第147話 辛さの中にある旨味

「ふぁっ・・・ふぅぅぅぅ・・・んん。やっぱり、香りがすでに辛いわねぇ。」

 先日のイズミさんからの「中華作って」がきっかけになったのか、私の中の中華料理人が騒いでいる・・・は、ちょっと大袈裟かな?でも、こうやって大量の唐辛子を「油で煮る」なんてことをしているのだから、何かのスイッチが入ってしまったのは確かなようね。

「ふぅ、焦がさないようにねぇ・・・。」

 実際には唐辛子だけではなく、山椒や柚子の皮といった香辛料も入れてある。焦がしてしまってはせっかく香りが台無しになるので、グツグツ煮える油を休まずまぜ続ける。

「ん~、この辺かなぁ・・・?」

 そこへ焼いてほぐしておいたアジの身を入れて、再びまぜまぜ・・・。具だくさんのラー油のようなものをイメージしているんだけどね。

「あ~ぁ、あとで掃除が大変だわぁ・・・。」

 当然、周りには油が飛び散る。

「くぅ~・・・もう少しかなぁ。」

 すべては美味しいものを食べるため。


「あらぁ、なんだか辛い匂いがしてるわねぇ。」

 窓を全開にして換気扇をフル回転させても『ハマ屋』には辛さが漂っていた。

「あぁ、晴子さん。ごめんねぇ、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ。」

 晴子さんは漁協のパート職員。「驚異のコミュ力」という特殊能力を持っている。

「なぁになぁに、なんの匂い?」

「ふふ、ちょっと味見てもらえます?」

 小皿に乗せて出してあげる。

「ん~『食べるラー油』?」

「えぇ、なんかそんな感じのです。具にも調味料にもなりそうなのをね。」

「ふ~ん・・・ぁむ・・・っ・・・んん、結構辛いけど美味しいわねぇ。なにこれ?」

「んふふ、アジを入れてるんです。ほら、肉みその辛いヤツあるでしょ?アレを魚でやってみた感じの。」

「へぇ、なんかねぇ・・・もう出汁が利いてる感じ?ご飯に乗っけて食べたいくらい。」

 やっぱりそっちの方向に行くわよね。

「ふふ、コレをねぇ、冷奴に乗せたら『冷たい麻婆豆腐』が出来るんじゃないかと思ってるんだけど・・・。」

「あ~、それも良いっ。ねぇ、ちょっとやってみてよ。」

「んふふ、ちょっと待ってねぇ。」

 なんてやり取りをしているところに、美冴ちゃんが帰ってきた。

「・・・だいまぁ・・・。」

「あぁ、お帰り美冴ちゃ・・・ん、どうしたの?」

 見るからに元気がない。そのままトボトボといつもの席・・・の、ひとつ前にドタッと不時着。

「なぁに美冴ちゃんこんなに疲れちゃってぇ、お昼食べ損ねたの~?」

 これでも晴子さんは心配している。

「ん~?・・・ん~。」

「美冴ちゃん・・・?なんか食べる?」

「ん、いらない・・・。」

 珍しい。槍でも降るんじゃないかしら。

「も~なに?こんな不景気な顔するなんて~。お姉さんで良ければ話聞くよ~ん。」

 これでも、晴子さんは心配している。

「ん~・・・。」

 何か言いたげではあるけど、うまく言葉に出来ないのか、喋るのを躊躇ためらっている様子。

「・・・はい、お茶。」

「ん・・・ありがと。」

 美冴ちゃんと晴子さんが揃っているのに、こんなに静かになるなんて・・・いや、普段の二人が「うるさい」と言っているのは無くてね。ん・・・いや、ちょっと「うるさい」と思う時もあるのだけど・・・。

