第144話 太公望、誕生?

「・・・えぇ、その準備はしています。」

 美冴ちゃんとこの大学の釣りサークルの子が、何やら鈴木ちゃんと話し込んでいる。

「じゃぁ、あとは住むところか・・・。」

「あの・・・やっぱり民宿ということにしませんか?それなら僕もそこに住みながらってことに・・・。」

 港の空き家問題の解決策として浮かんだ「民宿案」は「一棟貸しの宿」に進化を遂げ、そのおかげで今度は住むところが無くなる・・・という新たな問題を生み出すに至っている。

「う~ん・・・お客さんに気兼ねなく休んでもらうってことを考えると、そういう訳には・・・。」

「・・・ですよねぇ。」

 すっかり移住する気になっている彼と、その「移住の先輩」として手助けをしたい鈴木ちゃん。

「ねぇ、卒業したらすぐこっちに来るつもりなの?」

「あぁ、いえ。一応、ホテルや旅館業に就職する希望を出していて、そこで修業がてらいろいろと学ばせてもらうつもりでいるんです。」

「ふ~ん、そうなのねぇ。」

「えぇ。ですから、実際にこちらに来るのはもう少し先かと・・・。」

「あら、ずいぶんと気の長い話ねぇ。」

「え、えぇ。人生長いですから。」

 人生100年時代・・・だっけ?

「ふふっ、そうね。」

 なんだか私みたいに「弾みで来ちゃったような人」は珍しいのかしらね。

「あぁ、ねぇ。先の話になるんなら、その時に考えたら?状況なんていくらでも変わるんだし、新たなアイディアが浮かぶこともあるだろうし・・・ね。」

「そう・・・ですね。」

「今日はこの辺にしておきますか。」

「はい。」

「じゃ、僕は戻りますので・・・。」

 仕事人間を絵にかいたような鈴木ちゃんは、漁協へ戻っていった。

「僕も、ちょっと行ってこようかな。」

「ん・・・?んふふ、行ってらっしゃい。」

 竿持参。せっかくの休みに海辺に行くのに、手ぶらで行くような彼じゃない。


「いやぁねぇ、なにが大変ってゆで卵作んのが面倒なのよ。」

 素子さん。タルタルソースを作るのは面倒くさい・・・という話。

「ふふ、確かにねぇ。ゆでるのも時間かかるし、また殻むくのがねぇ。」

「ねぇ~。アレなんとかなんないもんなのかしら。マヨと混ぜる前に冷まさなきゃだし。」

「ふふふ、ねぇ。」

「それでもまださぁ、前の日とかに言ってくれたら卵ゆでるくらいはやっておけるんだけど。あの人たち急に言うじゃない?」

「ははっ、そうですよねぇ。」

 おそらく全世界の主婦の悩み第一位「急に言われても困る」。

「もう、今度しらばっくれて普通のソース出してやろうかしら。」

 そんなところへ「彼」が戻ってきた。

「あ、よぉ太公望たいこうぼう~っ。釣れたかい?」

 不意に素子さんにそんな呼ばれ方をしたもんだから、

「へ?あ・・・太公望?」

 きれいに呆気あっけにとられてしまった。なるほど、太公望か・・・良いニックネームだ。

「んふふ。で、どうなの?釣れたの?」

「あぁ・・・そんなに大きくは無いですけど、良い型のスズキが。」

「え、あそこからスズキ釣れるの?」

「えぇ。本当はもうちょっと沖の方が良いんですけど・・・今日はラッキーでしたね。」

「お~、さすが太公望。」

「だ、だからなんです、さっきから太公望って。」

「はっはっはっ、まぁいいじゃない。ねぇ。」

「ふふふ。で、どうする?持って帰るなら絞めるくらいはするけど?」

「あぁ、いや。せっかくですから皆さんで。」

「あら、太っ腹ぁ。」

「いいの?そんな大盤振る舞いして。」

「えぇ。持って帰っても、ひとりですから。」

 まぁ、それもそうね。

「んふふ。じゃぁ、フルコース作っちゃおっかなぁ~。」

「はい、お願いします。」

「あ、なんか手伝おっか?」

「じゃぁ・・・タルタルソースを。」

「え~、面倒くさ~い。」

「ふふふ、冗談ですって。」

 タルタルって、作るの面倒くさい上に作り置きが利かないからまた面倒なのよね。

「よぉし、じゃぁまずは・・・。」


「結局僕は・・・毎日釣りが出来たら、それで良いんです。そういう人生を、送っていきたいんです。」

 ん、どうした?酔いでも回ったか・・・いや、サイダーしか飲んでないが。

「なんだ太公望、急に青春しだしてぇ。」

 こっちは結構入っている。

「ぃやねぇ、素子さん。この前、源さんに『釣りが好きなら漁師になるな』って言われて・・・。」

「あら、ウチの子そんな生意気なこと言ったの?」

「えぇ。ですから、漁師ではないけど海辺で暮らす方法を、ずっと考えているんです。」

「うんっ・・・いいんじゃない?」

「ですから、あの・・・。」

「ん?なんだ?アレか?『美冴ちゃんを僕にください』ってやつか?」

「はっ?い、いえ、そうではなくて・・・あの。」

「なんだぁ、違うのかぁ。」

「いや、あの・・・これからもちょくちょく来ますので、港で暮らす人の心構えなど・・・教えていただければ、と。」

「あ?ん・・・おうっ。」

 素子さんの、妙に男らしい返事。

「よろしく、お願いします。」

 彼の本当のところはどうなのかしら?

「はぁ~い、締めは出汁茶漬けでどうですか~。」

 やっぱりスズキは良い出汁が出る。って、結局私は色気より食い気なのか。


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