・・よし、こんなもんでしょ。」

 表面がこんがりと揚がれば出来上がり。

「はぁ~い、お待たせ~。白身魚のトマト煮を包んで揚げたやつねぇ。」

 名前はまだ無い。

「お~、ありがとうございます。」

「前と生地の感じが変わったんで、どうかな?食感も違うと思うんだけど。」

「はい、いただきます。」

 大きさも前回より小さくなったのだけど、それでも一口で行くには大きい。かぶりつく。

「はむ・・・ほ、あっふ・・・。」

「あ、ごめん。熱かった?」

 いつもお行儀よく食べてる彼女が見せる、熱さに悶える姿・・・ちょっと面白い。

「はっふぉ・・・ほっ・・・ふう、ふう・・・あ、熱かったぁ。」

「んふふ、どう?」

「え、えぇ。とても、美味しいです。こういうのを、食べてみたかったんです。」

「あら、それなら良かった。」

 リクエストに応えられて、なによりです。

「はい・・・あの、パイ包み焼きというのがありますが、あれをもっとしっかりした生地にしたらもっと美味しいんじゃないかって、ずっと思ってたんです。」

「あ~、なるほど。そういう発想だったのね。」

「はい。このパリッとしてモッチリとした生地から得られる食べ応えが、大きな満足感を与えてくれます。」

 彼女の食に対する探究心と、この独特の表現力。そういう本を出しても面白いんじゃないかしら。「編集者の胃袋」みたいな題で。

「ねぇ、食感はどう?生地の感じが前と違うのだけど。」

「あぁ、それでしたら・・・以前の生地の方が、私は好みです。今回のも良いですけど、程良く食感のバラツキのあった前回の方が、食べていて楽しいと思います。」

「うん、やっぱりそうよね。その辺は伝えとく。」

 生産工程における「ひと手間」が大きな結果の違いを生むことってあるのよね。

「はむ・・・ふぅん・・・ん。はぁ、美味しいです。」

 最後の一口まで、本当に美味しそうに食べてくれる。

「んふふ、サイズ感はどう?まだ大きい気がするんだけど。」

「あぁいえ、このくらいあった方が食べ応えがあって良いと思います。」

「ふぅん、なるほど。」

「最初の一口は熱いですが・・・。」

「ふふっ、そうね。気を付けるように言うわ。」

「んふふ、はい。」


「まぁさぁ、世の流行はやりすたりに文句言うつもりは無いけどさぁ・・・なにも無理くり異世界に転生しなくてもいいと思うのよねぇ。」

「えぇ。特に一つのジャンルとして評価されるようになってからは、強引さが目立つように思います。」

「ねぇ。考えてもみてよ。隣町に引っ越すだけでも十分異世界な気分は味わえるんだし、知り合いがいないような場所ならもう転生したようなもんなんだからさぁ。」

「ふふふ、えぇ。」

「ね。」

「あっ。これ、先生に提案してみましょう。」

「ん?」

「港町に転生した女性が持ち前の料理スキルを発揮して成り上がってゆく・・・という話。」

「んん?」

「んふふ。」

「それって?」

「はい?」

「・・・私?」

「ん?」

 こらっ、とぼけた顔も可愛いじゃないか。

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