第145話 作る喜び 食べる楽しみ

 月に一度の「うどんの日」にお世話になってる製麺所の人が、試作品を持ってやってきた。

「へぇ、こんなのも作ってるのねぇ。」

 うどんを渦巻き状に並べて延ばしたもの。

「いえいえ、こんな時代だからさぁ、なんでもやっていかないと商売はみんな先細りだよ。」

「んふふ、それもそうね。で、どう使ったらいいもんなの?」

「一応『ピザ生地のようなもの』ということなんですけど・・・どう使います?」

「ん・・・え?それで持ってきたの?」

「・・・はい。」

 どうやら「作ったはいいけど使い道が・・・」ということらしい。

「ん~、そうねぇ・・・取り敢えず、ピザにでもしてみますか。」

 食材はある。売るほどある。

「あ、じゃぁまた夕方にでも来ますね。他にもいろいろ回らなきゃなので。」

「あぁ・・・うん、わかった。じゃ、あとでねぇ。」

 外回りも大変だ。


「ほぉ、それで今日はこんなハイカラなものを・・・。」

 先生の担当の編集さん。今日は今後の創作の方向性などを話に来たそうだ。その帰りに腹を満たしに。

「ふふふ、ウチでピザなんて珍しいでしょ?」

「はい。では早速いただきます。」

 礼儀正しく、律儀な編集さん。食べる姿も美しい。

「ふんん・・・生地のもっちりとした食感は、やっぱりうどんですね。」

「ねっ。結構しっかり焼いたつもりなんだけど、あんまりカリッとした感じにならなくってねぇ。」

「ぅふん、ん・・・でも、この食感は、なかなか他では味わえないので・・・ぅん、はぁ、きっと評判になりますよ。」

「えぇ、結構個性的よね。・・・はい、お茶。」

「ありがとう、ございます・・・ん。」

 このもっちり感が喉に詰まるのよね。

「でねぇ『いろいろやってみてくれ』っていうんで、こんなのも作ってみたんだけど。」

 食べっぷりが良い子には、どんどん出したくなる。

「ほぉ・・・ドーナツ、ですか?」

「うん、一応そんな感じにねぇ。」

 4等分にして揚げたものに砂糖をまぶしただけの簡単なもの。こちらの食感の方が個人的は好き。

「はぁむ・・・ふん・・・ぅうん。外はカリッと、中はふっくらと・・・ふむ、嚙むたびにモチモチと。面白い食感ですね。」

「ね。コレ良いわよね。」

「はい。とても良いです。」

「ただねぇ、生地がうどんなだけに、ちょっとしょっぱいのよねぇ。」

「いえ、良いと思いますよ。このくらいの塩気ならチョコレートや、そうですねぇ・・・ジャムなんかも合うかもしれません。」

「あ~、なるほど、ジャムねぇ・・・。」

 ふむふむ、それなら・・・と。

「ねぇ、お腹にまだ余裕ある?」

「え?えぇ、はい。」

「んふふ、じゃぁ、もうちょっと付き合って。」

 生地の上にマーマレードを塗り、さらにチョコレートを数欠け乗せたら半分に折り、口をしっかり止める。そのまま油の中に入れ、表面がカリっとしてくるまで揚げる。お肉を使ったこんな感じの料理が南米の方にあった気がするけど、名前はなんだったかなぁ・・・まぁいいや。揚げ上がりを半分に切ると、中からとろけるチョコレートが。

「はぁ~い、こんなのできましたけど~。」

 いや、半分でも結構大きいな。

「ほぅ、なんでしょう?」

「んふふ、なんだろう?よくわかんないけど、食べてみて。」

 我ながら無責任な・・・。

「いただきます。は・・・はふっ・・・ほっ・・・。」

 ハフハフしながら食べる彼女。それでも、姿勢の良さは変わらない。

「どう、かしら?」

「ふ・・・んっ。はい、熱いです。」

 でしょうね。

「ふふ、ごめんごめん。やっぱりそうよねっ。」

「はい・・・あ、でも、すごく美味しいです。このジャム・・・オレンジ?レモンですか?」

「あ、それねぇ柚子なのよ。」

「あ~、柚子ですか。チョコレートと良く合っています。生地との相性もいいですし・・・ちょっと大きいですけど。」

 ん・・・でしょうね。

「ははは、もう半分にすればよかったね。」

「は、はい・・・。」

 そんなところへ、製麺所の人が戻ってきた。

「はぁ、なんかいい香りしてますねぇ。」

「あ。へへっ、でしょう?食べてみる?」

「あ、はいっ。」

 その半分のをもう半分に切り、彼の方へ。もう半分は私の分。

「ん、パイのような感じでしょうか?」

「んふふ、そんな感じにも見えるわね。」

 よく分からなものを作ってしまったな・・・。

「はむ・・・んん・・・ぅうん。なんだか美味しいですねぇ。ほぉ、こういうやり方があったかぁ。レシピ教えてもらえます?」

「いいけど、レシピというほど立派なもんじゃないわよ。」

 作り方を簡単に教えてやる。メモに取るほど難しいものじゃない。

「へぇ、なるほどシンプルですねぇ。」

「でしょ?これならいろいろ応用が利くと思うのよねぇ。」

「はい、この使い方は他の方にも提案してみます。」

「あぁ、それならさぁ。これ、もう少し小さく作ってくれない?4分の1でその大きさだもの。ねぇ。」

「はい。こういう使い方をするには大きすぎます。」

 編集さんの身をもっての証言。

「あぁ、そうですね。それは検討します。で、他には?」

「あ~、揚げてみたのがあるけど。ドーナツみたいなの。なかなか良い食感よ。」

「へぇ。いただきます。」

 こうして編集さんも交えたちょっとした試食会。私なりの提案が出来たんじゃないかな?


「ふぅ・・・。今日もお腹いっぱい頂いてしまいました。」

 今日も見事な食べっぷりでした。

「んふふ、ごめんねぇ、なんか無理やり食べさせちゃって。」

「いえ、どれも美味しかったですし、発見がまたありました。」

「ふふ、それなら良かった。ねぇ、そっちの方はどうなの?」

「そっち、と申されますと?」

「先生の話。今後の計画とか・・・そんな話してたんでしょ?」

「あぁ、えぇ。」

「ん・・・まだ話せない?」

「いえ・・・あぁ、はい・・・。」

「ん~、じゃぁしょうがないわね。」

「すいません・・・。」

「ん?いいのよ。」

 作家と編集者との間の話。他者には話せないことはたくさんあるんだろうな。

「あの、ヨーコさん・・・?」

「ん?」

「あの・・・次回は、これに『白身魚のトマト煮』のようなもを入れたものを食べてみたいのですが・・・。」

「ん、んふふ。あら、そんなこと考えてたの?」

「あ、はい・・・。すいません、食いしん坊が出しゃばってしまって。」

「ううん、良いのよ。じゃぁ、今度いつ来る?」

「え~っと、来週の・・・あ~、事前にみなと先生に連絡を入れますので、その時に・・・。」

「んふふ、分かった。準備しとくわねっ。」

「は、はい。お願いします。」

 彼女の美しい食べっぷりが、私の「作る喜び」を刺激する。ここの漁師たちも彼女のように美しく食べてくれたら・・・は、無理な要求かな。

「では、また来週お邪魔いたしますので。」

「うん、またね。」

 それにしても・・・前任者もそうだったけど、なんで編集さんってあんなにも大荷物なのかしら。

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