第148話 サザエと玉子焼き

「ふ~ん、みたいに・・・ねぇ。」

「出来るだろ?」

「う~ん、やれと言われればやるけど・・・。」

「なんだ?不満か?」

「うん?そう思ったようにいくかしら・・・?」

 源ちゃんが試験的に蓄養しているサザエを持ってきて、コレを玉子焼きでくるんでくれ・・・と。

「そう勿体付けてねぇでさぁ。」

「んふふ、もう。分かったわよ、作って見せればわかるでしょ?」

「ん・・・?あぁ。」

 生のサザエを薄くスライスして、いつもの玉子焼きの中に巻き込んでいく。普段は中になにも入れずに焼くから少し手惑うところもあったけど、それでも良い焼き具合に仕上げるのが長年の積み重ね・・・といったところかしら。うん、断面も良い表情。

「は~い、焼けたわよぉ。まだ熱いからねぇ。」

「あ、おぅ。」

 最近ぶっきらぼうに磨きがかかった気がしない?

「ん・・・はぁふ・・・う・・・うん?」

 どうも納得できない様子。

「なぁ、サザエ・・・入ってるよなぁ?」

「えぇ、しっかり入れてるわよ。見えるでしょ?」

「あぁ・・・でも、なぁ。」

「んふふ、ね?コレで分かってもらえた?」

「ん・・・あ?」

「玉子でくるむと味は薄くなるのよ。ウナギみたいに味が濃かったり脂がのってたりするものなら、玉子に負けないバランスになるんだけどねぇ。」

「あぁ・・・そう、なんだな・・・。」

 理解はしてもらえた様子。

「う~ん・・・良いアイディアだと思ったんだけどなぁ。」

「うん、目の付け所は良かったわね。」

「ん?なんだよ、その言い方。」

「んふふ、ちょっとねぇ。」

 作りながら「私ならこうするのに」なんて考えてたりして。

「ねぇ、夕方またいらっしゃいよ。」

「夕方?」

「えぇ。サザエと玉子焼きでなんか作ってみるわ。」

「あ、あぁ。」


「ほぇ~、源ちゃんがそんなことをねぇ。」

「ねぇ、急に食通みたいなこと言いだすから何事かと思っちゃった。」

 早めに仕事を終わらせた日は、ゆっくり冷や酒を楽しむのが最近の棟梁の流行り。

「源ちゃんもいろいろ考えてるんだねぇ・・・。」

「でもさぁ、ほらぁ、昔から言うじゃない?『なんとかの考え休むに似たり』って。」

「はっはっは、ヨーコちゃんもヒドイなぁ。」

「だってさぁ・・・。」

 なんて言ってるところに入ってきた源ちゃん。

「おぉい、来たぞ~。ん、棟梁、今日はもう終わりかい?」

「あぁ、すっかり殿様モードさ。」

「で、ヨーコ?」

「えぇ、ちょっと待っててねぇ。良いもん作るから。」

 シミュレーションはしっかり出来ている。あとは思ったようにできるか、だ。

「さぁて、まずは・・・。」

 玉子焼きを焼く。プレーンなヤツ。これはいつも焼いてるやつだから、何も考えなくてもキレイに焼ける。

「ふむ、良し、と。」

 お次はサザエ。蒸したサザエをやや厚めにスライスしてゆく。生でも良かったのだけど、食感的にこちらの方が好みだ。隠し包丁も入れて、より食べやすくしておく。

「ふ~ん、あとは・・・。」

 魚のアラからとった出汁に塩少々とサザエを入れ、ひと煮立ちさせたら針ショウガを入れ水溶き片栗粉でとろみをつける。

「ふんふん、良い具合。」

 切り分けた玉子焼きを小鉢に入れたら、そこにそのをかける。

「はぁ~い、お待たせ~。こんなのどうかしら?」

「お~、なんか上品なのが出てきたねぇ。」

「なんか・・・料亭みたいだな。」

「んふふ、ガラにもなく、ね。さ、食べてみて。ちょっと味が薄いかもしんないけど。」

「ぅん、いただきます。」

「あ、お、おぅ。」

 ほろ酔いとぶっきらぼうがそれぞれ口に運ぶ。

「はぁふ・・・ぅん・・・ほう。これはまたいいねぇ。」

「あぁ・・・美味いなぁ。」

「んふふ、たまにはこういう上品なのも良いでしょ?」

「あぁ、冷や酒とも良く合ってる。」

「だからって呑みすぎると、また医者に止められますよ。」

「も~、ちゃんと程々にしとるよ。」

 酒を永く楽しむためには健康でいなくっちゃ。

「うん・・・サザエがちゃんと活きてるし、玉子焼きとも良く合ってる。」

「ん、気に入ってもらえた?」

「あぁ・・・まいった。こんなに美味くなるんなら、変なこと言わねぇで最初からヨーコに任せりゃよかった。」

「まぁ、ありがと。でもね、源ちゃんが言わなかったら私だってこんなの思いついてないんだから。源ちゃんのおかげでもあるのよ。」

「そ・・・そうか?」

「えぇ。」

「ん・・・そう、か。」

 納得したようなそうでないような・・・思春期の男子かっ。

「あ、でさぁ源ちゃん。いつごろ量産できそうなの?」

「んあっ?」

「だから、このサザエ。量産の目途めどは立ってるの?」

「あぁいやぁ・・・はっきりとは言えねぇけど、まずは蓄養で事業化を目指すことにした。そこを足掛かりに事業拡大って形で・・・まぁいずれは陸上完全養殖に、な。」

「ふ~ん、分かった。」

「・・・ん?って事は、こっちにも少しは仕事が回ってくんのかい?」

 棟梁としてはそこも気になるところ。今使ってる養殖いかだは随分してしまったそうだから。

「あ、あぁ。もちろん、他に頼む人いねぇからな。」

「んぁ~、そいつはありがてぇ。」

 それは酒も進むというもんです。

「じゃぁ、期待して待ってていいのね?」

「あ、あぁ・・・あぁ。」

 自らに言い聞かせるように、二度うなずいた。

「あ、ヨーコちゃん。もう一本。」

「ん?ダ~メ、今日はもうおしまい。お茶にしておきましょ。」

「ぅんん・・・はぁ~い。」

 そうそう。まだ呑めるうちにやめておくのが、大人の呑み方というものよ。


「ふ~ん、名前、名前・・・ん~・・・。」

 事業化するならその宣伝のための「名物」が必要ってことで、この「あんかけ料理」の名前を考えているんだけど・・・。

「ぅん~『サザエのあんかけ玉子焼き小鉢』じゃぁ、なんか体操競技みたいだしなぁ・・・。」

 ちょうど良い名前を考えるって、結構大変なんです。

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