「わたし・・・。」

「・・・ん?」

「なんか、私・・・デートに誘われたっぽい。」

 え・・・。

「・・・は?」

 思わぬ一言に、ふたりして間の抜けたリアクションをしてしまった。

「え・・・み、美冴ちゃん、今『デートに』って言った?」

「う・・・うん。」

「あ、あらぁ・・・随分と物好きがいるのねぇ。」

 晴子さんは「驚異のコミュ力」という特殊能力を持っている。

「あ~、ヒド~イ晴子さんそんな・・・ん~、でも、そうなのよねぇ。」

 気になるのは相手。

「ねぇ、やっぱりあの子?」

 大学の釣りサークルの子。つまり「太公望」。

「う、うん・・・一応、そうなんだけど・・・。」

「え?『一応』って、そんなかわいそうな・・・。」

 晴子さんの言うように、こんな時に「一応」と付けられるのは「気の無い証拠」と受け取られてもしょうがない。

「え、だってアイツ・・・アイツ『今度、俺の釣った魚を食べて欲しい』なんて言うんだもん。こっちだって、どこまで受けとめていいのか・・・ねぇ。」

 やい、太公望。

「んふふ、確かにそれじゃ胸を張って『デートに誘われた』なんて言いにくいわね。」

「でしょ~?だから・・・アイツ、どこまで本気なんだろ。」

「んん~、ストレートに考えれば『今度釣りサークルのみんな連れていくからお前も来いよ』って事だろうけど・・・まぁ、聞きようによっちゃぁプロポーズにも聞こえるわよねぇ。」

 晴子さんの見解。私もおおむね同意。

「えっ、ぷ、プ、プロポー・・・アイツ?え~、ヤダぁ・・・ぁ。」

「ははは、そんなに嫌がんなくっても。まぁ、それは極端な話でさぁ。ねぇ、晴子さん。」

「そうそうそう。今度会ったらしっかり問い詰めとくから。『お前なんのつもりでウチの美冴ちゃん口説いてんだぁ』って。はっはっは。」

「も~、やめてぇ~。晴子さんが口出すと話がこじれる~。」

「ふふふ。まぁ、どっちにしても彼とは長い付き合いになるんだろうからさぁ。あんまり早合点しない方が良いわよ?」

「ちょ、ちょっとヨーコさん『長い付き合い』って、結婚する前提で話してない?」

「いやいや、そうじゃなくてね。彼はこっちに移住するつもりでいるんでしょ?だったらさぁ、民宿になるか旅館になるかは分かんないけど、そこの亭主と床屋の女将でさぁ、嫌でもご近所さんになるんだから・・・ねぇ。」

「ん?ん~・・・分かったような分かんないような・・・。」

「そうそうそう、それで夫婦めおとになるってのも、なかなかロマンがあるんじゃない?」

「晴子さぁぁぁんっ?」

「はははっ、ごめんごめん。」

「あ~ぁ、もう。なんかバカバカしくなってきちゃった。アイツなんか全~然タイプじゃないのに。」

 すっかり表情には明るさが戻り、声もいつもの元気な美冴ちゃんだ。

「あ~っ、お腹すいたっ。ヨーコさん、なんか出して。」

「んふふふ、はいよ~。」


「へ~、なんか辛そう。」

 さっき作ったヤツを冷奴の上にドサッと乗っけたもの。晴子さんにも。

「ふふ~ん、豆腐との相性はどうかなぁ?」

「ふふ、まぁ食べてみて。辛すぎることは無いと思うけど・・・。」

 一応「冷たい麻婆豆腐」という目標は達成できていると思う。

「ぅん・・・ふんふん、ん。結構ちゃんと辛いよ、ヨーコさんっ。」

「あら、辛すぎた?」

「うん・・・私にはちょっと。」

「う~ん、そうだったか~。」

 というとは、辛党にはちょうど良いのかな?

「ねぇ、ヨーコちゃん・・・」

 一方、晴子さんは。

「やっぱりご飯欲しいなぁ。」

「あら、やっぱり?んふふ、それだと『辛いねこまんま』になりません?」

「ん・・・?うん、それならそれでいいのっ。」

「んふふふ、なるほど。」

 人の好みはそれぞれだけど、結局基準は「ご飯に合うもの」だったりするのよね。

「で、美冴ちゃん。どうするつもりなの?」

「ん?どう、って?」

「だから・・・彼の気持ちが『本気』だったら。」

「んっ?無いっ。絶~~~っ対、無いっ。」

「やんだぁ~、そんな必死に否定するなんて怪しいの~。」

「ん~、晴子さぁん?」

「だってぇ・・・ねぇ、ヨーコちゃん。」

「んふふふふ、ねぇ。」

「んも~、ふたりしてそんな顔する~。ん~、ふんだっ。」

 まぁ、彼の気持ちがどうなのかを知れない以上、我々「部外者」はどうすることも出来なけどね。

「絶~~っ対無いんだからっ。」

 んふふ、かわいい子。

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