第146話 それはお城のようなもの

「ヨーコさんって、中華はやらないの?」

 イズミさんのとてもシンプルで素朴な問いかけ。

「ん~、中華ねぇ・・・ちゃんと勉強したことは無いけど、まぁ一般的なものなら。」

「あ、じゃぁ頼んだら作ってくれる?」

「えぇ。まぁので良ければ。」

「ふふ~ん、じゃぁ・・・早速リクエストして良い?」

「んふふ、良いわよぉ。」

「じゃぁねぇ、まずは・・・。」

 最初のリクエストは「酢豚」。とはいっても、豚肉ではなく魚で作ってくれ、と。

「そうねぇ・・・何でやろうかしら。」

 スズキなら何をやっても美味しいから合うだろうし、アジでやるのも南蛮漬けみたいで美味しいかな。う~ん、鯛なんて贅沢なもんは今は無いし・・・あ、サメでやるのも美味しいだろうなぁ・・・それも今無いけど。

「ん~・・・あ、今日はカサゴがいるんだわ。」

 から揚げにでもしようとブツ切りにしておいたヤツがいる。

「よ~し、じゃぁこれで・・・っと。」

 塩コショウして片栗粉振って揚げていく・・・って、ここまでなら唐揚げみたいなもんね。しっかり揚げたら野菜も油通ししておく。タケノコでもあったら良かったんだけど、今回は木綿豆腐で代用。よく水を切っておく。

「ねぇ、パイナップルいる?」

「ん?無くてもいい。」

 これは好みが分かれるところよね。醤油・酒・お酢に隠し味で柚子のマーマレード。そこにいつも使っている魚の旨味がたっぷり出た出汁を合わせてタレを作ってから、具材を強火で一気に炒めていく。火柱っ。

「おっ、出た。炎の料理人っ。」

「はははっ、そんなカッコいいもんじゃないわよ。」

 ブワッと火が上がっただけで、こんなに驚いてるんだもん。

「ふぅ、熱かったぁ・・・。」

 合わせておいたタレを入れてひと煮立ちさせたら、水溶き片栗粉でとろみをつける。最後に少量のごま油を入れて全体に照りを与えたら出来上がり。

「は~い、酢豚・・・ん、酢カサゴね~。」

「やったぁ、言ってみるもんねぇ。いただきまぁす。」

 満面の笑顔が、その満足度を表している。

「んふふ、どう?」

「うん、ご飯っ。」

「あ、ごめんっ、すぐ出すね。」

 そうよね、やっぱりご飯欲しくなるわよね。

「う~ん、美味しいぃ。もぉ、ヨーコさんお店やればいいのに。」

 いや私には『ハマ屋』という店が・・・まぁ、私も忘れそうになる時があるけど。

「ふふ、たまにはこういうスリリングなのも良いわね。」

「んふふ、じゃぁ次は・・・。」

「あら、まだいける?」

「もちろんっ。じゃぁ・・・ねぇ、焼きそばなんてできます?」

「ん~・・・かた焼きそば的な感じのなら。」

「おっ、じゃ、それお願いっ。」

「はぁ~い。」

 中華麺を小ドンブリのサイズで揚げたものを、製麺所の人が作ってくれているので、今回もそれを使う。上にかけるには、源ちゃんが育てているサザエをスライスしたものを使ってみる。

「は~い、こんな感じでどうかしら?」

「お~、良いじゃん良いじゃん。」

 そこへ仕事帰りの棟梁。

「あ、棟梁さんお帰り~。先に始めてるよ~。」

「あぁ、待たせたかい?」

「へへ~、ちょっとねぇ。」

 なにやら仕事の話・・・?

「ん、なんか美味しそうなの食べてるねぇ。」

「へへへ、でしょ?今日は中華を堪能してるんだぁ。ヨーコさん、棟梁にも出したげて。」

「んふふ、はいはい。」

「あぁ、あともね。」

「ふふ、はいよ~。」


「ふ~ん、増築しやすいようにねぇ・・・まぁ、出来なかぁ無いけど。そもそも、そんな立派なのが必要なのかい?」

 以前話していた「直売所を作りたい」という話。

「もちろんっ。畑の真ん中にボンって立ってたら目を引くじゃない?」

「まぁ、そりゃぁそうだけど・・・直売所なんてのはプレハブで充分な気がするけどねぇ。」

「やぁ~だっ。あんなダっサいの絶対ヤダ。」

 プレハブも嫌われたもんだ。

「あぁ、分かった分かった。しっかりしたもん作るけど、ホントに安くは無いんだよ?」

「良いのっ。立派なものを作る方が大事。みんなの『お城』になるんだもん。」

「お、おぅ。分かった・・・。」

 農家の仲間でお金を出し合って、確かな造りの直売所を建てる。覚悟の証ね。

「んふふふ、私も建ててもらおうかなぁ、お城。」

「あぁ、イイっ。『海辺にそびえる料理魔王ヨーコの城』って感じの?」

「ふふふ、なにその流行りのアニメのみたいな設定。」

「え、ダメ?」

「そんなに豪華なのじゃなくて良いわよ。」

「あぁ、じゃぁプレハブにするかい?」

「え、ん~・・・っ、それはイヤっ。」

「そうよぉ、プレハブじゃぁ雰囲気出ないもの。ねぇ。」

「んふふ、そうよ。なんたって『魔王の棲むお城』だもの。」

「はははっ、ヨーコさん意外と乗り気?」

「ん?んふふふふ・・・。」

 私にだって、アニメの主人公になりたいと思っていた子供時代があるのよ。

「はいはい、バカなこと言ってないでそろそろ締めますよ~。」

「はぁ~い。」

 日が沈んだら閉店。それがこのお城のルール。

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